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黒幕系彼女が俺を離してくれない  作者: 氷雨 ユータ
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初めまして

 内容を足し過ぎたら長くなった。

 ようやく学校に到着した。職員室に明かりは灯っておらず、そして当然だが校門も閉まっている。由利はどうやって中へ入ったのだろうか。


 ―――あそこしかないか。


 俺は一回の女子トイレまで移動して、足元の窓に手を掛ける。しかし七不思議の時とは違って開かなかった。当然だ。あそこを入り口として設定していたのは部長であり、前々から探索が決まっていたから開いていたのだ。ここがいつも開いていたら幾ら何でも警備がザル過ぎる。しかしここぐらいしか心当たりはなかった。

 ここが開いてないとなると、一度校門まで戻って開いている場所を探すしかない。そう思って俺が校門まで踵を返した瞬間、


 グシャッ!


 肉と骨が潰れた様な音には、聞き覚えがある。近い所で言えば、菜雲だ。彼女の身体が宙を舞い、そして地面に激突した時、同じ音がした。こんな気味の悪い、水っぽい音を間違える筈もないだろう。流石に振り向くのには躊躇したが、もしそれが……彼女なら。

 勇気を振り絞って振り返る。万が一にもあり得ないが、気のせいだったという可能性にも賭けていた。

「…………ッ!」

 体型を見る限り女性。体操服を入れる袋が頭部にかぶさっていて誰か分からないが、不幸中の幸いか身体は飛散していない。学校自体の高さがそこまで大きくないからだろうが、しかし血飛沫はちゃんと俺に掛かっている。背中の方に生ぬるい水の感触を感じる。やけに暖かくて、ヌメヌメしていて、気持ち悪い。

「…………ゆ、由利、か?」

 死体に触れるのは色々と好ましくない。警察を呼べば事情を聞かれるし、下手を打てば証拠を隠滅しようとしたと勘違いされるかもしれない。しかし俺は確認しなければならない。この死体が由利であるか、それとも全く別の……何かかを。

 二本指で抓み袋を取り外すと、ぐちゃぐちゃに潰れた顔面が視界に映り、反射的に目を逸らした。しかしこういう嫌なものを見た時に限って俺の視力と記憶力は優れている。顔は見れた状態では無かったが、あれは間違いなく―――




「……何でだよ」




 何で。

 関係なかっただろ。

 殺す必要何か無かっただろ。

 どうして…………どうしてこんな所で、奈々が死ななければならないのだ。彼女は病院に入院していた筈だ。碧花が犯人であれそうでなかれ、公共機関に居る人間をここまで運んだ上で殺すなんて超能力でもない限り不可能だ。

 考えられる可能性は一つだけだ。俺が帰った後に奈々が退院した。そして外を歩いている途中に……または俺の言う通り、隠れようとしたその矢先に殺された。こういう妄想は幾らでも考えられる。奈々が死んだのは事実であり、その服装が病院のものではないという点からも、退院した可能性は非常に高い。

「…………」

 やはり警察は呼ぶべきだろうか。いや、奈々はどうしても間に合わなかったが、まだ由利は間に合う。それに警察に通報してしまうと、到着するまで話を振られてその場に拘束されかねない。あちらからすれば知った事ではないだろうが、そんな目に遭えば由利を助けられない。いや、しかし……学校に入れないのならそもそも俺に何が出来ると言うのだろうか。オカルト部の部室までいけない時点で、由利を助ける事なんて出来るとは思えないのだが。

 

 ―――諦めたら、駄目だろ。


 俺はそうやっていつも諦めようとする。あの報告書が全くの出鱈目ならそれはそれでよい。俺が恥を掻いたりするだけで命に変化はない。しかしもし真実なら、特に碧花周りの話が事実なら、警察を呼んだ場合、事態は最悪の方向に動く事になる。碧花の殺しは止められないし、俺の傍から彼女も居なくなる。それは最悪だ。あってはならない事態だ。

 警察には任せられない。任せてはいけない。何でもかんでもそれで解決すると思ったら大間違いだ。警察は万能の存在じゃない。例えばオミカドサマは、オカルトに造詣の深い人間や碧花が居なければ完全に詰んでいた。

 心こそ諦める気は全くないが、しかし現実問題どうしようも出来ずにいる俺の視界に、それは突如として映り込んだ。

「……あ?」

 赤いレインコートを纏ったそれは校舎の内側……玄関の前に立ったまま俺を見つめている。

「お前は……」

 血濡れ赤ずきん。

 詳細不明の七不思議にして、俺と萌と由利を助けてくれたであろう命の恩人。顔はフードで隠れて全く見えない。フードの被り具合からして顔の下半分は見えてもおかしくないのに、輪郭が一切捉えられないのである。それにレインコートから滴る血液も地面に付着する直前に消えている事から、目の前の赤ずきんが偽物とは考えづらかった。

 何をしに来たのか分からず、暫く俺も立ち尽くしていると、校舎の玄関が音もなく開いた。

「……え?」

 玄関の扉が開いたと同時に血濡れ赤ずきんの姿は全く見えなくなってしまった。もしかして、校舎に入れずにいる俺を助けてくれたのだろうか。しかし……何の為に?

