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黒幕系彼女が俺を離してくれない  作者: 氷雨 ユータ
CASE1[i]

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暗闇から這い出る手

 もしかして返事をしなければ帰してもらえないのでは、という危惧が俺の中にあったが、緋花さんにそのつもりは更々無いらしく、『返事はいつでも構わない』らしいので、やはり普通に帰してもらった。


 ―――まじかあ。


 予想外というか、予想出来たらそれは予想というより予知だろう。普段からあの発言を想像出来る人間はナルシストか何かくらいしか居まい。伽藍堂の巫女はやはり普通の人間とは訳が違った。内容によっては碧花に意見を仰ぐのもありかと思ったが、これは流石に仰げない。人助けは別に嫌いという訳ではないが、これは……その場の気分とかでやっていい様な人助けではない。俺自身の人生すらも左右する人助けだ。

 まあ、返事はいつでも良いらしいので、じっくり考えよう。今の所頷く気は更々無いが―――ああ、恐らくこれからも無いが。しかし俺としては、緋花さんを助けたい。助けたいのだが……

 助けたいと言うのだけは簡単だ。言うだけはタダ、とも言われる様に、発言に責任を持つかはともかく、それそのものは言うだけなら何も負う必要が無い。


 例えばこの場で「世界を救いたい」と言ったとする。


 これも、実際にやるとなると果たして一人の人生の内に実行出来るかは微妙だが、言うだけは容易い。まあしかし、口ばかりで行動が伴っていない奴は得てして信用がないものだ。今の俺が正にそれで、本当に緋花さんを助けたいと思うのなら、彼女に返事を返してやればよいのだ。

 しかし。

 返事を返すという事は。


「…………こういうので、彼女って作りたくないんだけどなあ」


 彼女が俺に尋ねてきた事とは、事実上の告白。そして無理する事なく彼女を助けられる唯一の手段だった。






『もし彼女が居ないのなら、わたくしと交際していただけないでしょうか』

『……は?』

『―――彼女、いらっしゃいましたか?』

『いやいや。彼女は居ないんですけど。随分急な質問というか、告白ですね。急にどうしたんですか?』

『…………勘当が取り消される事は基本的にはありませんが、私はこの状況を快くは思っていません。叶う事ならば、一刻も早く戻りたいと思っています。首藤様は尋ねたい事を私に問うてきましたが、ならば私が尋ねたい事は一つです。先程も言った通り、交際していただきたいのです』

『いやだから、それが一体どういう事に……まさか、勘当が取り消されるんですか?』

『私は罰を受けている身です。その罰が取り消される為には、子を為さねばなりません。子を為し、血を繫ぐのです。そうする事で私は罰から解放されます。無理を承知で、改めて尋ねます。どうか私と、子を為してはくれないでしょうか』






 俺は自らを善人だと思っているが、幾ら人を助ける為とはいえ、己の人生を利用する事になるのは……流石に躊躇したい。俺には俺の人生がある。こんな言い方は冷酷だが、流石に自分の人生の方が大事だ。

 人生半年分くらいならば、全然使ってもいい。それくらいならボランティアの範疇だろうとは思っている。だが子を為すという事は夫婦になるという事であり、それ即ち人生一つ分の消費―――翻って初恋を諦める事に繋がる。

 それは嫌だ。

 碧花に告って失敗する未来は見えているが、だとしても挑戦は大事だ。宝くじだって買ったからと言って当たる様な代物じゃないが、買わない事には当たらない。それと同じだ。

「はああああ…………!」

 あんな事が無ければ、俺は今現在の状況―――往復で走る事を強いられている事に文句を言っていただろうが、あの逆プロポーズ染みた質問のせいで、それが全く気にならない。この時ばかりは体力が無尽蔵だ。

