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黒幕系彼女が俺を離してくれない  作者: 氷雨 ユータ
CASE10

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252/332

ユキリの契

 気が付いたら十一時だった。

 建物内の出入りを確認する方法として、埃はとても有用だ。埃が消えていればそこには出入りがあった証拠になる。溜まっていたら異能力者でもない限りは入っていないだろう。

 半ば勢いで入室したはいいが、今の所誰にも見当たらない。しかしあからさまに埃が消えている道があるので、ここを辿っていけば……というか、この廃墟自体小規模なので、そこまで時間は掛からないだろう。廊下も入り組んでいないし。

 部屋も不自然なくらい存在しないが、壊されたのだろう。原型を残している部屋は入り口を除けば三つ。その三つ全てに埃の無い道は続いているが、内二つは入り口が解放というより破壊されているので、見て分かる。となると残りは―――

「…………」

 畳の部屋だろうか。引き戸が旅館で良く見る色合いだから、何となくそう思った。この部屋だけが唯一中が見えない状況なので、居るとすればこの中だ。居なかったらとは考えない。そうなったら振り出しだ。幸いにも、路地裏の廃墟とはいえ、光は入ってくる。全くの暗闇で無いのなら、見逃すという可能性も無い。

「天奈ッ!」

 勢いよく引き戸に手を掛け、開く。建付けが悪く一度だけ突っかかったが、それでも強引に開けて、中に飛び込んだ―――



「お兄ちゃん!」



「……うおッ!」

 部屋に入った俺を出迎えてきたのは榊木ではなく、拉致られた筈の天奈だった。俺の姿を確認するや否や胸に飛び込んできて、静かにすすり泣いている。

「怖かった……怖かったよお……!」

「…………お前を攫った奴は、何処に居る?」

 天奈は俺の胸に顔を埋めたまま、部屋の隅を指さした。何かがあるのは分かるが、暗くて見えづらいので、近づいて覗き込む。

「…………榊木ッ?」





 榊木唯南は、死んでいた。






 死因は不明。指が二本無くなっているが、これでショック死したとでも言うのだろうか。実際に指を切ってみない事にはどうなのか分からないが……間違いないのは、死んでいる事。これは素人でも分かる。

 だって身体が冷たい。血の通っている状態ではあり得ない冷たさだ。中途半端な暗闇で顔は良く認識出来ないが、この分だと瞳孔も開き切っているのではないだろうか。

「天奈。お前……まさか……」

「分からない! 分からないの……! 私何もしてないよ……私…………訳が分からなくて!」

「―――ああいや、分かった。話すな。話さなくていい。お前がやった訳じゃないんだな?」

「うん…………」

「そうか―――まあ確かに、凶器を持ってる訳でも無し、外傷も無し。お前がやった様には思えないな」

 死因が不明の時は急性心不全になるのだったか。詳しい死因は、少なくとも俺よりは知識のある碧花の到着を待つとして、まずは警察を―――っと。ちょっと待て。

 指が二本無いだと?

 榊木の死体の傍まで近づくと、俺はハラキリダンチで見つけた指を取り出し、切断面に合わせてみる。ピッタリだ。周囲の指の大きさとも比率が一致している。それに良く見たら、死体の切断面の方も、流血していないではないか。

 

 ―――そうなると碧花の持ってる指も。


 しかし何故、あそこに。工場とハラキリダンチとこの廃墟に何の関連性がある。解読不可能の暗号に挑んでいるみたいだ。まるで閃きを得ない。


「お待たせ」


 碧花の到着は早かった。軽く息が上がっているので、ここまでノンストップで走ってきたのだろう。だからか五分も経過していない。

「碧花……早いな」

「心配だって言っただろう。榊木唯南は?」

「死んでた」

 薄暗い建物の中でも、碧花が目を見開いて驚愕の情を浮かべた事が分かった。或いは肩透かしを味わったのかもしれない。散々調べて探し回って、追い詰めたと思ったら死んでいた。

 俺達は決して探偵ではないが、こんな事をされてしまっては、今までの苦労を嗤われたみたいでいい気分はしない。実際俺も、こんな脈絡もなく突然死なれては、不完全燃焼も甚だしいと思っている。