 血濡れ赤ずきんの目的は読めなかったが、入れるならそれに越した事はない。奈々の死体を一瞥してから、俺は校舎へと足を踏み入れた。

 夜の校舎に入るのは七不思議捜索以来だ。月明かりだけが俺の視界を保障してくれる唯一の灯りだが十分すぎる。オカルト部の部室の位置をド忘れする俺ではない。最短距離を一気に突っ走り、三〇秒もかからず部室に到着。月明かりを除けば非常口の位置を指し示す看板くらいしか光源は無いと思っていたが、部室だけが異様に明るかった。


 ―――由利!


 暗室が常の部室に明かりが点いている時点で只事ではない。それもこんな夜中だ。俺は足がもつれるのも厭わず限界以上の速度で扉に駆け寄り、一気に引いた。 

 

 










 もしもはない。

 今の俺が立っているのはまほろばではなく、現実世界。そんな事は分かっているが、これが夢であってほしいと願わずにはいられない。その光景に立ち会っているからこそ、そして二人の関係者だからこそ、何よりそう思う。

 しかし、敢えてもう一度言おう。俺が立っているのは現実世界だ。

 現実は残酷、との言葉が示す通り、この世界に起きた出来事は全て受け入れなければならない。それがたとえ、どんな理不尽でも、どれだけ自分にとって不都合でも。現実逃避は許されない。それが他でもない、生きている世界である限り。


「か、狩也君………………!?」


 俺が部室内で見たものは、根元まで胸に刃が突き立てられた由利と、そんな彼女に手を握られたまま、こちらの存在に硬直している碧花の姿だった。碧花は俺の来訪が信じられない様子で、何度も机にある由利の携帯を見ていた。

「……あ、ああ、くそ。そういう事か…………そういう事か御影由利! お前、自分を―――!」

「あ、あ、あお、か」

 何か怒鳴ろうとした碧花が、俺の声に制され、無言になる。

「………………すど………………くん」

「由利!」

 俺が駆け寄ろうとすると、碧花はナイフから手を離し、机を回って部室から逃走。そんな事はどうでもいい。地面に崩れおちる由利を、俺はギリギリの所で抱き留めた。

「お前……馬鹿野郎! ふざけんな! 何でお前…………お前が死ぬ必要なかっただろ! 自分の命を粗末にするような真似を…………何で!」

 救急車も警察も呼んだ所で手遅れなのは何となく分かった。だからと言って呼ばない道理は無いのだが、携帯を取り出そうとする俺の手を由利が力なく止めた。

「………………これ…………い、い…………」

 口から血も零れているせいか、まともに言葉を話せていない。彼女の発言を、俺はきっと一割も聞き取れていないだろう。

「か……………………と、め…………………」

 由利の瞳から光が失せる。それと同時に、彼女の身体がまばゆい光に包まれ、感傷に浸る間もなく、俺の腕の中から彼女の姿が消えた。まるでそんな人物など、最初から居なかったようにあっさりと。

「…………由利」

 明らかに死んだとしても、蘇生処置というものはある。一縷の望みに懸けて緊急搬送する事も出来ただろう。しかしそれは肉体あっての処置であり、死体すら消えた今となっては、言い訳も出来なければ希望も持てない。もしかしたら助かるかもという可能性は一パーセントも無い。彼女の身体から発せられた光は雪と話した時にも見た。それを見た時から、俺は何となく察していた。


 彼女の魂と死体が、王によって回収された事を。


 疑う余地は欠片も無い。御影由利は死んだ。首狩り族によって―――否。水鏡碧花によって殺された。俺はその眼でその光景を見てしまった。碧花が人を簡単に殺せる様な人物だと知ってしまった。最早報告書に偽りはない。首狩り族とは碧花であり、碧花とは首狩り族だ。

 言い換えれば、俺の人生を狂わせた全ての元凶だ。

 唇を何度もかみしめながら、立ち上がる。



 やるべき事を、やらなければ。
















 今日は満月か。

 月光が私の全身に降り注ぐ。私という人間をほの暗く照らす。その光を浴びながら、私は直前のやり取りを思い出していた。


『急に部室へ逃げ込むなんてらしくないな。まだ逃げられるだろうに』

『……私を殺すの』

『勿論だ。狩也君に真相を話される前に殺さないと、私は彼と一緒には居られない。何だ、もしかして命乞いでもしたいのか?』

『―――そんな訳ないでしょ。もう逃げ場はない。殺したいなら殺せばいい。ただ、殺したら貴方は後悔する』

 

