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見えぬ獲物に興味はない

さく。

「……は? レンズカバー? 君はカメラなんか使ってたっけか」

「いや、使ってないけど。訳あってカバーだけ持ってるんだ。教えてくれないか?」

 最初に謝罪しておく。俺は屋上に行く前に洗おうとしたが、それは完全に阿呆のそれだった。適当に水道で洗おうとした瞬間、屋上で待っていると思われた碧花に声を掛けられなければやってしまっていただろう。

 碧花は溜息を吐いて、屋上のベンチに座る。

「何だか視線が若干泳いでたからおかしいと思ったんだよ。君はあれだね。自分の家がカメラ屋か何かと勘違いしていたのかい? いや、失礼。それはカメラ屋に失礼だった。まさか考えなしに水洗いしようとするなんてね」

 一体どうして俺は順序を逆にしてしまったのだろう。碧花に聞いてから洗って返すと本人に言ったのだが、反省文やら何やらで頭がおかしくなってしまったのか。それとも万物は水洗いで大丈夫だと思っている精神異常者だったのか。

 俺の内にある声と共に、碧花の嘆きは加速する。彼女から借り受けたレンズカバーを手に取りながら。

「全部泥だらけとか、それくらい汚れているんだったら話は別だけどね。それ程大した汚れがある様には思えないし、こんなのを水洗いしようとしたら君、水垢が残るよ」

「流石は碧花。詳しいなッ」

「この程度で褒められても嬉しくないね。むしろ君のその大雑把な認識を疑うよ。水を万能の物質と勘違いしちゃいないかい?」

 思っていました。もしかしたら面倒くさがったのかもしれない。『カメラのレンズならまだしもカバーだし洗っても大丈夫だろ』とか、俺はカメラ素人なので、もしかしたら反省文を書いている最中にでもそう切り替えたのかもしれない。

 何にしても、碧花にここまで呆れられる事になったのは久しぶりの事である。それはそうと早く掃除方法を教えて欲しいのだが。

 俺の感情を察してくれた碧花が、自分から話を切り替えてくれる。

「掃除方法についてだけど、基本的にはレンズと同じで良いと思うよ。クリーニングペーパーは…………無いよね。君が持っている筈がない」

「おい! 少しは期待しろよ」

「使いもしないのにカメラの掃除道具を持ってるなんておかしいからね。只の遅刻だと思ってたけど、どうやら君は他人に迷惑を掛けてしまって遅刻をしたらしいね。やはり反省文を追加した意味はあったよ。うん」

 一人で勝手に納得した碧花は、一度教室へ。三分程度待っていたら、やがて彼女がクリーニングペーパーと無水アルコールを持って来た。

「お前、さっき自分が言った発言覚えてるか? 何で持ってんだよッ」

「備えあれば憂いなし。何事にも準備は必要だよ。その程度の汚れだったらこれで吹けばいいんじゃないかな。私はカメラについて精通している訳じゃないけれど、馬鹿の一つ覚えで水洗いするよりは正しい判断だと思うね」

「……随分言ってくるんだな」

「カメラってのは高価だからね。眼鏡と同じくらい大事に扱っても損はないよ。ほら、分かったらさっさと掃除して返してきなよ。誰に迷惑を掛けたか知らないけど、デート以外の事で疲れるのは君も嫌だろう」

「分かったよ。昼休み後何分だ?」

「全然残ってるから、気にする意味は無いよ」

 俺の阿呆すぎる行動には流石の碧花もマジ切れとまでは行かないまでも、失望に近い呆れを見せていた。そりゃそうだ、と他人事の様に開き直ってみるが、事の発端は俺の行動にある。俺は大人しく彼女の教室に向かって、レンズカバーを返しに行くのだった。


















 あの後、俺は萌に感謝された。本当に感謝されるべきは水洗いを止めた碧花なのだが、萌と彼女に面識はない。俺は複雑な気分を抱きながら、屋上へと戻っていった。毎度毎度思う事だが、普段は超絶的に不運な癖に、よく分からない所で運が良い。今回も碧花が声を掛けてくれなければ、俺は馬鹿の一つ覚えで水洗いをする所だった。

