愛らしくも
赦せ、サスケ。
レンズカバーは黒いらしいので、遠目に探して見つからないという事は、道端には落ちていないという事になる。となると考えられるのは、やはり側溝しかない。彼女は溝を探すのに躊躇していた様だが、代わりに俺が側溝をライトで照らして捜索すれば、問題は無かった。今は朝で日も出ている。探しやすい事この上ない条件で見つからないものは、絶対に溝に落ちているという自信があった。
これで見つからなかったらどうしようかと思ったが、俺の予想は正しく、レンズカバーはそこにあった。
「あったぞ!」
「え、本当ですかッ? ありがとうございます!」
側溝は幸いにも乾いていて、レンズカバー自体は汚れていない。妙な臭いとやらも、人間の範疇では嗅ぎ取れない。俺は手を伸ばしてそれを取ると、彼女はバッグからカメラを取り出して、すぐにそれを装着しようとした。一眼レフという事以外分からないが、カメラは相当高い筈だ。俺は一旦手を引っ込めて、レンズカバーをバッグの中に押し込んだ。
「い、意地悪ですか?」
「違う。側溝の条件が良かったとはいえ、そのカメラにまんま付けるのはどうなんだよ。これは俺が学校で綺麗にしておく」
「え? 先輩ってカメラ詳しそうには見えないんですけど」
「こんな事をいうのはあれだが、知らない事なんてそれ程ない奴が知り合いでな。専門家並に詳しいだろう。そいつに聞いて、昼休みになったら返しに行くよ。行く時に困るから名前とクラスを教えてくれないか?」
「あ、一年B組の西辺萌です。えっと……先輩……は?」
自信なく言われるのも無理はない。俺より背が高い一年なんて珍しくは無いだろう。野球部とか特に高身長のイメージがあるし、だからと言って俺がチビという訳ではないが、百七〇後半以上ある奴には勝てる気がしない。
「俺は二年生の首藤狩也だ。所でカメラを持ってるって事は、写真部か何かか?」
「あ、いえ。私オカルト部に入ってるんです! 超常現象とか、UFOとかそういうのを調べる部活なんですけど。私は幽霊専門で、最近は都市伝説や七不思議なんかを調査してます!」
その女子は快活な笑顔を浮かべながら話しかけてくる。こんな時間帯に自分を助けてくれる俺に懐いてくれたのかもしれない。それにしてもこんな元気な女の子がオカルト部とは、世の中分からないものだ。
オカルト部。それは学校の中でも特に限られた陰キャラ達が集う悪魔の巣窟だという偏見があったのだが、どうやらそういう訳ではないらしい。酷すぎる偏見だが、特に大会などがある訳でもなく、オカルト部自体は学校の中でも特に浮いているので、事情を知らなければ俺以上に偏見を持っている人間は幾らでも居る。今は、彼女の存在で認識が少し変わったが。
「先輩はどんな部活に入ってるんですか?」
「え、あー俺は…………オカルト部。確か二年生に居たよな?」
「はい! 最近はあんまり顔を出してくれませんけど」
「じゃあソイツに聞いてくれ。俺の事を良く知ってる筈だ」
「仲良しなんですか?」
「いや、そういう訳じゃないんだが……」
二年生であれば誰でも知っている俺の異名。冗談七割本気三割の具合で周知されている通り名だが、過去に死者が出ている事もあり、いよいよその周知も変わりつつある。オカルト部ならばまず間違いなく俺の事を調べているだろうからよく知っているだろう。実際は超絶的な不運が原因だが、オカルトに絡めるならば悪魔との契約だとか、呪いだとか。そっちの方向として調べられているのではないだろうか。
「あ。じゃあ私そろそろ行きますね! これ以上遅刻したら怒られちゃうので」
「学校ばっくれるんじゃなかったのか?」
「先輩にこれ以上迷惑を掛けられませんし。それじゃあ昼休みにお願いします!」
そう言って彼女はパタパタと学校に駆けていった。俺も同じ行動を取るべきなのだろうが、何となく背中を見送るのが礼儀な気がしたので、暫く立ち止まる。また、これを出会いと取るべきかそれとも友人関係と取るべきかで悩んでいるので、背中を見送った後も、俺は暫く立ち止まっていた。
正直な所、体型は好みではない。
いやいやいやいやいや。そういう事じゃない。女性を見た際に体型から語り出す奴は最低だが、どうかこの場合は例外とさせて欲しい。別に女性として見れないと言っている訳ではないのだ。ただ、俺は碧花みたいなグラマラスな体型が好みなのであって(高校生に何を求めているのだという話はあるし、そもそも碧花は俺など眼中にないだろうが)、見た感じ小柄でスリムな彼女は体型的な話で好みではない。しかしこれに関しては幾らでも俺の気分一つで破りようがあるので、出会いとしての否定材料にはならない。
