黒幕、舞台へ
メインは後半。
首藤狩也。男になる。
『君からデート…………とは。ふふ、いいよ。デートしようか』
碧花は快諾してくれた。その表情が彼女らしくもなく嬉しそうだったので、俺も割増しで嬉しかった。体育祭を終えた俺達は早速一緒に帰ろうと思ったが、『君に見せる顔が無い』とか何とか言い出して、碧花が先に帰ってしまった。どういう事だろうか。
全然分からなかったが、とにかく何処かへ行ってしまったので、俺は暇を持て余したもう一人の人物と共に歩いていた。
「それで、クオン部長。まだ用事があるとか言って何処かに行っちゃったんですよ! 本当に勝手ですよねッ」
そう、萌だ。体型マジックショー系女子……なんて前衛的なジャンルはないが、制服に着替え直すと、やはりあそこまで胸の膨らみがある様には思えない。あれは俺の幻覚だったのだろうか。確かめる方法は只一つ。鷲掴みにする事だ。
だが、
『なあ萌。おっぱい揉ませてくれ』
なんて言ったら好感度ダダ下がりである。今度、水泳の授業を覗いてみようか。スク水はどうやっても隠せないだろうから、それで彼女が巨乳かどうか分かる筈である。デートを控えた男の思考ではないが、仮に碧花と一緒に帰ったとしても、同じ事を碧花に思った……主に胸を揉む下りが……だけだろうから、大差はない。
俺は努めて気にしない事にした。
「まあいいじゃないか。こうして珍しく一緒に帰れた訳だし。何なら、今からでも奢るけど」
「本当ですかッ!? じゃあ是非! 是非お願いします!」
体育祭中もそうだが、萌が終始明るいお蔭で、こちらも何だか気分が明るくなってくる。壮一に唾を吐きかけられた事なんて忘れてしまいそうだ。今思い出したので無性に腹が立ってきたが。
「本当に今日はラッキーですねっ! 先輩と一緒にご飯へ行けるなんて幸せですっ」
「そこまでか? ていうかクオン部長が連れて行ってくれてるだろう?」
「……あの人、意外にケチなんですよ」
萌が口を尖らせながらそっぽを向いた。
「顔だけじゃなくて、サイフも隠すのか」
思いやりの欠片も無い部長である。もしも俺がオカルト部の部長だったら、萌みたいな可愛い部員は特に可愛がるというのに。実際、彼女には小動物的な可愛さがあった。凄いのは見た目こそ小動物だが、その肉体は危険物に等しいエロさを持っているという事。とはいえ、それを抜きにしても彼女はやはり可愛い。俺が初めて後輩を持ったからかもしれないが、碧花が高嶺の花と考えれば、萌は身近にある綺麗な花である。
やはりこう、何て言うか。元気のある女性は一緒に居て楽しい。碧花も元気と言えば元気だが、ここまでアクティブではないので、その点は彼女とは違う。
「何処まで行くんですか?」
「ん。もうすぐだ。行きつけのレストランって程でもないけどな。美味しい所がある―――」
そこまで言った所で、ポケットにしまってあった携帯が鳴り響く。歩きを止める事なく電話に出ると、
「碧花ッ?」
良く分からない理由で帰ってしまった碧花だった。冒頭でおふざけしない辺り、何やらお取込みの様だ。
「狩也君。今何処にいるんだい?」
「ん。いつものレストランだぞ。腹が減ったから、まあ腹ごしらえとでも言おうか。ちょっとした間食をしようと思って」
「そうか」
「何でそんな事を?」
「いや、気にしないでくれ。ただ近かったら……合流しようかなと思っていたのさ」
「近かったらって……お前、何処に居るんだ?」
「君に言っても分からないだろう。まあ、そっちに居るならいいさ。気を付けて帰るんだよ」
「お前は俺の親か!」
碧花の微笑を最後に、通話が一方的に切れた。何なんだ一体。俺がデートを申し込んでからの動きが、何だか妙に不自然な気もするのだが。
ああ、そういう事か!
