神算鬼謀の男子高生
タイトル
男などという生き物は、とても単純な生き物である。目の前で胸が揺れていれば思わずそこに視線を動かしてしまうし、お尻があればそこに釘付けになる。とかく男子というものはエロスに弱く、だからこそ俺には、萌が必要だった。
お忘れだろうか。制服と体操服でスタイルの違う萌に、俺は想像の中で水着を着せて歩かせた。するとどうだ。俺はそれを萌とは認識出来ずに、他人の空似で納得するに違いないと帰結させた。これは何も俺に限った話ではなく、壮一なんか同じだろう。特に彼は脈のある女性に片っ端から迫るらしいし(碧花の反応をどう解釈したら脈ありに思うのか知らないが)、俺の作戦は恐らく通用する。
ではまず、問題を解決していこう。
萌とのやり取りで挙げられた問題、それは知名度だ。萌=オカルト部で、オカルト部=萌。学年が違うから彼が知らない可能性は無きにしも非ずだが、部長があの目立つ狐面だ。それに振り回されている女子、という認識で知っているかもしれない。だが、これには最も単純な解決方法がある。
服と髪型を変えれば良い。
さっきも言った通り、男というものは俺も含めてエロスに弱い。碧花が校内一の美人とされているのはスリムだったり寸胴体型が多い中で、グラマラスな体型且つ、人形の様に綺麗な顔が原因である。とはいったものの、実際、男達が見ているのは体型であり、実は顔など殆ど見ていない。見ている様で見ていない。全く酷い話だが、それが真実なのである。
これに何の関係があるのかと言われると、体操服には名前が書かれており、身体を見ているという事は、殆どの男子はそれで個人を識別しているという事であり、つまり体操服そのものを変えてしまえば、その人物は別人という認識になる。
「な、何ですか急に!」
萌が自分自身を抱きしめて、俺から距離を取った。後から俺は脳内で弾き出された結論を先に言うのは得策ではないと考え直し、頭を振った。というか俺自身の理論を証明する様に、彼女の腕によって狭まった胸が体操服越しに深い谷間を作った時に、俺はガン見してしまった。
「ま、待て待て。これにはちゃんと理由がある! 邪な理由じゃない!」
元々体型マジックショーな萌だ。服さえ変えてしまえば……言い換えれば、他人の体操服を拝借すれば別人だと思われるだろう、男子には。しかし、女子だとそうはいかない。その為に、俺は彼女の髪型を変える事を思いついた。
ロングであれば弄りやすかったが、ショートなので、分け目を変える、上手い事縛ってみるなどの変え方しか思いつかないが、そもそも普段見慣れている萌が、恐らく貧乳だと思うので、僅かな変化でもこの二つさえ変えてしまえば萌は何者でもない別人になれる可能性が高い。
俺の天才的な策を教えると、萌の顔つきが歪んだ。
「確かに、良い作戦かなとは思いますけど。何処から別の体操服持ってくるんですか? 言っておくけど私、別名義の体操服とかもってませんからね?」
「…………心当たりがある」
「心当たり……ですか?」
「ああ。壮一が知っている可能性が低くて、お前の同級生が知ってる可能性が低くて、それでいて体操服を貸してくれる……いや、本人は居ないけどな」
「どういう事ですか?」
この作戦の唯一の欠点を挙げるとするならば、それは非道徳的だという事である。今更何を言っているんだという話だが、それにしたって躊躇する。そもそも、あるかどうかさえ疑わしいが、大丈夫。高校生は大抵面倒くさがって、いつも体操服をロッカーの中にでも押し込んでいる筈だ。
無かったら? その時は他のロッカーを総当たりで探すだけだ。基本的にロッカーとは鍵をかけるものだが、物臭な人間はそれをしない。俺はそれに賭ける。
非道徳的なのは俺自身理解している。けれどもこれが名案なのだ。後は萌がやってくれるかどうかであり、俺は彼女の肩に手を置いて、懇願した。
「頼む! 先輩を助ける為だと思ってやってくれ! 後で幾らでも好きなモノ奢ってやるからッ」
「え、ほんとですかッ」
ちょろい。
正直そこまで金に余裕がある訳ではないが、これも勝負に勝つ為だ。背に腹は代えられない。それでも萌は少し悩んだが、割り切った様に頷いてくれた。
「分かりました。他でもない先輩の頼みですし、やります。ただ、その……一つだけ条件を」
「ん?」
「部長には、秘密にしておいてください。着せ替えショーとかやらされても困るので……」
交換気味に出してくるからどんな凄まじい条件を出してくるのかと思ったら、何だそんな事か。もしそんなものをやるのなら是非俺も誘って欲しい所だが、彼女がそう言うのなら仕方ない。二つ返事で俺は了承した。
「で、誰の体操服を借りに行くんですか?」
俺は保健室の扉を開けてから、おそるおそるその名前を口にした。
「御影由利」
本当に、本当に申し訳ないと思っている。精神がおかしくなってしまった人の体操服を無断で借りるなんてどうかしている。
結果から言わせてもらうと、彼女のロッカーの中に体操服はあった。同時に紙きれも挟まっており、そこには『餞別』と見慣れた文字で書かれていた。萌との約束では部長には知らせないとの事だったので、俺はその紙を握り潰し、何事も無かったように萌にその体操服を手渡した。何故クオン部長がこの計画の事を知っているのだろう。この案はたった今思いついたばかりの新鮮な案だというのに。
…………まさか、俺がこう考える事を見越して?