暫く俺は考えたが、まだ一度会っただけだ。肯定する材料も足りない事に気付き、俺も走り出す。ここから仮に光の速さで走れても遅刻な上に、俺の学校は遅刻をしたら反省文を書かされる事になる。碧花にも怒られるだろうし、担任からの印象も悪くなる。そう考えると彼女を助けない方が良かったと思えるかもしれないが、それは損得勘定で生きている人間にしか出来ない考え方だ。
損得は確かに大事かもしれないが、それ以上に大事なものがある。困っている人が居たら助けるというのは、正に損得以上に大事な心構えだった。
ふと携帯を開くと、碧花から何件も着信が来ていた。一件、二件、三件、四件………………アイツは、この短時間にどうやって二〇〇回も掛けてきたのだろうか。心配してくれたのだろうが掛け過ぎだ。バッグの中に入れていたせいで、一回も気付けていないが。
「君は実に馬鹿だな」
「うるせえ! 人を助けてたんだから仕方ないだろっ」
「ふむ、反省の様子が見られない。反省文もう一枚追加で」
「ええっ! それってお前の独断で増やせんの!?」
いつから彼女は教師になったのだ。何処からか持って来た原稿用紙のコピーを渡されて、俺は現在の状況に絶望していた。今は一時間目の休み時間。遅れた俺が到着する事を知るや否や、休み時間に碧花が詰め寄ってきた。校内一の美人として先輩や後輩にもその名が知られる女子が入ってくれば当然注目を集めるが、彼女は一切の俺以外を意に介さない。
「反省文は反省する為に書くものだ。悪態を吐きながら書いた反省文に何の効力があると言うんだい? 誠意を見せなきゃね」
「うぐう……何だよ。お前の足でも舐めればいいのか?」
「気持ち悪い、やめてくれ。そういう謝罪の仕方はね、私の側から言うから効力が生じるんだ。君の方からそれを言ってしまった時点で謝罪ではないよ。ほら、早く書かなければ昼休みになる。気に食わないから反省文もう一枚追加ね」
「おい、今、俺が何したってんだよ!」
本気でキレている訳ではないとはいえ、こんな理不尽な目に遭う道理はない。俺は碧花に食って掛かるが、ボールペン一本で額を押されて制された。
「くそ…………何で勝手に反省文増やすかなあお前。え、これマジで書かなきゃいけないの?」
「誠意を苦労で見せるのも一つの手法だ。頑張りたまえ。今回は君が完全に悪いから、私は手を貸す気は無いよ」
飽くまで冷たく碧花は言う。しかし俺の苦労の過程は見たいのか、俺の机に両腕を組み、その上に顎を乗せてじっと原稿用紙を眺めている。諦めた俺は、大人しく反省文を追加分までしっかりやる事にした。明らかに独断で追加されている気がしなくもないが……誠意を見せるという点においては、一理あると思ったのだ。
自主的に枚数をこなせば反省文として受理され、俺の評価も少しは上がるだろうと思っての行動だったが……よくよく考えてみれば、この程度で上がるという事は元々の評価は最底辺という事になる。『普段学生服を着ない不良が急に学生服を着だした』程度の事なのだから。
「……デートの疲れはまだ取れないのかい?」
「え?」
「君の動きを見ていると、全体的に疲れがたまっている様な気がする。どうなのかな」
それは多分、四つん這いになってレンズカバーを探していたからではないだろうか。側溝に手を突っ込んだ時は中々無理な体勢を取ったし、そういう風に見えても仕方ない。碧花の珍しい勘違いは、俺が人助けの内容を詳細に言っていないから起こっている。
そう言えばレンズカバーの掃除方法を聞こうと思っていたのだ。俺が口を開こうとすると、先に碧花が口を開いた。その双眸には、心なしかこちらを気遣う優しさが見受けられる。
「あまり無理はしないで欲しいな。君の身体は君だけのモノじゃないんだから」
「…………どういう事だよ」
「そのまんまの意味だよ。君に何かあったら気が気じゃない人物が居るからって話さ。誰かは敢えて言わないでおくよ」
多分妹の事だろう。表面上は険悪だが、命に関わるんだったら俺の事を大切に思ってくれている……筈。
碧花は何かを隠す様に立ち上がり、時計を見遣る。
「それじゃあ、私は戻るよ。―――屋上で待ってるよ」
「え? お、おう。じゃあな」
最後の一言は俺以外に聞こえないくらいに小さかった。それから碧花は周囲のモノに目もくれず教室の外へ。自分のクラスへと戻っていった。自分達が屋上で会う事は今に始まった事ではないのに、どうしてわざわざ小声で。何にしても、このカバーを返さなくてはいけないので微妙に遅れてしまいそうだが。
「…………えーと。何か用か?」
俺は背中を向けて教室全体を見回す。主に男子から感じる視線が痛かったが、これが嫉妬の感情だとでも言うのか。夜道で刺されても困るので、俺は補足しておく。
「別に付き合ってる訳じゃないから、告白するならしてきてもいいからな?」
多分、全員断られると思うが。その未来を垣間見た気がした俺はニヤリと笑いながら、原稿用紙に視線を落とした。
彼女が生き残るのに微妙なナイスプレイをする狩也氏
三日以内です。