俺は天才なので、碧花が何処に居るか大体見当が付いてしまった。この結論に至るまでの要素は二つ。遠くに居るという事実と、俺がデートを申し込んだという事。この辺りに色々な服を取り揃えている洋服屋は無いので、つまり―――そういう事だ。
アイツは俺とのデートの為に。わざわざ遠出をしてくれたのだ。
俺は携帯をしまい、萌の手を掴んだ。
「あそこだよ。何か混みそうな感じするから、早く行こうぜ?」
私は狩也君との通話をやめて振り返った。ここはどこぞの土地にあるどこぞの廃墟の屋上。場所なんて分からないし、言うつもりもない。誰かに通報されても困るからね。
「…………さて、と」
私は目の前で無様に縛り付けられている男を見下ろした。彼の名前は切賀壮一。『彼』に敵対行動を取る愚かしい男性の一人だ。何やら私を取り合っている様に見えるけど。それは違う。私の両手を引っ張ろうにも、既にその枠は『彼』一人で埋まっている。私は誰にも引っ張られない。
「証拠が残っても困るから、あまり直接手を下したりはしたくないんだけど。君だけは私の手を使いたかった」
当然、直接手を下すという事はそれだけ足が付く可能性が高く、下手を打てば捕まってしまうだろうね。けれども、今までの経験をフルに活用すれば、そんな可能性は万が一にもあり得ないと断言出来る。私を見上げる男は、早々に怯え切っていた。
「な、何だよお前……! 俺をこんな所に連れ込んで……何がしたいんだよ!」
途中で帰宅してしまった彼の足取りを掴むのは簡単だった。周囲の娯楽施設を調べて回れば一発だったから、私は適当な嘘を言ってこの廃墟へ。スカートを少し捲って太腿を見せつけてやっただけで襲ってきたので、正当防衛気味にカウンターを決めて今に至る。スタンガンって、本当に便利だね。
「殺すんだよ」
「…………へ」
彼は何を言っているのか理解出来ない様子だった。仮にも好きな女性に、「殺す」と言われたんだから無理もないけどね。せめて信じてくれる様に、私は目の前でナイフを取り出し、彼の指の隙間を突いた。
「ひっ…………!」
「冗談ではないよ。今までだってそうしてきた。直接手を下したりはしていないけど……私はずっと、君の様に愚かしい人間を殺してきた」
そこまで言って、ようやく壮一君は私の正体を理解してくれた様だ。忽ち顔が強張り、全身が震え出す。まさか私が本当の『首狩り族』なんて、一体誰が気付けるんだろうね。今の所一番近いのは…………一人、か。
対策を取られているせいで、近づけないのが悩みかな。
「な、何でこんな事するんだよ! お前のせいでアイツは……!」
「気に食わないんだよ」
間髪入れずに私が言った。
「狩也君は幸せになるべき人間だ。それを君達の様な愚かしい存在が邪魔するんだ。全く以て気に入らないし、そもそも君のやりたい事は実に下らない。端的に言って気に食わない。簡単だろ」
「な………な。俺の、何処が気に食わないってんだよ!」
「根性思想倫理態度全てが気に食わない。彼は全然気にしていなかったみたいだけどさ。君、彼を殴ったよね」
寝転がって無防備な彼の頭を踏みつける。何度も、何度も。何度も。何度も。疲れたので、私は屋上の縁に座り込んだ。
「……これだから直接手を下すのは嫌だ。憎悪の全てをぶつけたくなる。君を蹴った回数分、色々と手間がかかってしまうから、本当は一撃で仕留めた方がいいんだけど」
「て…………この、クソ女ァッ!」
あれだけ踏みつけたのに、まだ減らず口を叩く余裕があるらしいので、私は再び立ち上がり、靴の爪先を右目に突っ込んだ。
「グアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
そしてまた座る。
「言葉を間違えたね。君は自分の立場を理解していないみたいだ」
私の声も、今は聞こえない。壮一君は右目を潰された痛みで絶叫し、転げ回っていた。暫く会話は成立しなさそうなので、私は転げ回る彼に対して、独り言染みた会話を投げかける。