「死…………そう。警察には連絡した?」

「いや、まだだ。ちょっと気になる事があるからお前が来るまで待ってた。まあ今から連絡するけど……」

 俺は胸の中で泣き続ける妹を抱きしめて、外に身体を向けた。

「ちょっと妹を放置出来ない。通報はお前の方でしてくれないか?」

「今までと同じって訳だね。構わないよ別に」

 いつもいつも碧花に面倒事を押し付ける様で悪いと思っているが、今の俺には通報なんぞよりやらなくちゃいけない事がある。それはお互いに唯一の肉親である以上、法律よりも優先しなければならないものだ。

 部屋の隅に歩き出す碧花とは対照的に、俺は建物の出口に向かって歩き出した。

「…………天奈。怖かったな」

「……うん」

「怖かったな」

「…………うん!」

「……もう、大丈夫だからな」

 法よりも優先しなければならない事―――それは妹を慰めるという事。こればかりは世界にも他人にも、イケメンにも美女にも出来ない。俺だけが出来る事。いや、しなければならない事だ。


 親愛なる兄貴として。   

 













 

 妹の恐怖に寄り添う事十分。泣きつかれた妹は、そのまま俺の胸の中で眠ってしまった。こうなると叩き起こすか俺が背負うかしないと家まで帰れないが、叩き起こすのは可哀想だ。重いと言ってしまうかもしれないが、背負って帰るとしよう。

「碧花ー? お前本当に通報したのか?」

「ん、どういう意味?」

「交通の便すらまともに整備されてない田舎じゃないんだしさ。十分も経ったらそろそろ来るだろ普通。何で呼んでないんだよ」

 隠蔽する意味は無いだろうが、こうも発見から通報までラグがあると、警察に隠蔽されたと言われても仕方がない。通報の役目を背負わせたのは悪いと思っているが、何で自分から更に面倒を呼んでいるんだか。

 時々彼女の行動は、俺には理解出来ない。

「…………いやあね。妹さんを慰めてる途中の君に言うのは非常に気が引けたというか。茶化すつもりはないからこそ、タイミングを見失ったんだよね」

「……何の話だよ」

「狩也君。榊木唯南の死体はここにあるんだよね」

「意味分からん質問すんな。お前が今見てるのが榊木の死体だろっ?」



「そんなもの、この部屋に無いんだよ」



「あ?」

 淡々と言い放たれた言葉が信じられない。危うく妹を放り出して、駆け付けてしまいそうになった。すんでの所でその思いは抑え込んだが、それでも碧花の発言を、信じる事が出来ない。

 俺は確かにこの目で榊木の死体を見た。指が丁度二本消えていて、体がすっかり冷めきっていた死体を。それを天奈も見たから、ここまで錯乱しているのだ。そこには確かに死体がある筈だ。まさかこの短時間に消えたなんてある訳ない。

「冗談キツイぞ碧花」

「冗談なものか。こんな状況で言える冗談なんて無いよ。本当に死体なんか無いんだ。血痕も無いし。強いて言えば埃があるけど、埃を見たからって通報は出来ないだろ?」

「……いやいや。おい、ちょっと待ってろ。今行くから」

 気持ち良く眠る妹をその場に放置するのは心苦しかったが、百聞は一見に如かず。このままでは碧花との仲に亀裂が生じてしまう。俺は妹を手近な壁に凭れかけると、小走りで先程の部屋へと舞い戻った。


 部屋の中心には碧花が立っていたが―――彼女の言う通り、死体は何処にも見当たらなくなっていた。


「お前が持ち出したんじゃないよな?」

「死体に触る馬鹿が何処に居るんだい。触ったら隠滅が……じゃない。この廃墟には窓も裏道も無いよ。そこの出口に居た君の視界に入らず死体を持ち運ぶなんて不可能だ」

「……だよな」

 碧花は首を傾げているが、そんな彼女以上に俺は困惑している。自分の見た物が果たして幻だったのか否か。脳内会議にて、討論が行われていた。

 片割れの勢力は本物だったと言う。しかし本物である以上、そこに脈絡なく消える道理は通用しない。

 もう片割れは幻だったと言う。であれば脈絡なく消える道理は通用するが、その割にはあまりにもハッキリしすぎていた。

 人の記憶は実に曖昧かもしれないが、幾ら何でも数分前に見た光景が幻とは思えない。うろ覚えになるくらい前の話ならまだしも、今も死体の様子は、この目にハッキリと焼き付いている。

