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袖振り合うも多生の縁

 微妙なデレくらいはありますよ。今までだって一応ありますしね。



 まあ会心のデレはもう少し待っていただけると…………いや、デレという意味なら最初からデレデレですけどね。差分が無いだけで。

 それからは碧花と何気ない時間を過ごした。さして語るべき事もなければ、思い出せないという程薄味でもない。有り体に言ってどうでもよく、それこそが何よりも俺の欲した日常だった。無駄に格好つけた言い回しだが、要はそれなりに休めたと言いたいので、どうか気にしないでもらいたい。

「それじゃあ、私は帰るよ。じゃあね、狩也君」

「おう。また明日な」

 碧花とラッキーな事があれば良かったのだが、現実はそうもいかない。胸を触る事は愚か、抱擁する事も無かった。既に日が落ちている以上、ここからの進展は見込めない。 

 …………期待する俺も俺なんだけどな。

 男女の友情は成立すると思っているが、彼女との間にそれが成立している現状、それ以上の何かを期待するのは男として間違っていない筈だ。碧花は校内で一番の美人である。そんな女性が私服で自分の部屋に座り、くつろいでいるというのだ。至って自然というか、肉食系の男であれば襲い掛かってもおかしくないだろう。まあ、襲い掛かっても俺は弱いので二秒で負けるのだが。それに碧花はスタンガンを所有している。あの服の何処に隠しているのか分からないが、今もきっと持っている。俺なんかが襲い掛かっても、その場で情けなく伸びるだけだ。

「あ、碧花」

 俺は立ち去ろうとする彼女に声を掛けた。彼女の足が止まり、首がこちらに向いた。

「どうかしたのかい?」

「今日は有難うな。お蔭で良い夢見られそうだよ」

 俺は屈託のない笑みを彼女に向けた。そこには邪な感情など欠片たりとも介入する余地はなく、俺からの純粋な感謝しかなかった。

 現実で出来ないのならば、せめて夢の中で……なんて知られたら気持ち悪がられるだろうが、夢の中なのだから俺が良い思いをしても文句は言われないだろう。だって夢だし。一番近くて遠い碧花が手に入ったらと考える事に、誰にも文句は言わせない。

 この国には思想の自由がある。思う事は自由なのだ。

 碧花は驚いて目を見開いたが、直ぐに元の澄まし顔に戻った。

「……………………そうか。それなら良かったよ。じゃあね」

「ああ」

 今度こそ碧花は去っていった。彼女が階段を降り切った頃、代わりに入ってきたのは、怪訝な表情を浮かべている天奈だった。妹が俺の部屋に立ち入ったのなんて何年振りか。少々感動してしまうが、その表情が今は気になる。

「何か用か?」

「お兄ちゃん。あの人といかがわしい事でもしてたの?」

 心なしか、その瞳には軽蔑の表情が混じっている気がする。俺は首を過剰に振って否定した。

「出来る訳ねえだろ童貞舐めんな! ……って、言ってて悲しくなるな。何で急に?」

「いや…………やっぱり見間違えかな。あの人に限ってそんな事無さそうだもんね」

「話が見えないんだが、何を見たんだ?」

 それが真であれ嘘であれ、聡明な妹がここまで首を傾げる様な事が気にならない俺ではない。もしかしたら不審者を見かけた、という話かもしれないし、仮にそういう話だった場合、俺は家の管理者として(両親が不在なので)何かしらの対策を打たなくてはならない。妹は美人という程ではないが、可愛らしい体型と顔付ではあるので、その手の性愛者にはたまらない対象だろう。こういうのを…………確かロリコンというのだったか。

 妹の口から出た答えは、考えられる限り最も非現実な答えだった。

「階段ですれ違った時にね。暗かったからあまり自信がないんだけど、あの人の顔、赤かったんだよね。だから、何かしたのかなって」

 顔が赤かった……? 熱でもあったとは考えにくい。彼女は体調管理のしっかりしている人間だ。仮に熱を出したとしても、その時は大人しくしている筈だ。ここに来たという事は、即ち元気という事である。

 碧花がここに来てからの行動を思い返したが、彼女を恥ずかしがらせる様な事をした覚えは一度もない。そうなると顔が赤いというのは…………やはり分からない。しかし陶器みたいに滑らかで綺麗な肌が染まった光景。一度見てみたかった。

 とはいえ、正直な所信じていない。付き合いの長い自分が一度も見た事がないのだ。十中八九天奈の見間違えだろう。










 何と言うか、幾ら私でも勝てないものはある。それは純粋さと素直さだ。私の様に理屈をこね回せる様になると、人は自ずと純粋さと素直さを失う。真正面から受け止めたり、放ったりする事が出来なくなる。だからこそ私は……私がどんなに理屈をこねくり回しても、それだけには勝つ事が出来ないと考えている。

 近くの公園に立ち寄り、鏡で自分の顔を確認する。耳まで真っ赤になっていた。情けない光景だ。彼の前で弱い部分を見せるつもりはないから、やっぱり帰っておいて正解だったね。あれ以上彼の部屋に居たら、頭がおかしくなりそうだった。良い意味で、ね。

 あの部屋に居るだけで私の身体が彼色に染まっていくみたいで、ずっと居たいと思う反面、友人止まりの私が居続けても迷惑なだけだろうと思っていた。結局私は帰る事を選んだけれど、今は泊まるという選択肢もあったのではないかと思っている。

