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それもまた、私の務め

 謎の感想ストッパーは申し訳ございませんでした。

 本来ならば。今まで通りであれば。狩也君は負けていただろう。それを阻止する為に、私が動いていただろう。けれども、今回ばかりは少し待った。待ったというより、動くつもりが無かった。それは何故かと言われたら、彼自身が誰の助けを待つまでもなく、自分から状況を打開しようと動いていたから。

 全て、とはいかないけれど、私は彼の動きをある程度把握していた。彼がどんな策を講じたのか、その全てを知ろうとすれば幾ら何でもバレてしまうだろうから…………彼ではなく、もう一人の方に。とはいえ、どういう流れがあってあんな事になったのかは大体想像が付く。狩也君らしい変態的な発想だと思う。まさか別人を装って彼の男としての煩悩に付け込むなんてね。

「見ててくれたのか?」

「勿論。私達は『トモダチ』だろう? 見ない方がおかしいさ」

「え…………そ、そうか。あ、有難う」

 彼はどうしたものかと頬を掻きながらそっぽを向いた。ここまでしてるのに、彼はまだその気になってくれないらしい。少し悲しいけど、気長に行こう。急がば回れとも言うくらいだしね。

 さて、私が来た理由だけど、別にこうして彼に話しかけに来た訳じゃない。自分の策略だけで相手に打ち勝とうと決意し、結果的に打ち勝った彼の作戦を、より盤石にしようと思っただけだ。丁度、相手がこっちを見ているしね。

「それにしても、意外な戦略だったよ。まさか二周分を一人で負担するなんて。前の人がそんなに信用ならなかったのかい?」

 その眼は明らかに肯定の意を示していたけど、当人が近くに居る状況もあってか、狩也君は首を振った。官能本に釣られて欺瞞しようとした奴が掛けられる慈悲なんて本来微塵もないんだけれど、彼は良心的だ。私だったらキツイお仕置きを加えている所だよ。

「いや……そういう訳じゃないぞ。あれは俺が一人でやった方が早く行けるかな~って思ったまでで……まあ、代わりにめっちゃ疲れたけど。まあ勝ったし! この種目の一位、受け取ったりってな!」

「おめでとう。君の組がワンツーフィニッシュじゃないか。これで総合優勝に一歩近づいたね」

「お前の組はどうしたんだ?」

「……まあ、最下位でないだけマシって所だね」

 これに関しては私の力が介入している訳じゃない。大玉転がしはたまたまこうなった。狩也君は彼の想定通り、何の助力も受ける事無く、彼だけの交友と策略を用いて、勝利したんだ。それは誰から見ても評価されるべき事で、誰にも彼の勝利に文句は言わせない。

「あー……ごめんな」

「嫌味かい?」

「ち、違うよ! ただその、お前も一位を狙う事は狙ってるんだろ? だから……何か、悪いなって思って」

「敗者に情けなどかけないでくれ。君の真意がどうあれ、無力感を感じているこちらにしてみれば、それは他でもない嫌味になるんだから……でも、有難う。君はやっぱり、優しいんだね」




 私は照れ隠しの下手くそな彼に近づくと、その身体を力の限り抱きしめた。




「――――――えッ! あ、あの…………!」

 公衆の面前で臆せず行われた抱擁に、彼だけじゃない。男子も女子も驚いて、一斉に私と狩也君に視線を注いだ。その中には当然彼の対戦相手のモノもあり、そこには憎悪と嫉妬の混じった醜い感情があった。

「いつかのお返しさ。それと……君は頑張ったんだ。経過報酬の一回くらい、あげるべきかなと思ってね」

「そ、それが……こ、こぉれかッ?」

 声が上擦ってる。あの時は私も腰を抜かしてしまったから、その報いというには少し物足りないかもしれない。

「生憎と、金銭を持ち合わせていなくてね。こんなものしか送れないが……どうか、赦してくれ」

「い、いや! お、俺は別にこれでも…………あ、あげるものが無いんだし、仕方ないよな!」

 口ではそう言っているけど、身体は何というか、正直だ。私の身体を通して伝わってくる感触がそれを確信させる。この時点で、既に周囲は騒然としていた。

 自分で言う事じゃないけど、校内一の美人と称される私が、『首狩り族』こと彼を抱きしめているから、当然と言えば当然か。きっとこの光景を見る男子の何割かは、『もしも自分が彼だったら』なんてつまらない妄想をしているんだろう。或いは、『来年の体育祭では自分が』とでも思っているのか。いずれにしても、あり得ない話だ。



 私は彼以外の男に興味がないんだから。



 だからもしもなんてあり得ないし、来年の体育祭でも、きっとこうなるだろう。私としてはもっと激しい事をしても良いんだけど、それだと彼が恥ずかしがっちゃうかな。私としてはもう満足だから、彼の身体から離れ、可能な限りの笑顔を作ってみた。

