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黒幕系彼女が俺を離してくれない  作者: 氷雨 ユータ
CASE1[i]

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まほろば世界に生けるは

 最近モチベーションがね…………ね。

 本当に、何なんだろう。

 確かに逃げられたけれど、こんな恐ろしい場所に来る事になると分かっていたら、私は足踏みをしていた。私の家ではまほろば駅は絶対に足を踏み入れてはいけない場所だと言われている。ここは霊が見えても見えなくても、生物が足を踏み入れるには危険すぎる場所だ。

 私には分かる。呼吸をするだけで、何者が持っていたかも分からない想念が入り込んでくる。そのどれもが黒い感情を持ち合わせていて、頭の中が段々重くなってくる。

「…………ううッ」

 狩也さんを一刻も早く見つけないと、あの人は帰還方法をきっと教えてはくれない。効率を上げる為にも神乃とも分かれて家に入ってみたりしているけど、失敗した。こんなに重苦しいなら、分かれなければ良かった。



 ―――だから私は、当主になんてなりたくない。



 今現在、私に確約されている地位は、水鏡の宗家の娘が継ぐ筈のものだった。名前は確か……緋花。しかしその娘は何らかの理由によって勘当されてしまったらしいので、その継承権が私に回ってきた。本来継ぐべきでない私が、当主になる資格を得た。それはとても喜ばしい事なのかもしれないけれど、私にとっては違った。


 水鏡美原は感受性が強すぎた。


 家の仕事を代表として引き受けるには、あまりに私は優し過ぎた。自分で言うのも何だけれど、幽霊を見るだけでそれの抱えているマイナスの感情が全部理解してしまって、あまつさえ受け止めようとしてしまって―――とてもじゃないけど、利用なんて出来ないし、除霊なんて出来ないし、対話する事も出来ない。死者の持つ想念は、生者には考えられない程暗く、重いから。

 それでも当主にならなければならず、早くやめる為には子を為す事が必要で、でも恋人すら居た事がない私が、そう易々と伴侶なんて作れる訳が無い。そういう色々なしがらみに囚われ続けて、囚われ続けた挙句に……神乃を共犯者に、逃げ出した。

 非常識な世界に関わるのを、やめたかった。普通の女の子として暮らしたかった。例えば好きな人を想える様な、せめてそれくらいの自由がある生活を送りたかった。だから逃げた。

「うううう、うううううう!」

 頭が痛い。こんな所に狩也さんが居るなんて信じられないけれど、普通の人には何の影響も無いのだろう。きっと、私が水鏡の血を引いているから、こんな事に……!

「か、狩也さん! 居たら返事してください! 助けに……来たんですからッ」

 大声で叫ぶも、返る声は無い。徐々に掠れていく意識の中で、ふと私はある事に気が付いた。

 この頭痛、想念だけが原因では無いのではないか、と。想念だけが原因なら、きっと電車に降りた瞬間からこうなっていただろう。しかし実際には、寂れた一軒家に入った瞬間―――突然のしかかってきた。上から鉛が降ってきたみたいだった。

 ……返事は無かった。

 その理由には二つの選択肢がある。まほろば駅に毒されたか、それともここに居ないかだ。私には邂逅の森で攫われたのにここを探す理由がさっぱり分からないけど、あそこまで狩也さんに執着している人が、その辺りを間違う事はもっと考えにくい。

「少し話したい事があるんです! もし居たら、出てきてください!」

 念の為にもう一度。これでも反応しなかったら、この家には絶対に居ないと結論付けられる。早々納得して、足早に私が家を去ろうとすると、

 カタッ。

 二階の床―――つまりは天井から、何かを踏む音がした。


 ―――え?


 あんな大声で呼びかけたのに、幾ら何でも気付かない筈がない。でもまほろばに入ったのは私と、あの人と、神乃の三人で、ここに狩也さんが居るなら―――いや、でも。まさか。

 もう一人、居る?

 考えたくなんか無かった。しかしそうとしか考えられない。そうとなれば心臓が不意に高鳴った。こんな所に居る様な人間がまともな人物であるとは到底考えられない。いや、そもそも人間なのだろうか。

 怖くなって、恐ろしくなって。神乃を呼びに行こうと思った。彼女なら何者にも恐れず立ち向かえる。呼ばない手は無かった。その考えは身を翻した所で、止まる。

 そんな事をしていれば、手遅れになるかもしれないと思った。

 神乃を頼れば、当然三手に分かれて探していたよりも捜索範囲が削られる。削られるとどうなるかと言うと、狩也さんを見つけられる可能性が低くなる。それ自体は私達に何のデメリットもないけど、ここはまほろば駅。長居する訳にはいかない。しかし狩也さんを見つけないと、あの人は帰還方法を決して教えてはくれないだろう。

「…………だ、大丈夫だよね。神乃を頼るのはまだ先で」

 自分に言い聞かせる。私が怖がるばかりに、捜索の妨害をしてしまうんじゃ本末転倒だ。大丈夫、私は当主、私は当主、私は当主…………全く以て力不足だけれども、次期当主。

 

 ―――落ち着いた。


 大声で呼びかければ二階に行く必要は無いだろうと考えていたのに、上手くいかないものだ。私は慎重な足取りで階段に足を乗せていくが、どんなにゆっくり乗せた所で重さは掛かる。軋むのは避けられなかった。

