女性に弱い俺はいつだって移ろぐ
今回は流石に主人公も心の余裕がないようで。
追記 途中で投稿してました。追加します。
昼休みが終わって碧花と別れてからは、あの映像の事ばかりが俺の頭を縛り付けて離さなかった。女性に対する認識が甘かっただけと言われればそれまでなのだが、俺にはどうもあの子がそんな性悪には思えないのだ。
かといって、碧花が嘘を吐いているとはこれっぽっちも思わない。幾ら何でも意味が無さ過ぎる。碧花が灯李に嫉妬して、自分達の仲を引き裂こうとしている……というのも、彼女の美貌と人気から言ってまずあり得ない。というか、アイツに告白されたら俺は二秒で頷く自信がある。あの蠱惑的な肢体を好き放題してみたいという欲望は、大体の男子が一度は思っている筈だ。男子が俺以外貧乳好きだったら話は変わってくるが、彼女が人気者という時点でそれはない。
というか、彼女は胸だけで語れる存在ではない。単純にスペックが高すぎる。俺が何度彼女に助けられているか、他の者は知らないだろう。軽く三桁は言い過ぎかもしれないが、言い過ぎではないかもしれないくらい、助けられている。
ではあの映像はどういう事なのか。俺の頭では納得のいく答えが生み出せず、そのまま放課後。人によっては部活動に励み、己の技を磨く時間帯だ。俺は帰宅部同様、家に帰るまでの時間を無為に過ごす側だが、いつもは碧花が隣に居てくれるので暇はしていない。
しかし今回に限り、同行者は違っていた。
「狩也君! 一緒に帰ろうよ!」
あの映像さえ見なければ、俺は喜んで頷いていただろう。しかしあの後では嬉しいものも嬉しくない。全く嬉しくない。本人さえ見なければいずれは忘れ去るものを、俺は灯李を見続ける限り、いつまでもあの映像の真偽について苦悩する事になるのだから。
「あ、ああ。行こうか」
重い足取りで俺は校舎を出たが、不思議な事にいつも居る筈の碧花の姿が見えなかった。携帯の方を見てみるが、一文字も送られていない。いつもは只の偶然だと流したかもしれないが、先程まで普通に会話していたのだ、妙な胸騒ぎと共に、俺は今の状況をおかしく思っていた。
しかし何かが出来る訳ではないので、灯李に連れられて俺は帰路に着いた。日常によく見ている夕焼けは、今日に限り眼下を歩く俺達を嘲笑っている様に見えた。
「今日は全然お話出来なかったね……」
「気にしてるのか?」
「当たり前でしょっ! だって私と狩也君、相性抜群だし! 好きな人と話せなかったら、女の子は辛いんだよ?」
そういうものらしい。あの映像を見た直後だと流石にちょっと説得力がない。そう思っている事もあって、俺の思考はいつもより冷静だった。そのお蔭で、俺は彼女の発言の不自然さに気が付いていた。
「…………話したかったら、携帯を使えば良かったんじゃないか?」
そう。話したいだけならば、携帯を使えばいいのだ。声が聞きたいなら通話すればいい。顔が見たいならビデオ通話でいい。携帯という物がある以上、彼女の発言はあまりにもおかしかった。
好きな人と話せなかったらそれだけで辛い。けど通話はしないなんて、そんな話があってたまるか。手段はあるのに妥協するなんて只の馬鹿だ。どんな屁理屈をこねても、その行いに正当性は生じない。
灯李の表情が凍り付く。彼女は露骨に視線を泳がせてから、正に取って付けたような理由を加えた。
「ほ、ほら! 会話するなら直接顔を合わせた方がいいじゃん! その方が、狩也君もいいでしょ?」
「確かにそうだけどさ。じゃあ何で会いに来なかったんだ? 今日は別に行事が近い訳じゃない。お前のクラスもそうだった筈だが」
「…………束縛しないでよ! 束縛しないんじゃなかったの? 束縛する奴は最低なんでしょ!」
突然、感情の爆発した灯李が俺の胸倉を掴みながら激怒した。女性に手を出す訳にもいかないので、俺は両手を挙げて降参。それでも興奮の収まらない灯李は、片腕を大きく引いて、俺に渾身の平手打ちをお見舞いしてくれた。
叩かれた頬がヒリヒリとする。痛い。太陽に照らされたその場所は、焼け付く様な痛みを俺に与えた。それでも情けない所を見せたくない俺は顔色一つ変えずに佇むが、不意に灯李がそっぽを向き、泣き始めた。
「男なんていっつもこう……! 最初は甘い言葉で誘惑して、私が信用する頃になったら束縛するんだから! 私って、どうしていつも男運が無いんだろう……」
誰か教えて欲しい。俺が悪いのか、彼女が悪いのか。
俺自身に悪い事をしたつもりは全くない。只、疑問を解消する為に尋ねたにすぎず、その行為の本質とは、『信じる為に疑っている』様なものだった。にも拘らずその答えはこれだ。挙句の果てには泣き出してしまったし、この場合悪いのはどちらなのだろうか。女性を泣かした俺なのか、それとも俺の質問に答えてくれない彼女なのか。