―――結局。私も人間って事か。

 絶対に勝てない前提さえなければ、私はどんな戦いでも勝利出来る自信がある。ありとあらゆる策略を巡らせれば、それくらいは造作もない事だ。けれど…………そう。

 

 彼に対する好意と、彼から贈られた純粋な言葉には、どんなに理屈をこねても太刀打ち出来る気がしない。


 胸に手をやると、まだ心臓が激しく拍動していた。

「私のお蔭で………いい夢が見られる、か」

 らしくもない独り言が零れる。この感情にはどんな科学的な説明も不十分だ。この胸を焦がしてしまいそうな灼熱の業火は、いつの日も私の心を高鳴らせてくれる。

 トイレを出る頃には、私の興奮もすっかり静まっていた。水鏡碧花はそういう人間でなければならない。誰にも弱みを見せてはいけないのだ。

「……もしもし。私だけど。今時間あるかい? これからの予定について話し合いたいんだけど―――」

 私は公園のベンチに座り込んで、電話越しに協力者と会話する。

 暫くの間は忙しくなりそうだ。












 







 翌日。

 俺は休日が通り過ぎた事も忘れて、平日の朝にも拘らず惰眠を貪っていた。俺の中では休日だったのだ。この行動も致し方ないと言えるが……目覚まし時計までがそうとは限らない。設定された時刻に合わせて、時計がけたたましく鳴り響く。手を延ばそうが、時計は物理的に届かない位置にある。これも俺の案だが、今は恨めしい。

 取り敢えず立ち上がって時計を止める。このまま二度寝に入っても良かったが、立ち上がった瞬間にその気が失せてしまった。寝ぼけ眼を擦りながら階段を下りて、俺は素早く顔を洗う。水の冷たい感触が肌に突き刺さり、ぼけていた意識が途端に明瞭になる。リビングへ移動すると、妹が丁度朝食を食べ終えた所だった。

「ん。何お兄ちゃん。朝ごはんなら―――」

「いや、大丈夫だ。どの道今日は時間が無い。牛乳一杯飲んで出発するよ」

 自分で言うのも何だが、俺は完全に目覚まし時計の使い道を間違えている。普通の人間にとって目覚まし時計とは定刻に起きる為の道具だが、俺にとって目覚まし時計が鳴った時刻は最終防衛ライン。即ち、遅刻するか否かの境界線だった。今日は目覚まし時計に起こされたので、時刻はそれなりに過ぎている。朝食を食べる暇などある筈が無かった。

 冷蔵庫から牛乳を取り出し、すばやくコップに注いで飲み干す。直に呑んでも良かったが、妹の教育面で悪影響と考えたのでやめた。俺は再び二階に戻り、慣れた手つきで制服に着替える。もう幾度となくやった事だ。幾ら何でも間違えない。

「行ってきます!」

 妹の返事も待たず飛び出した。自転車は色々と面倒が起きそうだったので全力疾走だ。自慢ではないが、これでも陸上部よりは速い……というのは完全に調子に乗っているから嘘だとしても、運動神経は悪い方じゃない。それと最終防衛ラインは全力疾走で間に合うかを基準に作られている。つまりこの速度を維持すれば間に合う。間に合う筈だった。

「―――あ?」

 俺は足を止めて前方を見遣る。今回は余裕がない事もあって短縮ルートの方を通ってきたが、目の前では何か大切な物を探している風に見える女子高生が居た。制服を見るに、同じ高校だ。背丈だけでは一年生に見える。もっとも、野球部の一年生なんかは既に俺よりもごついので、あまり背丈は参考にならないが。

 無視すれば確実に間に合っただろうという事は俺自身も分かっていたが、困っている人を見かけておきながら助けないというのは筋が通らない。俺は同級生とも下級生とも分からない女子に声を掛けた。

「何してるんだ?」

 女性は俺の声に気付いたが、一度もこちらの顔を見ようとはせず、やはり何かを探している。

「ないんです……レンズカバーが」

「レンズカバー?」

「カメラのレンズカバーを何処かに落としちゃったみたいで……今日で遅刻五十回目なのに、あーもう! 何で落としちゃうんだろ!」

 自分はカメラについて深い造詣を持っている訳ではないが、レンズカバーは失くしやすいものなのだろうか。それにしては女子の言葉が、自虐的であった。遅刻が累計五十回という事であれば、無理もないのかもしれないが。

「良かったら、俺も一緒に探そうか?」

「え…………いいんですか?」

 女子が、ようやく俺の顔を見る。直ぐに恐怖が見えない辺り、同級生という事は無さそうだ。それならば首狩り族の異名くらいは知っているだろうから、こんな反応は見られない。

「いいよ。どうせもう遅刻だし。まあ見つからなかったら最悪二人で学校ばっくれようぜ?」

「あーいいですねそれ!」

「え?」

 冗談で提案したつもりだったので、かえって面食らう。そんな俺の反応など気にも留めず、女子はまた捜索に集中しだした。俺も大概不真面目だが、まさかこんな不真面目な女子が居るとは。ただ、遅刻累計が蓄積する事を快く思ってい無い辺り、根っからの不良とか、そういう訳では無さそうだ。

 俺は『夜露死苦』な女子を女子とは認めないが、そういう事ではないのなら話は別だ。男性は女性を守るモノ。反省文を書かされそうだが、困っている女子を助ける事が出来たのならば悔いはない。

 俺はその場に四つん這いになり、同じようにレンズカバーを探し始めた。

  

三日以内です。何か出る度その章で死なれると困るので、少し強引な手段を取らせてもらいます。

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