「そうだ、聞いてくれよ壮一君。狩也君が、私をデートに誘ってくれたんだ。あの狩也君が……自分からだよ? 自分から誘ってくれたんだ。………………フフッ、フフフ。幸せってこういう事を言うのかな。今、すっごく幸せだよ。一分一秒でも彼に会いたくて仕方ない。一日でも早く私の全てを彼に奪ってもらいたい。本当は…………そういうお願いを期待していたんだけど。でも、デートと言うのも悪くない。彼と一緒に何処かへ行けるなんて、想像しただけで楽しそうだ」
海にしてもスキーにしても、私の方から誘っていたので、主導権は私にあった。しかし次のデートの主導権は彼が握っている。彼が自分から、私と一緒に行こうと誘ってくれたのだ。それがどんなに幸せな事か、私以外に分かる人間は居ないだろう。
「彼と一緒なら、きっと何処に居たって楽しい。修学旅行がそうだった。彼が居てくれれば、何でも楽しかった。唯一不満点があるとすれば、性別の関係上、絶対に彼とは相部屋になれない事だけど……欺き様はある。先生との駆け引きもスリル満点だった」
こういう言葉を滅多に口にする事はないのだが、冥土の土産という奴だ。狩也君が自力で彼を破ったのならば、後始末は私がする。心配しなくても、ここまで私が関わってしまったんだから、今回はちゃんと死体処理までする予定だ。そうでもしないと、私と彼の繋がりが絶たれてしまう。
壮一君は未だに転げ回っている。
「最後に、君へ問おう。惨たらしく死ぬのと苦しんで死ぬの、どちらがお好きかな? 早く選択してくれないと…………両方やるから。制限時間は十秒ね」
私は転がり続ける彼の身体を無理やり抑え込み、片手の指を取った。右目を抑えながら、彼が不思議そうにこちらを見ている。
「一」
躊躇なく小指をへし折る。彼が手を引っ込めようとするが、身体を抑え込んだ以上は、手を引っ込めても私の手は届いてしまう。
「二」
早くしないと両方やると言ってあげたのに、彼は絶叫ばかりしてそれ処じゃない。助けが来るかもという淡い期待を抱いているのなら残念だ。彼は彼が思っているくらい声を出せていない。何なら弱弱しいくらいだ。
「三」
遂に喉が擦り切れたのか、声なき声が漏れ出した。このままだとショック死してしまいそうだが、それならそれでいい。彼の弊害になる様な人物は、さっさとこの世からご退場願いたい。
「四」
……………………………この辺りから、反応が変わらなくなってしまった。ついでに声すら、出そうとしなくなってしまった。もう出せないのかもしれないけど。
「五」
なので捻る。
「六」
捩る。
「七」
逆方向にへし折る。
「八」
あらゆる方向にへし折る。
「九」
刺す。
「十」
飽きた。
私は彼の身体から離れて、ナイフを手に取る。そこで携帯が振動したので、通話に出ると―――
「狩也君。どうかしたのかい?」
「いや、何か胸騒ぎがしてさ。大丈夫か? 誰かに襲われたりとか……してないよな」
「…………ああ。大丈夫だ。君の胸騒ぎとやらは当てにならないね。仮に襲われたとしても、私が返り討ちにするのは君も良く知っているだろうに」
「それもそうか。あ、そうだ。今日デートの打ち合わせしたいんだけど、夜電話かけてもいいか?」
「いいよ。私も暇してる時間帯だ。いつでもかけて来てくれ。それじゃあね」
携帯をしまう。足元の男は、もう虫の息だった。
「気が変わった。止めを打ってあげるよ」
何とか夜までにこの死体を処理しないと、彼との打ち合わせに間に合わないだろうからね。
黒幕系という事で直接手を下しての殺戮を好まない彼女が舞台に上がった時点で、壮一に対する怒りがどれだけ沸いていたかがお分かりでしょう。
直ぐに電話かかってきてご機嫌になっちゃう碧花マジチョロイン。
主人公も見てないでれっでれを先行で見てしまった人には漏れなく死が送られます。