俺的には、俺が悪いのだと思う。どんな理由であれ女性を泣かした男はロクデナシだ。答えになっていない答えを返してくれた彼女にも問題はあると思うが、泣かしてしまった以上、全面的に悪いのは俺である。
何とか慰めようと体に触るが、その瞬間。灯李の方から凄まじい拒絶反応が示された。
「触らないでよ! アンタ何かに触られたら穢れるのよ!」
手が振り払われ、涙を足跡の代わりに彼女は何処かへ走り去ってしまった。地面に染みとして残った涙は随分と大粒で、童話よろしくこれを辿れば、彼女に追いつく事は出来そうである。
が、どうしても俺には彼女を追えなかった。当然だ。あれだけ拒絶されたら幾ら俺でも凹む。というか、余程自分に対してひねくれていない限りは凹む。あんな事を言われてケロッとして居られる程、俺の精神は頑丈じゃないのだ。
特に意味は無いが。俺は両手をポケットに突っ込んで歩き出す。世界を照らす太陽は、ケタケタ嗤うみたいに燦燦と降り注いだ。
彼女に打たれた頬は、ちっとも痛みが引かなかった。
首狩り族と呼ばれているのを黙認しているように、俺は人に何かを言われたり、嫌われたりする事にはそれなりに慣れている。いや、慣れているつもりだった。しかしいざ嫌われてみると、精神に掛かるダメージが凄まじい。
何事もなく帰宅した俺は、碌に夜飯も食べずに自分の部屋へと帰り、ぼんやりと携帯を眺めていた。この様子には流石の妹も心配したのか、「大丈夫?」と声を掛けてくれたのだが、俺は気のない返事しか返す事が出来なかった。
見ている場所は勿論灯李とのチャットである。彼女から何か来ないかと待ち続けている訳だ。見苦しいと言えばそれまでだが、彼女ならばきっと時間を置けば落ち着いてくれる。そう信じて、俺はテレビすら見ようともせず、じっと携帯を眺めていた。
人に嫌われている事すら開き直れる強さがあれば良かったのだが。彼女を欲する俺は、言い換えれば体裁を気にしている。俺の求める強さは常人には無く、変人にこそ存在するものなので、彼女を欲している間は、絶対に手に入らないものだ。
「はあ…………」
訳が分からない。俺は何をしたのだろうか。ただ少し疑問に感じた事を尋ねただけだし、彼女を慰めようとしただけだ。
―――碧花に、女心について教えてもらおうかな。
今日中に何も無かったらそうしようと思う。このまま原因不明として放置してはいけない気がするのだ。今後俺に彼女が出来るか否か、という点にも関わってくる。何より灯李を傷つけたままなのは絶対に嫌だ。
気が付けば二時間。時刻も既に八時を回っており、俺はこの時点で部屋から一歩も踏み出していない。妹とも一言二言交わしただけだ。何よりも望んでいた妹とのコミュニケーションがいい加減になるくらいには、先程の事を気にしている。
そろそろ時計の針が九時に差し掛かろうかという時、遂に俺が待っていた『反応』があった。ただしそれは望んでいたものではなく、電話を掛けてきたのは碧花だった。
とはいえ無視をする理由は無いので、俺は電話に出る。
「はい。もしもし」
「もしもし、君か! 突然だけど、妹さんは居るかい?」
彼女にしては余裕のない声音に、俺はベッドから体を起こして言った。
「どうしたんだ? 妹は一階に居ると思うけど」
「けどじゃ駄目だ! 確認しに行って欲しい! 見間違いだったら何よりなんだけど……どうだい?」
「だから何の話だよ。天奈はリビングにでも…………」
いなかった。電気こそ点いているが、そこに彼女の気配はない。それからトイレ、風呂場、彼女の私室などを覗いてみるが、何処にも居ない。
「…………どういう事なんだ?」
「その返事を返してきたという事は…………やはり、そうか。落ち着いて聞いてくれ。ついさっき、私は公園の方で見かけたんだ」
「何を」
「君の妹だよ。全身を縛られていたから、最初は見間違いだと思ったけど―――」
俺は碌に身支度もせずに夜の世界に繰り出した。碧花の言葉を最後まで聞いていられる余裕はない。今となっては唯一触れ合える肉親なのだ。何が起きたかは知らないが、妹を助けなければならない。
その衝動だけが、俺の足を限界速まで引き上げた。
筆者もわざと詐欺に引っかかってみた事がありますが、あれと同じですね。判断力を鈍らせる為に急がせる。常套手段です。例えば……
最初は千円で、本来は八十万円だが今から一時間以内の振り込みなら一万円で済むとかね。ネタを知ってても案外焦るもんなんですよこれが。