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男を掴むなら、胃袋から

 空前絶後の変態発言

 まさかこんな日が来るなんて思いもしなかった。碧花は滅多に料理をしないのに、そのお弁当を食べられるなんて。料理をする事自体は既に初耳ではないが、それでもまさか、ここまで色鮮やかなお弁当を作れるとは思わなかった。

「お前……これ。マジでお前が?」

「ああ。勿論。十二時までに私と君が出る種目、それに使われるであろうカロリー量を推定し、そこから供給過多にならぬ程度の最大カロリーを割り出し、栄養素をどういう割合で…………まあ、色々と考えたんだよ。私なりにね」

「はあ……全然訳分かんねえけど、今お前。私と君って言わなかったか?」

 俺が碧花の発言を聞き間違える筈はない。遠慮なく具材を抓みながら目線を上げると、彼女の動きが完全に停止していた。顔が真っ赤に染まっており、冷静沈着な彼女にしては珍しい表情である。

「碧花?」

「え? あ、いや違うんだよ、君。私は別にそういうつもりじゃ…………」

 珍しく露骨に慌てている。どうしたのだろう。俺は別に彼女を責めようとは思っていないのだが、かなり取り乱している。面白いので、少し煽ってみようか。

「どういうつもりだったんだ?」

「いやだから…………その。私は、その。えっと……その」

「その?」

 まだまだ煽って反応を見ようと思ったのだが、俺も演技が上手い訳ではないので、彼女もこちらの意図に気付いてしまった。碧花はムッと口を尖らせて、徐に俺の口にご飯を突っ込んできた。

「…………意地悪、しないでくれ」

 俺の気のせいだろうが、碧花の双眸に涙が溜まっている気がした。まずあり得ないが、もしも本当に涙目だったのなら、俺はこの場で悩殺されていたことだろう。それを回避できたのは、偏に彼女の瞳に宿る負の刃が恐ろしかったからである。口にご飯を突っ込まれた所で、俺は今の様に問題なく咀嚼するが、何だろう。今の一瞬ばかりは、口を割りばしで貫かれてもおかしくなかった。碧花の瞳を覗き込んだ時に感じた事だ。 

 今でも微妙に恐怖を感じている。

「わ、悪かったって」

「……分かればいいんだ、分かれば。私がこのお弁当を持って来たのは偶然であって、君の為に持って来たなんて事は万が一にもない。いいね?」

「お、おう。でもさんきゅ! お蔭で助かったぜッ」

「弁当を忘れてしまったんだ、仕方ないよ。味付けが君に合うかは流石に保障できないけど、文句は言わないで欲しいね」

「いいやいいや! 味付けも俺好みだから、文句なんて出す訳ないだろ! ほんと、お前ってマルチだよなあ」

 碧花の様な女性が奥さんだったらどれだけ幸せな事か。こんな料理が毎日でも食べられるなんて夢の様ではないか。おまけにその奥さんは、校内一の美人。絵に描いた様なボンキュッボンと来たら、文句なしである。

 俺は外見だけで女性を判断する男ではないが、それにしても、やはり女性は綺麗な方が良いと思うのは自然だと思う。男女関係なしに、そも人間は、綺麗なものを好むのである。碧花の丁寧な箸使いも、俺は見ていて心地よいと…………


 俺は口の中の感覚を起こし、先程碧花にご飯を突っ込まれた事を思い出した。割り箸は二本、それ以上は植えても増えようがない。つまり、彼女が使っている箸は、一度俺に触れた箸という事では無いのか?


 妙にドキドキしてきた。この炎天下の中だ、内部から熱を掻き立てられると非常に熱い。日陰に居るとは言っても、だ。気づけば俺の箸は止まり、碧花の箸ばかりを眺めていた。こちらの変化にも気づかず、碧花は丁寧な箸使いで具材を口に運び―――咀嚼する。




 か、間接キス………………




 いやいや、待て待て。流石に考え過ぎである。間接キスには幾らかパターンがあり、碧花の事だ、きっと全く気にしていないパターンの方だろう。となると、ここで俺が指摘すると、まるで俺が彼女を意識している様に聞こえる可能性が非常に高い。するとどうだ。きっと彼女にはこう言われる。


『間接キス? ……ああ、そう言えばそうだね。大丈夫だよ、そう気にしなくても、私は君の事を異性としては見ていない。君も気にしないでくれ』


 こうなるに決まっているのだ。何とか精神が落ち着いた所で、俺も食事を再開する。暫くは間接キスの衝撃が大きすぎて、まともに味が分からなかった。

「そう言えば君、さっきクラスで揉めてたみたいだけど、大丈夫だったのかい?」

「ああ、って随分前の話だな。大丈夫だよ、アイツはいつもあんな感じだし、お前が気に留める様な奴じゃない。心配しないでくれ」

「……そう。まあ、君がそう言うなら、そうなんだろうね」

 実を言うと、少し心配だった。純然たる事実として、アイツの方が男子としては俺より優秀だ。碧花もひょっとしたらアイツの方が好きなんじゃないかと。確かに彼女は俺の隣が心地よいとは言ってくれたが、それも……気遣って言ったんじゃないかと思っている。滅茶苦茶な思考なのは分かっているが、それでも俺は劣等感を隠せない。