 返事の期限が無期限なのは救いだが、それは同時に拷問でもある。緋花さんも勘違いしかねない言い方をしてくれたので紛らわしいが、ここで言う『返事』とは、夫婦になる事を了承する事である。それは彼女が「無理を承知で」と言っている様に、断られる前提でこの話は進んでいる。断りたいのなら別に神社に来なければいいだけの話だ。緋花さんはここから一生出られないのだから。


 ―――気にするなって方が無理だったけどな。


 この旅において緋花さんを気にしない線は無い。気の向くままがこの旅の性質だ。あんな巫女さんしか居ない神社、気にならない筈がない。

 しかし―――ああ―――いや…………もう思考がまとまらない。夜で、しかも散々走り回って逆プロポーズされれば当然か。眠い。寝たい。眠りたい。

 しかし、残念ながら旅館までは後三十分以上も残っている。辿り着く事がそもそも出来るかどうか。そして碧花の事を気にしている時間があるかどうか。



 走り終わる頃には五キロくらい痩せていそうだ。 

 













 到着した。

 吐きそう。

 陸上部に所属しておけばよかったと、今ほど思った事はないし、今後思う事は無いと確信している。金を積まれたって走るもんか。

 そうは言ってもたかだか数キロ。フルマラソンがこの何十倍もあるのを思うと、あれの走者がどれだけ頭のおかしい存在……文字通り次元の違う存在であるかが分かると思う。何時間も走り続けるなんて正気の沙汰じゃない。給水や休憩があったとしても、やはりまともではない。

 音を立てない様に部屋へ入ると、奥の方で布団が塊になっていた。碧花の姿が見えないので、居るとすればこの布団の中だろうか。布団の内側に手を掛けて中を覗こうとすると―――


 ガシッ!


 暗闇の中から飛び出してきた白い手が、俺の手首を掴んだ。

「うわあああ!」

 反射的に大声を出し、その場で尻餅をついてしまった。

「狩也……君」

「ん…………ん?」

 それは碧花だった。突然手を掴まれたので、てっきり俺を怒る為に今まで起きていたのかと思ったが、今のは単なる寝言であり、俺の手首を掴んだのも寝相の一種らしかった。碧花は意外と寝相が悪いのかもしれない。しかしお泊りした際にその様な悪さは見受けられなかったので……

 ひょっとするとだが、隣に俺が居ないのを第六感的に察知したのかもしれない。

「……碧花」

「ずっと…………んふふ……一緒………………私―――」

 寝言なだけはあって、彼女の発言には脈絡が無いし、聞いていても要領を得ない。只一つ言えるとすれば、俺の手首を掴んでいる影響か、俺関連の発言がとても多いという事だ。心なしか表情も柔らかい気がする。


 ―――可愛い。


 クールで知的な彼女も、今だけは正に夢見る少女だ。体にのしかかっていた疲れが一気に吹き飛んだ気がする。こんな寝顔を毎日拝めるという点からも、やはり俺は水鏡碧花を諦められない。初恋とは儚く散るものだなんて、誰が言った。俺はこの初恋―――誰が何と言おうと、玉砕するまでは続けてやる!

「……碧花ー? ちょっと離してくれると助かるんだが」

 俺の意気込みはさておき、流石に走り過ぎて汗だくなのでシャワーを浴びたい。しかし俺の手首を掴む握力が強すぎるせいで、まともに動く事もままならない。気持ち良く眠っている彼女を起こす訳にもいかないので、俺はすっかり困り果ててしまった。


 ―――後で汗くさいとか言われても困るしなあ。


 逆プロポーズを忘れた訳ではないが、物事には優先度がある。緋花さんを助ける為にあれを受け入れるべきか否かよりも、碧花に「汗くさい」と言われたくない考えは俺にとっては最優先事項だ。

 嫌われたら死ぬ自信がある。昔は冗談のつもりで言っていたが、今度ばかりは―――本気だ。



 もう、俺には『 』すらも残っていないのだから。

  

 枕変えると寝れないって人居るじゃないですか。碧花はあれと同じで、狩也が隣に居ないと落ち着かないんですよ。

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