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もし、あの時

 CASE4 終了。

 部屋を追い出された俺達は、する事もないので大人しく部屋に戻る事にしたのだが、その前にオートロックを何とかしないといけないので、フロントに行く事になった。ついでに、部長が当分来なさそうなので、俺が代わりにその女の子やらを確認しておく事にした。

「碧花。悪いけど、フロントに行っといてくれないか? ちょっと確認したい事があって」

「いいよ。さっきみたいな事もあるし、あまり遠出はしないようにね」

 さっきの事、と。何でもないかのように碧花はそう言って、さっさとフロントの方に行ってしまった。こんな状況で女の子らしさについてとやかく言うつもりはないが、それにしてももう少し動揺した方が一般的である。俺みたいな反応が当然というか、むしろどうして彼女はあそこまで肝を据わらせているのか。まるで頻繁に見ているからどうでもいいと言わんばかりの…………いや、無いとは思う。碧花は心優しい女性だ。彼女が人を殺すなんてあり得ない。そういう雰囲気はあるが、『しそう』と『する』では大分違う。

 部長の話では裏口の方で置いてきたそうだが、当然、そこには何も居ない。

「済みません。この辺に中学生くらいの女の子が…………」

 俺は適当なスタッフに尋ねてみたが、誰もそんな子は知らないという。部長などの行いは伏せつつ『裏口』に居なかったかと尋ねただけに、実際に居たとすれば気付かない人間は居ない。やはりその女の子とやらは、幽霊なのだろうか―――




「お兄ちゃんッ!」




 驚いて振り返るも、背後にあったのは無限の闇と、幾らかの人間だけ。俺が天奈の声を聞き逃す筈はないのだが、天奈の『あ』の字すら視界に映らない。では聞き間違い……? たまたま周囲の喧騒で『お』と『に』と以下略が噛み合ったというのだろうか。それこそあり得ない話だと思うが。

―――あの時の幻覚にしても、今の幻聴にしても。

 ここ最近、どうやら俺は非日常に染まり過ぎてしまったらしい。妙な現象が度重なる様に続き、いよいよ俺は超絶的不運の矛先が自分にも向いた事を自覚した。いや、元々向いていたと言えばそれまでだが、今まではそれ以上に他人ばかりが不幸になっていたから、こんな風に言い換えても文句は言わないで欲しい。

 泥の様に絶え間なく続く停滞した毎日を過ごしていると、時々刺激が欲しいと思う。けれどこんな刺激ならば要らない。せっかく碧花と楽しく水着デートが出来たと思ったのに、夜になったらこれだ。もしかしたら、ここ数か月の内に人が死に過ぎて、精神に影響が出てしまったのか。いつの間にか、俺の手の震えが止まらなくなっていた。

「用件とやらは終わったの?」

 そうこうしている内に、碧花が戻ってきた。今までの非日常の中、彼女の存在だけが、俺の中で確かな存在となっていた。

「フロントは何て?」

「十分間だけ遠隔でオートロック解除してくれてる。早く行かないと二度手間になりそうだよ」

「あ、ああ。なあ碧花。一つお願いがあるんだけど?」

 碧花に引っ張られながら、俺は早速それを言ってみる事にした。今だけは下心一切抜きで言える。言わせてもらう。いや、もう無理だ。俺には耐えられない。

「何だい?」

「―――怖いんだ。今日、添い寝させてくれ」

 下心も糞も無い、純粋に隣に居て欲しかった。ベッドという物体的な隣ではなく、人の温もりを持った碧花に。碧花はまるで予想だにしなかった俺の言葉に無言で瞬きをしていたが、やがて俺の手を引きながら、自分達の部屋に戻り出した。

「いいよ。確かに今日は変な事がたくさんあった。君が休みたいと思うのも無理はない。まだ明日だってあるんだから。たくさん身体を休めないとね」

 

 










 一通りの行動(歯磨きやお風呂など)が済んだ俺達は、早々に眠る事にした。本来の計画であれば部長の言った通り甘い一時を過ごせたかもしれないが、今は俺自身もそんな気分じゃない。髪も乾いた事だし、俺は今までの苦労を放り出す様に、ベッドに倒れ込んだ。人にはここまで疲労を溜められる器があるのか。だとするならば、俺はこんな体を作った神とか細胞とかその辺りを許せない。お蔭で俺の身体は、ベッドに張り付いてしまったではないか。

「……狩也君」

 胸の中に顔を埋める勇気は無かったので、添い寝とは言っても、俺は彼女に背中を向ける形で眠っている。なので彼女の声は、俺にとってはあの時聞こえた幻聴と同じく、不確かなものだった。