 一歩目で軋んだ瞬間、私の心臓に亀裂が入った錯覚を覚える。

「…………!」

 衣服を握りしめる。この音に対して二階の音は一切のリアクションを見せない。それが猶更不気味で、やはり神乃に頼ってしまいたくなったのをすんでで思いとどまる。人生には勇気を振り絞らなければならない時がある。今がきっとその時だ。

 私が成長するには、そして無事にここから脱出するには、こんな所で誰かを頼ってなんかいられない。思い切って二段三段と上り、踊り場まで上った所で掌に『人』を書き、幾度となく呑み込む。やっぱり怖い。何かが居る。私の見えない所に何かが居る。ここまで来てしまうと、声すらアクシデントを引き起こしそうで、迂闊には出せない。


 ―――きっと、狩也さんが喋れなくて、でもどうにか反応しようとしただけなんだ。


 限りなく低い可能性だが、そう信じるしかない。最悪の可能性なんて考慮していたらキリが無いのだ。残りの数段を、私は飛ばし飛ばしでゆっくり上り、入り口の引き戸からひょっこりと顔を出すと。

 二階に立っていたのは、老人だった。

「…………?」

 襖の方を見たまま硬直している。こっちに気付いた様子はない。足のつま先から頭のてっぺんまで隈なく見回したが、特に怪しい点は無かった。これが幽霊なら、言葉では言い表しにくい雰囲気を持っているから一瞬で分かるけれど、老人にはそれが無く、何処からどう見ても普通の人間だった。

 いや、この場所において普通とは異常の裏返しでもある。

 目を皿にして、もう一度注視する。些細でも何でもいい。只者じゃないという確信が持てれば、神乃に助けてもらえばいい。

 後頭部の皺。

 首周りのイボ。

 脱力し続けている指。

 只者じゃない……とは言えない。唯一指の動きに違和感はあるが、それもボーっとしていると考えれば納得が行く。それ以外は特に……身体的特徴を挙げただけに過ぎず、おかしいとは言えない。


 ―――いやそんな筈がない。  


 納得行かない。普通である筈がない。こんな所に普通があってはならない。何処をどう見たって普通にしか見えないという事は、つまりそれだけ偽装しているという事だ。目に見えた異常が無いのは性質が悪い。私は自分の中での楽な結論を、決して認めようとしなかった。

 張り込む気概で暫く観察を続けていると、五分後。老人の動きに変化があった。何の前触れもなく身を翻して、こちらに振り返ってきたのだ!


 ―――危ない!


 丁度足の方を見ていたのが幸いした。私は素早く頭を引っ込めて、引き戸越しに中の様子を窺う。歩いて確認されに来られたらその時は全力で逃げるつもりだったが、足音は聞こえなかった。もしかしたらかなりの時間見ているのかもしれないと思い、三分程度、息を潜める事に集中する。その間も、変化は無かった。

 …………そろそろ、いいかな。

 多少息を緩めて、改めて引き戸から頭を出すと―――私は思わず、声を上げそうになった。



 目の前に居たのは老人では無い。正しく化け物と呼ぶに相応しい歪な存在が立っていた。



 片腕が異様に肥大し、醜悪化したその腕に纏う衣類は無く、肉が剥き出しに。皮膚の何れも血管が真っ赤な状態で浮いていて、時々破裂している。この腐敗臭の寄せ集めみたいな臭いは、きっと血の臭いなのだろう。

 しかし、それじゃない。私が声を上げそうになった最大の要因は、耳だ。

 顔の横に二つくっついている。なのになぜか肩にもついていて、足に至っては方向も向きも大きさもバラバラな状態でくっついている。ついていて然るべきの位置にある耳とは違い、それらは皮膚に、まるで模様みたいに浮き上がっている。便宜上、耳とは言ったが、実際には螺旋状の穴が開いてる様にしか見えなかった。

「……………ゃ」

 逃げなきゃ。

 思考よりも先に本能が導いた結論に従って、私は直ぐに頭をひっこめた。しかしそれによって視界が引き戸に遮られる寸前、見てしまった。





 後頭部の皺と思われていた部分が開き、大小様々な目が、私の事を睨んでいたのを。





「きゃあああああああ!」

 それを認識した瞬間、恐怖が最高潮に達し、叫んだ。

「あああああ―――ア゛ア゛ッ!」

 取り乱す余り足を踏み外し、階段を転げ落ちてしまった。痛いなんてものではない。床には絨毯も何も敷かれていない。石の床だ。衝撃を緩和してくれるものが存在しない中での転落は、いっそ気絶した方がマシなのではと思うくらい、痛かった。


 ―――早く、逃げないと!


 あの肥大化した片腕のお陰で、きっとあの化け物は降りて来れない。降りて来れないかもしれないが、万が一という事もある。安心なんてしては駄目だ。痛みに震え、激痛に悶える体を起こす。そのまま両手を前に突き出して、震え続ける全身を支えた。

「うううう…………うううう…………」

 頭痛が酷くなっている。元々痛かったのに、物理的に打ってしまったからか。しかし焦る必要は無い。後はあの人と神乃の所まで行くだけだ。きっと、それくらいの体力と根性は残っている。

 背後に化け物が居ない今がチャンスだ。突き出した状態から両掌を広げ、渾身の力を振り絞り、私は勢いよく立ち上がって、前を見た。










「………………嘘」  











 部屋が…………変わってる。

 入り口が……無い。

 昨日に関しては完璧に怠慢です。謝罪します。申し訳ございません。

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