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黒幕系彼女が俺を離してくれない  作者: 氷雨 ユータ
CASE9

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232/332

蜜月の時まで

 開始。

 前日の俺は酷かった。この一日を過ぎれば、そこには楽園があると分かってはいたものの、眠る度にいかがわしい事を考えてしまい、その度に目覚めた。クリスマスイブからクリスマスにかけてのとある時間帯は別名『性の六時間』とも言われており、その事を高校生である俺が知らない筈なかろう。

 

 俺の睡眠を妨げている感情、それは興奮であり、それは煩悩であった。


 碧花と過ごしていて煩悩を感じなかった日など一日も無いが、それでも彼女に悟られたくなくて、自制していた。いや、自制出来ていた。だがこの時間帯は無理だ。頭で否定しても、俺の煩悩が性の六時間を認識している。

 ―――明日が来ますように。明日が来ますように。

 天奈とさえ出来れば顔を会わせたくなかった。実の妹に興奮なんぞあり得ないのだが、女性を認識するだけでも、俺にとっては理性の枷を外す材料となっていた。顔も見たくないというのは、何も相手を嫌っての言葉のみに使われるものではないのだ。多分、こういう使い方をするのは俺以外に居ないだろうが。

 殆どの場合、時間が無情に過ぎ去る事に俺は文句を垂れるが、今度ばかりは感謝しなければならない。俺がどんなに喚こうが苦しもうが、時間は一定のペースで流れ、そしてやがては明日を渡しに来るのだから。これが俺の感情次第で遅くも早くもなるというのだったら、今度ばかりは地獄だっただろう。

 とはいえ、気持ち的には世界最長の一日だった。


 それでも実際には何ら変わりない一日が過ぎて、翌日の朝―――











「来たああああああああああああああああああ!」

「うるさい!」

 意識の覚醒と同時に俺の咆哮が木霊する。それと同時に、外から天奈が飛び込んできた。俺以上の大音声を伴って凄まじい剣幕で怒鳴り込んできたと言った方が正確だろうか。その恐ろしい形相には、寝起きの俺も怯んだ。

「おおおおおおッ。な、なんだよ。脅かすなって……」

「脅かしてんのはお兄ちゃんでしょッ? 急に大声出して……何が来たの?」

「いや、クリスマス会がさ」

「クリスマス会?」

「おうよ。楽しい楽しいクリスマスってな。テンションが上がっちまってるよ俺は」

 鏡でも使わない限り人間は自分の顔など見える筈も無いが、今の俺には分かる。口角が緩み切っていて、そのオーラが腑抜けている事まで。一応、これでも口元を凛々しく引き締めているつもりなのだが、効果は全くのゼロだ。

 朝っぱらから腑抜けモード全開の俺を見て、天奈は大袈裟に溜息を吐いた。

「……はあ~。ほんっとくっだらない。今何時だと思ってるのよ。私はともかく、二人に迷惑だって思わないの?」

「今は朝の五時だし、二人がこのくらいで起きると思うか?」

「起きるに決まってるでしょ! テレビの音量一〇〇くらいの声なんだから!」

「そこまで煩くねえだろっ」

 テレビにも因るかもしれないが、俺も一度だけ音量を最大まで上げた事がある。が、あれは最早音ではない。至近距離で聞いた際の煩さときたら、とっくに暴力の領域だ。好奇心猫をも殺すと言うが、危うく耳を死なせる所だった。

「あんまり煩いと、今度からお兄ちゃんに猿轡噛ませるからね」

「絶対取るに決まってんだろ」

「あーそういう事言うんだ。もう分かった、もう容赦しない。今からでもつけてやるから覚悟しろ!」

「は、え? ちょっとおまえ。何を―――うわあ!」

 果たしてこれを兄妹喧嘩と言って良いものかどうか。飛びかかってきた天奈を受け止めるも、勢いを殺しきれず、兄弟そろってベッドの上へ。暫くの揉み合いの後、天奈にマウントポジションを取られた。