 実はアイツに対して啖呵を切ったのには、それを覆すという理由もあった。俺は俺に自信を持ちたい。碧花が信じてくれる、俺に。

 昼食も食べ終わり、俺は萌との約束を果たすべく、早々に立ち上がった。

「ご馳走様。美味しかったよ、お弁当」

「そう言われると、作った甲斐があるね。誰かに呼ばれてるの?」

「まあな。直ぐ戻ってくると思うけど、別に待ってなくていいからな?」

「そんな予定はない。待っててあげるよ」

 俺達は互いに苦笑。それから俺は身を翻し、保健室へと向かわんと歩き出した―――所で、「狩也君」と呼ばれて振り返る。碧花が小指だけを突き出して、こちらを手招きしていた。

「何だ?」

「指切りをしよう。破ったらそうだな……私の指でも舐めてもらおうかな」

「うぇッ!?」

 変態的な提案に、俺は一瞬動揺する。それを見て、碧花の口元が僅かに綻んだ。さっきの意趣返しのつもりなら、俺も少しムッとしてしまう。意地悪はやめて欲しいものだ。

「何でまた急に……」

「一位になるんだろ? だから約束をしよう。『私は必ず一位になります』って誓えるかい?」

 自信は無い。いや、自信をつける為に、そして碧花の名誉のために、俺はアイツに真っ向から立ち向かおうと思ったのだ。俺は反対側の指を差し出し、彼女の細くて長い小指に絡みつける。彼女の小指が折れ曲がり、同じように絡みついた。

「ゆーびきーり、げーんまーん、うーそつーいたーら、はーりせーんぼーんのーます。指切った…………」


 碧花が少し立ち上がり、俺の耳元で囁いた。




「信じてるよ」 





 俺の指から碧花の指がするりと抜ける。彼女は両手を後ろ手に組んで、首を傾げた。

「早く行ってきなよ。幾ら昼休みに時間があるって言っても、そうやって突っ立ってたら時間が無くなるよ?」

「…………え、あ、ああ! 行ってくる。しかしながら碧花、今のは一体どういう……」

 彼女は己の口に指を立てて、沈黙の意思を示した。


















 何であんな事を?

 俺の脳は最早それだけに全ての力を回されていた。信じているって……何を? まさか、あの恥ずかしい啖呵を彼女が聞いていたなんて筈はあるまい。だとしたら弄られている。しかし他に信じられる様な心当たりはない。俺は自身の小指を眺めながら、彼女との指切りを思い出す。一位……ああそうか。一位になってくれる事を『信じている』か。それなら納得だ。


 ってそんな訳あるか。


 これではまるで、彼女が自分に何でもさせたい様ではないか。仮にそうだったとして、仮に、仮に、仮に。


 仮に。

 

 俺が性欲の獣だったとしたら、彼女は取り返しのつかない発言をした事になる。極端な話だが、俺が『一日中胸を揉ませろ』とか、『いつどんな時でもヤらせろ』と言ったらどうなるのか。或いは俺がそんな事を言わないのを見越して、持ち掛けてきたのか。

 ……何だかそんな感じがする。舐められている気がして、微妙に悲しかった。少しは彼女に『首藤狩也も一人の男なんだという所』を見せつけないといけないのだろうか。例えば、急に押し倒してみるとか。多分スタンガンを当てられてお縄だが。

 保健室には、退屈を持て余していた萌が足をぶらぶらさせながら俺の到着を待っていた。

「あ、先輩! 遅いですよっ」

「すまん。奴にはバレたか?」

「私を誰だと思っているんですかッ。部長仕込みのストーカー術は、素人には破れませんよっ」

 萌はカメラを持ちながら、無い胸を……いや、実はめちゃくちゃあった胸を張って言った。高校生を疑ったのは碧花以来だ。こう言っては何だが、この学校の女子は貧乳が多い。それが嫌いとかそういう訳ではなく、だからこそ碧花の様なスタイルが目立つのだ。行事などで制服から着替えた場合は、萌も例外になるか。

「いや、それ仕込まれちゃいけない奴なんだが」

「まあまあ。それで結果なんですけど……先輩の言った通りでしたよ」

 やはりそうだったか。アイツは勝つ為ならどんな手段も厭わない人間だ。俺の思った通りの事はしてくれると思っていた。

「あ、これ写真です」

「ああ、分かってる。必要になったら連絡するから、その時は現像して持ってきてくれ。後はこれを知って俺がどう動くかだが……萌。写真部を装えるか?」

 萌の表情は、言うまでもなく難色を示していた。オカルト部に居るというだけである程度の有名人になる事は確約されているのだ。何かに溶け込むなんて至難の業である。俺も我ながら無茶を言ってしまった。

「いや、違うな…………えっと。俺が次出る競技は大玉転がしだが――――――」

 何とかなりそうだ。というか、萌が居ないと、何とかならない。そう。アイツが何としても一位を取らんと手段を選ばないのなら、こちらも手段を選ばず戦うべきだ。ルール無用のダーティーファイトだったとしても、俺は負ける訳にはいかない。碧花を裏切りたくないから。







「萌。今すぐ体操服を脱げ」

「へ?」

 可愛い後輩は素っ頓狂な声を上げた。


 因みに間接キスの実際の下り(指摘した場合)


「…………………か、間接ッ? き、キッ、へ……へえ。そうなんだ。ごめんね。全然私は……気にしていなかったよ」

 

 取り越し苦労

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― 新着の感想 ―
[一言] デレが!体に!染み渡る!
[一言] かわいいいいいいいいいいいい
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