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黒幕系彼女が俺を離してくれない  作者: 氷雨 ユータ
CASE1[i]

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『家族』

使うつもりが無かった伏線がまさか機能するなんて……!

 『首狩り族』とは思えない幸運だが、こんなよく分からない場所に安心出来る拠点が生まれたのは嬉しい。俺との話が円滑に進むと、早速、ろうは家を空けてしまった。何処に行っているかは見当も付かない。追うという選択肢はこのよく分からない世界から逃げる為にも十分選ぶ価値はあるが、家に戻れなかった時が怖いので、今は実行しない。

「…………せつ。その……家の案内とか、してもらっても構いませんか?」

 暫くは一緒に居る事になるだろうから交流を深めておきたかったが、喋らないのではどうしようもない。楼はその内聞こえる様になるとか言っていたが、それは一体どういう意味なのだろう。もしかして今も、滅茶苦茶小さな声で喋っていて、それに気が付かないだけなのだろうか。

「……じゃあ、今から俺が家の中を歩くので、入っちゃ駄目な所は、俺の前に立ってください」

 頷きもしない。やり辛くて困る。しかし楼とのやり取りから間違いなく音は聞こえている筈なので、俺の声も確かに聞こえている……と思う。

「た、立てますか?」

 深編笠を被っている事以外は至って普通の人間に立てるかどうかを聞く事は、中々馬鹿らしい事だ。自分でもそう思えてならないが、女性か男性かも分からない為に『雪』以外に呼びようがなく、会話不能で、声が聞こえているかも怪しい存在が相手をしている事自体馬鹿らしいので、今更である。

 先程から感じているこのぎこちなさは当事者でなければ分かるまい。やり取りが本当に辛い。同じ人間の筈なのに、正体不明の何かと対話を試みている気分である。

 結果的に立ち上がったので、意思疎通が俺にも可能だと言う事が証明された。

「い、行きますからね」

 泥棒の如く慎重な足取りで俺は廊下に出た。片足を乗せた瞬間に床板が激しく軋みをあげ、老朽化の具合をこちらに知らせる。体重は平均的な方だが、そんな俺でも不安になるくらいの軋みだ。雪まで乗ったら壊れるんじゃないかと冷や汗を垂らしながら考えていたが、何故か雪が乗っても軋み一つあげなかったので、杞憂に終わる。


 ―――意外と部屋、あるな。

 

 廊下の左右に二つの引き戸。さしたる理由もなく左の方の戸を開くと、そこにはたくさんの本が積まれていた。

 床に、まるでジェンガみたいに積まれているものもあれば、本棚に綺麗に整頓されているものもあるし、本棚から漏れて、そのまま床に散らばっているものもある。

「……何じゃこりゃ」

 どちらかが読書家なのだろうか。しかしここまで本の数が膨大だと、読書家というよりはコレクター……収集家な気もしていた。俺もゲームで経験があるからよく分かるが、数が集まれば集まる程、やがてプレイしないソフトというものが生まれてくる。積みゲーとでも言おうか。積んであるだけのゲームが、絶対的に生まれてくるものなのだ。

 まあそれは俺がゲームに命を懸けている訳ではないというのもあるだろうが……この部屋の本は、一切埃を被っていない。変色もしていないし、破損や変形も見られない。これだけなら単に清掃が行き届いているだけとも取れるが、不思議な事に本棚の手前には埃がちゃんとある。そしてその埃には、何かを引いた様な痕があった。

 俺が『気もしていた』とわざわざ過去形にしたのは、この事に気付いたからだ。どっちが読んでいるのか分からないが、間違いなく読書家である。大して本を読まない俺が何を言っても説得力は皆無だが、全然知っている本が無かった。

「これは……雪と楼のどちらが読んでいるんですか?」

 振り返って尋ねるも、文字通りうんともすんとも言わない。無視されているとも取れるが、出会ってまだ一言も喋っていない人間に感じ悪いとは言えない。せめて誰かと仲良く話しているなら、まだ色々と印象に違いはあったのだろうが……人形と喋っている気分だ。顔が見えないからか。