「何だ?」

「仮に、だけど。君が人を殺したとしよう」

「ええッ?」

「心理テストみたいなものだ。そう驚かずに聞いてくれ」

 それは……ネットとかによく転がっているサイコパス心理テストではないのか。いつの間に調べたかはさておき、俺も直ぐ眠れる訳ではない。暫し付き合う事にした。

「ああ」

「それがもし、違ってたらどうする?」

「え?」

「殺した人物が違ってたら……どうする?」

「は?」

「ああ、勿論他意はないよ。ドラマとかで良くあるだろ。恨んで殺した人物が、実は見当違いだったというかさ。あれだよあれ。もし君が犯人の立場だったらどうする?」

 ここで素直に自首する、というのはおかしいだろう。何がおかしいって、ここで素直に自首する様な人間が、果たして殺人をするのかどうかという話だ。それくらい良識的な人間であれば、そもそも殺人をしない筈である。人間は時に合理から外れる存在ではあるが、これは俺個人の考えだ。人間絶対の真理ではないので、細かい云々は全て無視した前提で考える。

 なので、俺の中での設定は、『碧花』が死んでしまって、その仇討ち……が適当か。そう考えたら俺の中から良識は消える。自分でも実際にそうならない限り自信は無いのだが、多分俺は、怒り狂ってしまうだろう。というか、普通の人間ならまず怒り狂う筈だ。大切な存在が消えてしまえば、それは当然。その怒りに対して働くのが理性であり、その理性の基準こそが法律だ。なので怒るかどうか、という話において法律を持ち出すのは色々違う。

 では……自分はどうするのだろうか。

「俺は…………多分、そのままだと思うぞ」

「そのまま、というのは?」

「一度殺したんだ。もう後には退けない。俺が犯人だったら、今度こそ恨みを晴らすんじゃないかと思うけど」

「…………へえ。意外な判断だね」

「そうか? 普通だと思うけどな。まあ、人なんか殺したりはしねえよ。俺は平和に暮らしたいんだ。わざわざ混沌を呼び寄せる様な真似をするもんか」

「その割には、君は不運のようだけど」

「運は仕方ねえ。だって運だし」

 むしろ運が変えられるのなら是非変えてもらいたい所だ。この超絶的不運のせいで俺がどんな目に遭ってきたか。今もそうだ。八石様などという存在に足止めされ、お蔭で碧花との楽しい一時が全て潰れてしまった。



「…………!」



 突然感じた背中の感触に、俺の身体は石化してしまった。いや、背中だけではない。全身を覆う形で柔らかい感触が俺を包んでいる。

 碧花だ。彼女が俺を背中越しに抱きしめて、身体を密着させているのだ。となるとこの背中に感じる感触は…………

 驚愕に俺が沈黙を保っていると、独り言が空に浮かんだ。

「私は、君との時間を大切にしたかった。ナンパだろうと怪異だろうと、君との時間を邪魔する存在は、許せない」

「…………」

「君との時間は非常に心地よい。居て安心する。君になら、後ろを取られてもいいと思うくらいにね」

「…………」

「どうかこれからも……ああ。私からもお願いするよ。ずっと『トモダチ』で居てくれ、狩也君。君は私にとって―――この世界の彩色そのものなんだ」

 独り言が続きに続き、言葉の締めに。俺はようやく声を出せた。

「あ、ああ」

 甘い一時、というだろうか、これは。いや、そういう事にしておかなくては俺の精神が保たない。白昼夢が如く垣間見えたあの光景が、俺の脳裏にずっとこびり付いているのだ。

「俺も……お前と一緒に居られて―――う、嬉しい。これからも…………宜しく」

 それが精一杯の返答だった。およそ男らしくもない俺は彼女を押し倒す事もしないし、朝まで彼女の身体を触り続ける、なんて事もしない。度胸が無いのだから仕方がない。俺に出来る事は、只、傍で寝る事だけ。俺の為にも、彼女の為にも、隣に居るだけ。



 お気に入りのぬいぐるみの様に、抱き付かれて眠るだけ。


















   



 





「いやあ、楽しかったな」

 俺の中で勝手に名付けられた事件、通称八石様事件が終了して、大体十八時間。一日目のネガティブを打ち消す様に、二日目は狂った様に遊んだ。その時にまたも八石様と遭遇…………何て事はなく、俺達のデートは無事に終了した。


 あまり思い出したくはないのだが、あの件について振り返っておこう。


 あの後、朝になる頃には何事も無かったかの様に萌が挨拶を返してきた。何が起こったかと聞いても、どうしてか本人も分かっていないらしい。

 曰く、中学生くらいの女の子を見つけたそうなのだが(部長の想定通りだ)、それを連れている最中に碧花と出会ったそうなのだ。そうしたら彼女がその女の子を何と『狩也君の妹じゃないか』と言ったらしく、自分に会わせたいとの事で、女の子を引き取ったそうな。それからは記憶が混乱して良く分からないそうなので、恐らくは碧花に『天奈』を渡した直後に意識を失ったのだと思われる。

 因みに碧花はこの事を『知らないよ』と一点張り。興味がないのか、後ろめたいのか。最後まで視線を合わせようとしなかった。まあでも、知っていたとしたら俺に隠す意味が分からないので、多分本当である。