 ……気のせいだろうか。あまりにも都合の良すぎる展開だ。出会いがではない。自分がミスしようとした所に碧花が来る場面が多すぎる。多分気のせいだろうが……人は嫌な記憶程忘れがたいから、俺にとって碧花が介入する事は、男らしさ的な面での劣等感を抱いてしまうので、嫌な記憶なのだろう……どうにも、スッキリしない。

「お帰り。どうやら事は済んだみたいだね」

「ああ。『水垢とかついてたらどうしようかと思った』って言われたよ。見られてたんじゃねえかってゾッとした」

「まあ、水で洗うという発想自体は普通の事だ。問題は物体にあっただけの話。別に見ていた訳では無いと思うよ」

 階段を行ったり来たりして流石に俺の足も疲れた。碧花に隣を空けてもらい座り込む。そして随分と遅い昼食を開始する。

「それで、どうなの。私は別クラスだから知らないけど、デートをした子は今日、接触を仕掛けてきたの?」

「接触? …………そういや、ないな」

 カメラ云々でドタバタしていた現在は例外として、灯李が声を掛けてきそうなタイミングは幾らでもあった。休み時間なんか最たる例だ。クラスの野球部はいつもそうしている。時には自分から、時には相手から。

 思い返してみるが、反省文を書いていた記憶しかない。

「…………まあ今回は、君にも教えておこうかな」

「え、何の事だ?」

 碧花は携帯を素早く操作して、俺との会話グループに動画を送りつけてきた。多少読み込みに時間がかかって再生。画面には灯李と、俺の知らない男子が戯れている。

「これがどうしたんだよ」

「会話を聞いてみなよ」

 言われた通り俺は耳を傾けて、画面越しの会話を一文字も聞き逃さないつもりで動画を見る。再生時間は三十秒程度だったが、その間に出たワードを纏めれば、彼女が何を言いたいのかははっきりしていた。


『彼氏なんか居ないよ』


『頼れるのは貴方だけ』


『私の元カレよりずっと話しやすい! あ、元カレって言うのは一昨日くらいまで付き合ってた人の事で、遊園地に行ったんだけど―――』


 …………ええと。

「記憶喪失なんだろ?」

「そう思うかい」

「…………いや」

 女性経験のない俺でも、こればかりはあからさますぎて理解出来る。俺はいつの間にか元カレになっていたし、更には楽しかったと言ってくれた筈の遊園地がつまらないと来たモノだ。やはり俺が心の底では楽しんでいない事を見抜いているらしかったが、ではどうして配慮してくれなかったのか。

「連絡先、消しておいた方がいいんじゃないかな。君はこのままだと、ずっと惨めな思いを味わう事になるよ」

「ええーでも……喧嘩した訳でもないのに消せる訳ないだろ。絶対に連絡がこないって確信があるんなら話は別だけどな」

 特別な想いのある発言では無かったが、その瞬間。碧花の眼の色が変わった。

「絶対に連絡が来ないと君が納得したら……消すんだね?」

「―――まあ、な。持ってても仕方ないし」

 気分的には、同窓会で会った友達とその場のノリで交換するのに似ている。それ以降は仕事などのすれ違いで全く会えていないが、何となく消しづらいあれだ。

 俺は友達が居ないので、そもそも呼ばれないだろうが。じゃあ何でこの喩えを言ったかと問われても困る。気分的には多分似ていると思ったまでの話だ。

「………………成程。まあ、君の好きにすればいい。私に君の思想を踏み躙る権利はない」

「お、おう。何か悪いな」

「気にしないでくれ。さ、昼食の続きをしないとね」

 俺は未だに既読のつかない『それ』を一瞥してから、携帯をポケットにしまい込んだ。 


 感想の指摘に付き、碧花を頼ろうとする下りを前話にて追加しました。送ってくださった方、有難うございました。

尚、ランダム五話投稿についてですが、休日中は続くので、十二時は今回の制限として機能しません。

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