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血濡れの赤ずきん

 これは完全にこの道のプロ。そして姿の見えない自称不死身ニキのクオン部長。

 沈黙が一帯を支配する。待てど暮らせど藤浪の姿は見えないし、準備室から恐怖を抱かせる轟音が聞こえる訳でもない。

―――助かったのか?

 五分程追加で待ってみたが、何も起こらない。俺は助かったのだ。もしかしたら見逃されたのかもしれない。

 それもその筈、今のはモッコウ男ではない。彼の後ろに立っていた人物は、七つ目の七不思議『血濡れの赤ずきん』。碧花から聞いた限りでも出現条件が一切不明の謎の怪異。只一つ言えるのはその怪異の被るレインコートからは血の臭いがするという事であり、先程彼の後ろに立っていたそれは、赤いレインコートだった。血の臭いがしたかどうかは分からないが、まさかあんな奇怪な恰好が一般人という事はあるまい。

―――しかし、本当に妙な恰好だったな。

 顔は見えなかったが、この学校の制服を着ていた。年彦君などもそうだが、七不思議として語り継がれている者達は、やはりこの学校の生徒だったり関係者なのだろうか。今も沈黙を保ち続けている準備室には流石に入ろうとは思わない。あの感じだとあり得ないが、藤浪がスタンガンを持って控えているかもしれない。

 なので、来るとしても後回しだ。今は『サオリさん』が居るとされる保健室に萌を運ぶ事が先決である。ワイシャツも、その後で回収すれば良い。俺は再び萌を持ち上げて―――一度下ろし、俺の首に掛かったカメラを彼女の首に戻す。俺には重すぎる。これは彼女が持っているべきだ。

 それから持ち上げるが、先程までの状況が火事場の馬鹿力だった事を知る。萌の身体が先程の数倍は重く感じた。だが、今回はつんのめっても居られない。体に残る力を振り絞り、俺は美術室を出た。

「部長……俺に、一体何をさせたいんですか」

 俺とかいう不幸が服を着て歩いている様な存在に女性を守らせるなんて何を考えているのか。というか、未だに部長の姿が見えない。何処に居る。或いはもう……死んでいるのか?

 いや、クオン部長は絶対に死なない自信を持っていた。顔は見えていなかったが、何故だかその言葉には超常的な力にも似た妙な説得力があった。死んでいないに違いない。そうに決まっている。

 保健室の扉を足で開けて、俺は奥にあるベッドに萌の身体を落とした。同時に、俺は彼女のお腹に顔を突っ込んだ。いやらしい意味がある訳じゃない。疲れたのだ。腰も腕も何もかも痛い。十秒程度彼女のへそを枕にしたって、文句は言わないでもらいたい。火事場の馬鹿力はとっくに過ぎ去ったのだ。

 所でサオリさんの対処法だが、何の事は無い。ベッドを覆うカーテンを閉じなければ条件は満たされないので、それが出る事もないのだ。此度は七不思議の調査が目的なので、本来ならば条件はこちらから満たさなくてはならないが、今はそんな事を言っている場合ではない。何処に年彦君が徘徊しているかも分からないのだ。これはもう、他のメンバーを見つけてとっとと帰還した方が良い。今日はあまりにも危険すぎる。

 かと言って、保健室に彼女を置いて探しに行くのも危険性が高い。徘徊中と思われる年彦君、そして血濡れの赤ずきんが入ってくる可能性を考えると、俺がここから動くのはどう考えても愚策だった。萌もこのままでは起きる様子が無いので、何もしないというのもあり得ない判断だ。

―――俺はこの状況を打開するべく、己の全力を賭して思考する事にした。そして、とある一つの結論……確証はないが。辿り着いた。

 



 七不思議を、逆手に取ってしまえばいいのだ。




 俺はベッドのカーテンを完全に閉めて外へ出る。サオリさんの条件は整った。取り敢えず俺はワイシャツを回収する為に、理科室へと向かう事にした。

 ……何をしたかって?

 簡単な話だ。確証はないので博打な所はあるが、七不思議とは……いや、都市伝説等で名前の知られる怪異の目撃談は、基本的に一人の人間である場合が多い。グループや会社で目撃したという例は本当に少ない。友人と一緒に居る間は何も感じないが、居なくなった途端……というパターンばかりだ。

 それはつまり、七不思議は一人きりでなければ対峙しないという事である。誰かが居れば七不思議は起き得ない。または起き得る可能性が非常に低い。これを逆手に取ると……七不思議さえ予め起こしておけば、そこに人が寄り付く事は無いという事である。それにサオリさんは口裂け女の様な問答型。しかし今の萌は意識不明なので、答える事は出来ない。こうする事で俺が戻ってくるまで半永久的にサオリさんを使った隔離が可能になり、萌も無事のままである……筈。

 理科室には、やはり俺のワイシャツが捨ててあった。改めて着用し、ちゃんとズボンの中にしまう。後は懐中電灯だが、あれを取りに行こうとすると俺は美術準備室に行く必要がある。