 部長の部屋にあった血については、綺麗さっぱり消えていた。どうやったのか手段を聞いても全然答えてくれなかったので、どうやってあの大量の血を消したのかは永遠の謎である。悔しいが部長の言う通り、何も無かった事にするしかないようだ。

「お前は満足出来たか?」

「うん。とても満足出来たよ。巨大アザラシちゃん、買ってくれて有難う」

 碧花の澄まし顔は相変わらずだが、口角が僅かに上がっている。長年付き合った俺から言わせてもらうと、これは喜んでいる。一日目で大幅なマイナスを記録してしまったが、どうにか二日目で巻き返した様だ。

 お忘れかもしれないが、これは元々彼女を満足させる為のデート。普段は連れ回している彼女を、俺が連れ回す日なのだ。こういう結果にならなくては困る。

「気にすんなよ。まあ、金は無くなったけどな」

「済まないね。でも大丈夫だ。こうしてここまで戻ってきた訳だし、送ってもらう必要はないよ」

 言い忘れていたが、俺達は既に待ち合わせ場所でもあった海の嘴公園に居る。後は別れれば、それでデートは終了だ。遠足理論ではまだだが。

「本当に大丈夫か?」

「うん。父が家に居るからね。巨大アザラシちゃん問題もこれで解決だ」

 父…………そう言えば彼女の両親を一度も見た事がない。アルバムを見せてとせがんでも、彼女は恥ずかしがって見せてくれないのだ。今も多分、そうだと思う。俺が『親の顔が見たい』等と言っても、彼女には上手いこと言われて追い返されるのだろう。

「…………そうか。分かった。じゃあな、碧花」

「うん。じゃあね、狩也君。また明日」

 俺は彼女に背を向けて歩き出す。振り返る事は無かった。俺にだって帰りを待ってくれている人物が居る。家に居るならば……だが。

 

 そう。俺があの件をあまり思い出さなかったのは、この時に全て判明すると思ったからだ。家に天奈が居なかったのなら、実際に彼女は俺に着いてきていて行方不明に…………一番最悪だが…………居たのなら、あれは嘘だ。または幻覚か、メリイさんか。

 あの場で考えていても仕方なかったから、俺は考える事をやめていた。何も俺はストレスから逃げていた訳では無いのだ。


 玄関のノブを握りしめて、力強く開く。そして―――大きな声で、家中に帰りを告げた。

「ただいま!」

 




「お帰り、お兄ちゃん」

 




 リビングの方から、俺の可愛い妹がぴょこんと顔を出して、俺の声に応える様に元気な声で言った。何処からどう見ても首藤天奈だ。つまり俺が電話で聞いた声、及び萌や部長が見た天奈と思わしき(碧花曰く。彼女は知らないようだが)中学生の女子は偽物。八石様が部長を負い回していたとすると―――メリイさんだったのだ。

 ホッとして、俺はその場に崩れ落ちる。訳の知る筈もない妹が、心配気に駆け寄ってきた。

「だ、大丈夫ッ? 怪我でもしたの?」

「…………い、いや。何か、家って安心するなあって思っただけだよ! なあ天奈ッ。なあ?」

 気味の悪い笑みを浮かべて見つめる俺に、彼女の顔から血の気が引いた。

「………………た、大変。お兄ちゃんがおかしくなった」

「おかしくないおかしくない。お兄ちゃんは正常ですよええ」

「頭大丈夫ッ? え、嘘? やだ…………気持ち悪い」

「おおい! 兄に対してその言い草はどうなんだよッ」

「いや。だって。自分で自分の事を『お兄ちゃん』呼びとか、完全に頭がイッてるとしか―――」

「時々使ってただろ!」

 天奈がボケてくれたお蔭で、いつもの調子が戻りつつある。最後の言葉を聞いて、彼女はホッと胸を撫で下ろした。そして、改めて俺を見た。

「……何かあったの?」

「あ、ああ。何かあったというか、うん。何かあったんだよ」

 あれを何も無かったとするにはあまりに異常が起こり過ぎた。俺の苦労を暗に察した彼女は、それきり追及をやめて、再びリビングの方へと入っていく。

「話聞いたげるから、取り敢えず顔でも洗えば?」

「そうさせてもらう」

 俺は玄関から立ち上がり、ゾンビの様な足取りで洗面所へ。自分の顔に水をぶっかけると、意識が覚醒した気がした。だらしない足取りも、すっと元通り。意識が引き締まったと言った方が正確か。まだ事態の説明をするには動揺が残っているものの、これなら淀みなく話せそうである。

「あ、そうだ。お兄ちゃん。一つ聞いていい?」

「んー。何だー?」







 


「ワたしハどこニいるノ?」









 思わず、振り返る。そこには誰も居ない。

 頭の中で、電話の音だけが鳴り響いていた。

 真相はかなりこんがらがっています。さあ、多いのは誰でしょうか。

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― 新着の感想 ―
俺にはよく分かんないよ……馬鹿だから……
[一言] こわ…い…よ…
[一言] 夜道が怖くなりました。クオン先輩紹介してください。
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