だとするならば恐ろしい。あの部長、人格面でもヤバいと思っていたが、能力面でもヤバかった。敵には回したくない人物である。俺はトイレで着替える萌の声を待ちながら、そんな事を考えていた。
今回、萌には証拠の件といい、本当に助けられている。最初はオカルト部のヤバい奴という認識があったのは否めないが、体型マジックショーの件もあり、実は中々可愛いのではないかと思えてきた。俺の中では彼女候補の一人……にはなっていない。幾ら何でも接点が薄い。先輩と後輩という間柄は、現在も含めて二年間しか続かないのだ。一つ言えるとすれば、碧花よりはずっと可能性があるという事か。
ただ、デートなどの話になった場合、碧花よりもどういう風に楽しませればいいか分からないので、やはり候補とは言い難い。別に彼女云々を抜きにしても後輩というものは実に可愛い存在である事は明白なので、このままの関係でも一向に構わないのだが。
「せ、せんぱ~い」
やけに弱弱しい声が聞こえた。
「どうした?」
「き、着替え終わったんですけど…………それと、髪型も変えました」
…………そ、そうか。
「べ、別に報告は要らないんだが」
本当に意味が分からないので困る。軍隊じゃないんだから、一々自分のした事を報告しなくても、実際に姿を見せればそれだけで済む事だろうに。
慎重な足取りでトイレから出てきた萌を見た瞬間、俺は彼女の発言の意図を理解した。いや、理解せざるを得なかった。
「へ、変じゃないですかね…………?」
髪型と服装が変わっただけで、人はここまで変わる者なのか。体操服に御影と書いてある事もあり、何故か事情を知っている筈の俺が、萌を認識出来なかった。サイズの関係か体操服が本来より微妙に張っている気がする。
「ちょっと走ってみてくれ」
「この場で、ですか?」
「ああ」
萌がその場で足踏みをすると、自己主張の強い胸が上下に揺れた。
これが見たかったのだが、そういう事じゃない。俺は飽くまで別人になり切れているかを確認しているのであって、決して揺れを見たいとかそういう事じゃない。
そもそも胸が揺れるというのなら、碧花が出た際に十分堪能させてもらった。これ以上の堪能は変態の領域である。
ふと時計を見ると、後十五分もすれば昼休みが終了する事に気付いた。時間がない。準備している所を見られたら終わりだ。
「萌、じゃあ大玉転がしの時に、えーと、アイツの視界に入る所でコンタクトを取ろうとしてくれ。『頑張ってー』とか、『キャーカッコイイ』とか何でもいいから!」
「先輩。女声出来ないんですね」
「ほっとけッ。ともかく頼んだぞ。じゃあな!」
俺は物凄い勢いで駆け出して、昇降口まで一気に階段を下りて行った。後はもう、俺次第だ。邪魔な要素は潰した。全く以て正々堂々ではないが、真正面からアイツに勝って、ついでに組の一位も掻っ攫う!
そして碧花に、お願いする!
碧花よりは可能性があるというか、碧花が一番可能性があるんじゃないかなあと。
もう言わずとも分かると思いますが、萌は作中屈指の強運の持ち主です。主人公と交流しててまだ死んでませんもんね。主人公が後輩可愛いとか言い出したのは、珍しくも直ぐに居なくならないから嬉しくなっているのもあります。
代わりに萌が絡むともう一人の黒幕が絡んできますけど。