 してやられた。

 まさか自分を犠牲にしてまで、狩也君に真実を教えるなんて。クオン部長ならいざ知らず、あの女の何処にそんな勇気と覚悟があったというのか。そもそも、あの女の作戦は成功率からして低かった。私が途中、少しでも違和感に気付いていたらどうするつもりだったのか。

 そもそも校舎の入り口は閉ざした筈だ。アイツが絶対に逃げられない様に念入りに鍵を掛けた。鍵穴も埋めた。証拠隠滅を完璧にやり切るには無理があるくらいの対策をした。窓でも割らない限り脱出できない密室を作り上げた。

 それなのに狩也君はどうやって入ってきた? 窓を割れば音がする筈だから、強硬突破はしていないと考えられる。まさか普通に入ってきたのだろうか。あの女が最初から狩也君に目撃させる事を狙っていたなら考えられなくはないが、彼女は私から逃げるのに必死だった。七時間以上もの間逃走していたんだから無理もない。入り口を作っている暇なんか無かった筈だ。本来なら彼が目撃する可能性なんて、無かった。

 私の何が駄目だった? 何が仇となった? 今となってはそれは分からない。己自身に課した絶対の掟―――彼の目の前で殺しはしないという禁忌が破られたのだ。死は原則として撤回出来ない。御影由利が死んだ以上、どう言葉を取り繕おうが、どうやって隠そうが、彼にだけは己の所業を偽れない。

「…………あはは」

 楽観視できる状況でもないし、面白い事は何も起きていない。むしろ一番起きてはならない事が起きてしまった。それなのに、笑いが止まらない。

「あははははははは! あははははははは!」

 誰かを殺す事に躊躇は無い。だから罪の意識などという下らない重責も背負ってない。


 それなのに何故だろう。凄く心がスッキリしている。


 記憶の戻った近江も殺し、部長が居なくなった今、唯一真相を知る御影由利も殺した。半ば衝動的であるとはいえ、朝まで時間を掛けられるなら証拠隠滅してみせただろう。出来る出来ないではなく、やるしかないのだ。彼と一緒に居る為には、それくらいの無茶はしてみせないといけなかった。

 まあ、今となっては何もかも遅い。御影由利が命を賭して行った作戦に、私はまんまと引っかかった。お蔭で狩也君に知られてしまった。私が躊躇なく殺人を犯せる人物だと知られてしまった。端的に言えば敗北したのだ、私は。




「―――――碧花」




 声の主はわざわざ答え合わせをする必要もない。幾度となく聞き、幾度となく惚れた優しい声。

「よく、ここが分かったね。まだ十五分くらいしか経ってない。外に逃げたとは思わなかったんだ?」

「校内のどこも鍵が掛かってた。鍵が開いてた場所も無かったし、ガラスを割る音も聞こえなかった。ならお前はまだ中に居ると思った。それに…………」

 私は振り返った。

「ここはお前と俺が大好きな―――場所だもんな」

「………………」

 ここを独占するつもりはない。それでも、ここが私と彼が多くの時間を過ごした場所である事は本人同士分かってるだろう。ここは私にとっては箱庭そのもの。文字通りの楽園だ。狩也君がアダムで私がイヴ。神様なんて邪魔な奴は要らない。


 私と彼の二人だけが過ごせる―――大切な場所。


 それがここ―――屋上だ。

「こんな日が来ると……まあ、考えなかった訳じゃない。罪には罰を。それが現実の理だものね」

「碧花。お前に話がある。逃げないよな?」

「ああ、勿論。逃げないし、隠れないし、隠さない。何から何まで全部話そう。もう隠すものなんてないしね」

「…………じゃあ一つ。尋ねる。真相報告書にはお前が犯人だと書かれていた。『首狩り』に遭ったとされる被害者全員が、お前の手によって被害を受けたと書かれていた。お前が…………お前なのか? お前が俺の周りの奴等の首を―――狩ったのか」

 闇夜の下に晒された真実に、私は寂しく微笑んだ。




「―――そういえば挨拶が遅れたね。改めて自己紹介するよ、狩也君。私の名前は水鏡碧花。君の周りに居る人間の首を狩ってきた元凶であり、ほぼ全ての事件における黒幕だ。さあ、何でも聞いてくれよ。遠慮はいらない。礼儀も弁えなくていい。私達はもう―――『友達』でもなんでもないんだから」 

 御影由利の命と引き替えに遂に全ての真相が明らかになった。自らを黒幕と語る彼女は一体何を語るのか。

 しかし首藤君。君の出した選択は果たして…………

 次回、330話『最初で最後の告白』。


 首藤君。彼女を真に止められるのは君しか居ない。頼んだぞ。、、

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