 

 …………


 仕方ない。俺は美術室まで戻り、恐る恐る準備室の中を覗いてみる。何も見えない。藤浪は奥の方に連れていかれたのだろうか。流石に『赤ずきん』は居ないと思われるので、俺はゆっくり扉を開けた。

「…………うっ!」

 目の前の光景を理解するよりも早く脳が拒絶した。美術室の机に体内物を吐き散らし、早くなる呼吸を必死に抑える。

「あああ………おええええええええ!」

 出し足りない。出し足りない。満たされない。乾かない。机だけに留まらず、あらゆる所にぶちまけて、胃液だけになった所で俺はようやく落ち着きを取り戻した。この間、恐らく三十分。念の為もう一度深呼吸して、俺は再び準備室に足を踏み入れた。


 猟奇的とも言える犯罪の結果が、そこにあった。


 両手を釘で留められ、その体中には足元のドリルで空けられたと思わしき穴が数百以上。足元の血だまりがあの穴から噴き出して出来たと想像すると、また吐きそうになってきた。それだけでも十分だろうに、額にはナイフが突き立てられている。


 もう見るのはやめだ。これ以上見ても胃液が無くなってしまう。血溜まりの前に落ちていた懐中電灯を拾い上げて、俺は足早に美術室を出た。途中でもう一階、吐くものも無いのに嘔吐した。萌は大丈夫だ。意識が治らないのを逆手に取っている以上、七不思議の禁忌には触れない。


―――しかし、この不安は何なのだろうか。

 

 その理由とは、俺の結論が年彦君の時点で崩壊しているからに他ならない。だが、もうこうでもしないといつ萌が被害に遭うとも限らないのだ。保健室の前まで来てから、俺は意を決して扉を開けた。

「あ、先輩」

 

 …………………………………


「も、萌!?」

 俺は気が動転してしまい、扉を閉めるのも忘れて、萌の前まで近づいた。人形みたいに動き様も無かった瞳が、今は人間らしく動いている。パチパチと瞬きを挟みながら、しっかり動いている。

「ぶ、無事なのか?」

「はい」

「何か憑かれたとか!」

「無いです。えっと……何処から説明しましょうか。取り敢えず」

 そこで俺は扉が閉まっていないのに気付き、急いで閉めて鍵を掛ける。カーテンは開いていたので、サオリさんは出てこない。

「先輩。有難うございました!」

「え?」

「私、動けはしなかったんですけど、意識はあったんです。だから藤浪君にキスされそうになった時は…………凄く、怖かったです」

 それはそうだ。さして意識もしていない男性に接吻されるなんて誰だって怖い。俺だって怖い。彼女の恐怖は、年頃の女子ならば至って普通の感情である。

「だから先輩が助けてくれた時、本当に助かったんだって思いました」

「……それはいい。でもお前がこうして元気に動いているのには理由がある筈だ」

「あ、それです。実はサオリさんが……助けてくれたんですよ!」

「沙織さん? 先輩か誰かか?」

「違いますよ。サオリさんです。七不思議の方ですッ」

「七不思議…………へ、嘘? は? 何で?」

 そんな話は寡聞にして知らない。幾ら俺がオカルトに疎いと言っても、そんな珍妙な話があれば風の噂で耳にした事くらいはある筈だ。だが、意識を失っていた筈の彼女が……いや、正確には失っていなかったらしいが。まともな状態では無かった彼女が言うのだから、嘘とは思えない。

「私にも分からないんですけど……調べてる場合じゃ、ない……ですよね」

 意識は残っていたらしいので、彼女は不安そうな、間近にある死の恐怖に焦りを覚えている様な表情で呟いた。彼女の言う通り、今はそんな場合じゃない。既に死人が出ているのだ。彼女はまだ知らないが、知らない方が良い。あんな死体を見るのは、精神的に非常に悪い。

「ああ。取り敢えず、残ってる筈の部長と我妻、御影を探そう。あ、それとこれ、お前の携帯」

「あ、どうも…………陽太君は帰ったんですね」 

「まあ、それが賢明な判断だったと思うがな。さっさと三人を探そう」

 俺が敢えて藤浪の話題を出さない事には、萌も薄々気付いていると思う。その末路も、もしかしたら勘付いているのかもしれない。

 彼女が立ち上がったのを見てから俺が歩き出すと、俺の左手を掴む優しい感覚があった。萌だ。今となっては重苦しい沈黙が日常となったこの校舎で、彼女は唯一太陽の様に輝く笑みを浮かべた。

「頼りにしてます、先輩」

「…………『首狩り族』に、そんな事を言わないでくれ」

 俺は素っ気ない調子でそう言ったが、果たして彼女にはどう映っているのだろう。照れ隠しとして映ったのなら、それはきっと正しい認識だ。

 人から当てにされるなんて、もう何年も無かったから。 

 三日以内という呪いに掛かっている。

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俺だったら怖すぎて、七不思議を逆手にとか無理やね
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