 まだ慣れない。笑うなんてどうも、ね。

「それじゃあ。私は先に元の場所に帰ってるよ。君も早く来たまえ。連続で種目に出る訳じゃないんだろう?」

「あ、ああ―――でも、ちょっと待ってくれ。決着させたい事があるから……遅れる」

「そう。じゃあね」

 一女性としては、男子がどうしてこうも勝負をしたいのか分からない。特に今回に関しては、勝負という最低限の体裁すら守れていないのに。狩也君と彼で、何やら私について言ってくれていたけど……私は彼の物になんかならないし、彼に物扱いされる程自我が薄い訳でもない。

 端から勝負なんて無かった。私を賭けの対象にした時点で、世界王者は狩也君に決まっているんだから。



 ―――でも、嬉しかったな。


  

 私は戻る途中で一度トイレの裏側に回り、手鏡で自分の顔を確認する。笑顔なんて慣れないと思っていたけれど、どうしてだろう。彼の言葉を思い出す度に、私の顔はどうしようもなく綻んでしまう。



 あの啖呵、とっても素敵だったよ?



 しかし、あの啖呵のせいで、彼は私をモノ扱い出来なくなった。非常に困るし、少し悲しい。私をモノ扱いしてくれないと、私は彼に独占されないじゃないか。






















 


 何とか一時的に悟りを開き、碧花との抱擁で感じ取った肉感的な経験を頭にしまい込む。あの時のお返しとはどの時かと思ったが、妹とのデートチケットをくれた時の話か。別に見返りなど求めたつもりはなかったのだが、くれるというのなら貰っておくのが俺の流儀だ。


―――一度深呼吸をして、振り返る。


 身を翻した先には、ギリギリと歯軋りをする壮一の姿があった。その様子はさながら宿敵を見つけた侍が如く獰猛さに満ちており、俺のアクション一つで、喉笛が噛み千切られるのではないかと思わせる気迫があった。

 しかし、その一方で俺も、長く続いた因縁に終止符を打たんとする勇士の気分だった。

「勝負ありだ。これからは二度とアイツをモノ扱いするな」

「……もう一回だ! さっきの勝負は……見たこともねえ可愛い女と話してた! 普通にやれば俺が勝っていた!」

「ああ……確かにそうだな。普通にやればお前が勝っていた。それは間違いないと思うよ。俺もな」

 俺は身体能力が高い訳じゃない。普通にやれば負けていた。正攻法で戦う事が、俺に対しての一番の攻略法だ。けど、アイツはそれをしなかった。それはアイツに……正々堂々という言葉が無かったから。己のスペックに自信ありと宣いながら、奴が何よりも己に信用を置いていなかった。それだけの話。

 小汚く生きてきた報いが来たのだ。  

 俺は確かな足取りで壮一へと歩み寄る。これは俺と彼だけの問題なので、ここからは、小声だ。

「小学校の頃の話だ。お前は当時俺が好きだった女の子を目の前で奪い、あまつさえ教室内でレイプしようとした事があったな。俺が助けに入ったからどうにかなったが、お前からの報復を恐れた女子は、俺のせいという事にした。勿論、忘れてないよな?」

「……それがどうしたんだよ」

「元々友達が少なかった俺は、あの一件で完全に孤立した。俺の言葉を信じてくれたのは……碧花だけだった」

 一人かくれんぼは友達欲しさにやったというのは本当だが、あれは一種の自暴自棄でもあった。危険なものと知ってやっていた。孤独の苦しみをずっと味わうよりかは、いっそ死んでしまった方が良いんじゃないかとさえ思っていた。

 そんな時に…………あの校舎で、碧花と出会った。幽霊か何かかと思ったが違った。陶器の様に滑らかで綺麗な肌も、小学生にしてはやけに大人びた雰囲気も、全ては人間の……他でもない水鏡碧花のものだった。

「碧花だけが、俺を俺のままに見てくれた。俺の言葉を信じてくれた。その後の事はお前が一番よく分かってるよな?」

 あの後、碧花が色々とやってくれた様で、俺は当時好きだった女の子に謝罪され、人間関係も微妙に回復した。それがずるずる続いて、今がある。

「あの時はお前が刑務所にでも入ってくれないかと思っていたが、今はある意味感謝してる」

「は?」

「俺は今度こそ、お前から守れた。俺を信じてくれたヒトを守れた―――」

 俺は限界まで息を溜め込んで、渾身の力で叫びはなった。





「俺はもう泣き虫なんかじゃねえんだよ!」 





 身を翻し、碧花の待っているいつもの場所へ。遠目から姿が見えないが、トイレにでも行っているのだろうか。

「男に二言は無い筈だ。今度アイツをモノ扱いしたら―――」

 振り返って―――何も思いつかなかったので、向き直る。俺の瞳を覗き込んだ壮一が、直前までの憎悪は何処へやら腰を抜かし、失禁してしまったのは何故なのだろうか。そこまで眼力が強いとは思えないのだが。

 体育祭は平和に終わります。平和に。

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― 新着の感想 ―
モノ扱いしてくれないなら、こっちがするしかないのよ!碧花ちゃん縛り付ける攻撃よ!・・・効果はバツグンだァアアア!! (*/ω\*)キャー!!ステキ ───HappyEND
[一言] 壮一予備軍ではなくほぼ既遂犯でしたか、、、これから制裁ですね!胸がすく思いです。
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