「…………あはは」


 どうしよう。誰か助けて。


 機嫌が悪い時の碧花でも……比較対象に出すのは止めた方が良いだろう。やり辛さのベクトルが違う。恐怖と困惑じゃ、隣り合わせですらない。

 雪が何も反応してくれないので、仕方ない。俺は「あっちは何ですか?」とかなり強引に話を切り上げて、反対の方向にある引き戸に手を掛けた。

「―――お?」

 今度の部屋は脱衣所だと思われる。タライもあるし、洗剤もあるし、多分脱衣所……だ。扉の奥には風呂があるのだろう。硝子ならここからでも覗けたが、木製だ。

 

 ―――ここ、やっぱ古いよな。


 何から何まで古すぎる。瀕死の人間を短時間で回復させるオーバーテクノロジーを持つ割には、幾ら何でもレトロというかノスタルジック……は俺の年齢的にはあり得ないとして……というか。ついでに言わせてもらうなら、この家、テレビが何処にもない。

 テレビは何処だ!

「一応聞きたいんですけど、テレビとかってありますか?」

 反応しない。反応出来ないか、それとも反応していても……もうどうでもいいか。どっちみち、俺には伝わっていない。溜息を吐きつつ、俺は引き続き家を回り歩く。

 時代錯誤も甚だしい古さだ。助けてもらって何だが、現代人の俺が住むにはかなり不便な家である。廊下に出る直前にそれとなく部屋を見回したが、エアコンも無かった。扇風機も無かった。ストーブも無かったし炬燵も無かった。暖を取る時、どうするのだろう。やはり囲炉裏か。囲炉裏なのか。むしろそれしかないのか。

 廊下を抜けて、奥の階段を上る。階段の脇にも小部屋があったが、物置として使っているらしく、物が雑に置かれているだけだったので、気にしない。

「…………」

 突然不安になって、俺は振り返った。雪はちゃんと付いてきている。それは良いのだが、足音がしないといつか居なくなってしまう気がするのだ。気配を感じるなんて高等技術はよっぽど死にかけた時じゃないと出来ないので、確認するにはこれしかない。


 せめて会話さえしてくれたら、その間は後ろに居ると分かるのだが。


 会話の重要性をこんな所で実感したくなかった。過去最高に居心地が悪い。

「楼とは、どういう関係なんですか? 兄弟?」

 反応なし。

「親子?」

 反応がある筈ない。何で俺は話しかけているのだ。

「それとも家族ですか?」



「……かぞく」



 突然喋られると、流石に驚いた。階段が変に段差が高いのもあっただろうが、危うく後ろに倒れ込んで、そのまま雪もろとも床に叩きつけられるところだった。それくらいビックリした。

 辛うじて俺は体勢を保ち、今度は振り返る。深編笠に邪魔されて、雪がどういう表情をしているかは判然としない。

 声も中性的で、俺には判断がつかなかった。ただ幼い事だけは確かである。

「家族……なんですか?」

「……かぞく」

「え?」

 同じ言葉を繰り返している事に耳を疑ったのではない。『かぞく』の前に何か言っているから聞き返したまで。階段を数段下りて耳を近づけると―――ようやく前の言葉が聞こえてきた。

「貴方も―――家族」

 不意に雪が抱き締めてきた事で、俺は全身を張って硬直。つま先立ちになった事が災いして、雪もろとも階段を転げ落ちた。

「うわああああああああ!」

 大して段数を超えていなかったのは僥倖だったが、それでも痛いものは痛い。咄嗟に位置を入れ替えて、雪を俺の上にしたから、あっちは大丈夫だろう。雪の分の体重も加算されて、俺は全く無事では無いが。

「あああ……いってえー………血は出て無さそうだけどな……ああクソ。マジで……大丈夫ですか?」

しゅう…………」

「は、はい」

「ずっと、一緒に居て」

「―――え?」

 言葉の真意を図りかねるが、それ以降雪はまたいつもの調子に戻り、何にも喋らなくなってしまった。俺は後頭部を押さえながら立ち上がり、階段に足をかける。


 その深編笠の下には、どんな表情が隠れているのだろうか。   


 それは雪のみぞ知る事。しかし家族……『家族』か。




 いや、何でもない。

 さっさと二階の探検を終えて、居間の方に戻ろう。 


 

 

 

 



 

 頑張れば12時回る前に出せるかも。すがもかもかももじかのこ。

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