 

 いや、ちょっと待って欲しい。


 途中で思い出した。そうだ、俺は持っているではないか。死体が確実に在ったと証明出来る物体を。そう、指だ。あの指は榊木の死体に寸分たがわず一致していた。あの指さえ見せれば、それが死体の在った証拠に―――

「―――あれ?」

 無い。指が無い。反射的に地面に這いつくばり、限界まで視界を広げるが、見えるのは埃とゴミと木屑ばかり。落とした訳では無い様だ。

「どうかしたの?」

「いや、指が―――あ、そうだ碧花! お前指持ってたよな? 何処に届けた?」

「まだ何処にも届けてないよ」

「は? …………まあこの際いいや。じゃあその指、出してくれ。それが死体の存在を何よりも証明している」

「君の証明とやらは死体を一度目撃している事が前提条件な気がするけど……ん? あれ。指が…………」

 碧花は乱暴にポケットを弄り続けるが、一向に何も出てこない。終いには、また首を傾げた。

「指が、無いね」

 ここまで来ると追及する気も失せる。俺の知る限り、碧花が忘れ物をした事は一度もない。非常に警戒心の高い性格の二次作用か、彼女には所有物をきっちり揃える癖がある。そんな彼女が失くしたという事は、端からそんなものは存在しなかったか、


 それとも途中で消えてしまったか。


 このどちらかしかない。後者の可能性は一見ゼロにしか見えないが、考えてもみて欲しい。

 俺は実質的な怪異そのものであり、碧花はそんな俺の隣にずっと居てくれた存在だ。また、非現実的で何処までも傍迷惑な存在に干渉されていたとしても、何らおかしくはない。むしろ現実的な方向で考えるよりもずっと可能性がある。

 何でもかんでも非現実のせいにするのは頂けないが、こんな奇妙な状態を非現実的存在が絡んでいると言わずして何と呼ぼう。そう考え始めた方が気が楽になるくらい、理は通っている。

「これ、どういう事だ?」

「さあね。でも居たか居なかったかはともかく、今は何にも無いんだから、通報のしようがない。指も無くなっちゃったし、これじゃあ事件にすらならないね」

「事件にしたかったのか?」

「そういう訳じゃないけど、こういうのは警察に任せれば基本的に全て解決するからさ。それが出来なくなったのは、かえって面倒だよ。あまりにも不自然な決着だ。まだ何か裏があるんじゃないかとさえ思っている」

「……やっぱり、お前もそう思うか」

 そう思わない奴は居ないだろう。散々電話で引っ掻き回して、脅されて、辿り着いたら犯人が死んでいて、人質は傷一つなく無事だった。

 何もかも都合が良過ぎる。

 ご都合主義も良い所だ。俺は何の苦労もしていないし、酷い目にも遭っていない。榊木という少女の危険性から、妹が五体満足で帰ってくる可能性は低いとさえ考えていたのに。

 結果は御覧の有様だ。およそ大団円とは言えない何か。妹が帰ってきたにも拘らず俺が素直に喜べないのは、これが理由である。

「…………まあ、心当たりはなくも無いんだけどさ」

「心当たりって?」

「気にしないで。こっちの話だ。それよりも君は妹と早く家に戻りなよ。路上なんかで寝たら、二人そろって風邪を引くよ」

「わーってる。お前はどうするんだ?」

「私も帰る。調べたい事があるんだ。どうもね…………舐められっぱなしは性に合わない。私から逃げるなんて不可能だという事を、榊木唯南に教えてやらないとね」

 何やら微妙に噛み合わない返答を返しながら、碧花はこちらを見もせずに手を振って、一足先に帰宅してしまった。舐めると言い、逃げると言い、一体何の話をしているのだろう。俺にはさっぱり訳が分からなかった。

「……俺達も帰るか」

 壁で寝かせていた妹を背負い、ゆっくりとした足取りで俺は帰路に着いた。 


 内心凄まじくキレてますね。誰がとは言いませんけど。

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