「お兄ちゃん知ってる? タオルって猿轡の代用品になるのよ?」

「いや知ってるよ! え、ていうかマジで噛ませる気か?」

「だってこれ以上騒がれちゃたまったもんじゃないし。お兄ちゃんってば、今自分がどんな顔してるか分かってる?」

「にやけてんだろ。でも安心しろって。これ以上騒いだりしねえから」

「信用できる訳無いでしょ。そんなヘンタイさんな顔しちゃって。何考えてたか知らないけど、ここまで顔が緩いお兄ちゃんのする約束なんて、約束になりゃしないわ」

 問答無用とばかりに天奈はタオルを俺の口に被せ、物理的に俺の口を塞ぎにかかってきた。当然俺も抵抗するが、マウントを取られていては抵抗出来ない。こいつが怪物や不良ならまだしも、妹で女性の天奈をぶん殴る訳にはいくまい。

「むぐッ! むごぐ……フガッ!」

「こら、抵抗するな! あ、ちょっと……」

 せめてもの抵抗を続けた事が功を奏して、天奈の体勢が一瞬だけ崩れた。俺はその隙に身体を傾けて反転。マウントポジションを取り返した。

「お、お兄ちゃんって案外重いのね……」

「ふ。そのせいで動けないだろ」

「何を、私だってこのくらいは……ふーぬ! ふううううううううん! ぬぐううううううう!」

 語るまでも無いが、妹とは体重の差が大いに存在する。妹の身体を更生する筋肉では、この差を覆す事は出来ない。俺は腕を組んで馬乗りになっているだけで良いのである。

「…………はあ。はあ。はあ。もう駄目。無理。ギブアップ」

「ふん、どうだ妹よ。これが兄の実力だ」

 無理に力んだせいで妹は顔を上気させながら息を荒くしている。この状態がどれだけ酷くなろうとも、きっと事態は好転しないだろう。兄より優れた妹など居ないのだ。

「……分かった、負け負け。猿轡なんてしないから、離れてよ」

「―――仕方ないな。では今回はお前に勝ったという優越感に免じて離れるとしようか」

 何となく首を鳴らしてから、天奈から降りようと俺が立ち上がろうとした時―――



「ふあぁ~。おはようございます先輩。さっき何か大きな音がしてましたけど、一体何を―――」



 このタイミングで目の覚めた萌と、目が合った。彼女は暫く寝ぼけ眼を擦っていたが、俺達の状況を見るや、パッチリと目が開く。

「ぎゃあああああああああああああああ! せ、先輩が襲って―――」

「ねえよ! わあ待て萌! 逃げるな、ちょっと―――話を聞けええええええええ!」

 





 俺が何よりも待ち望んでいた一日は、騒々しさと共に始まった。






 



 


「なーんだそういう事だったんですか。それなら早く言ってくださいよ!」

「いや、大分早く言っただろ。お前さてはわざとやったな?」

「そんな事無いですよ! 先輩ならやりかねないなって思っただけですッ」

「どういう意味だよ!」

 萌は冗談っぽく笑っているが、果たしてそれは本当に冗談なのだろうか。どうも一割か二割くらいは本当にそう思っている様な気がしてならない。俺が疑り深いだけ? 萌は純粋だが、だからこそ疑ってしまう。

 ……気のせいと、しておくか。

「俺が妹を襲う訳無いだろ全く……これでも血の繋がった兄妹なんだぞ?」

「でもでも、先輩と天奈ちゃんって目元と口元くらいしか似てないじゃないですか」

「結構似てんじゃねえか……え? そんなに似てる?」

「はい。似てます」

 では、何故だろう。兄妹補正を無くしても、中々可愛い天奈と、全然格好良くない俺。顔のパーツが似ているのに、この違いとは一体。

「後何処が似てる?」

「え、ええ……と。二重な所……とか」

「後は?」

「………………目の色?」

「カラコンでも入れてない限りは大体何処も同じだと思うんだな。俺とお前も同じだし」

「………………………………済みません。これ以上は思いつかないです」

「似てる場所って思いつくもんじゃねえだろ」

「途中から無理やりひねり出してるんです!」

 萌が悲痛な声を上げた。

 しかしお蔭で、俺と天奈が紛れもなく兄妹であるという事実が証明出来た。途中から『思いつく』になったと言う事は、最初は間違いなく『見つけていた』という事なのだから。妹の方を見遣ると、彼女は挙げられた個所をペタペタと触りながら、俺の方を何度も何度も見てきた。

「何だ?」

「お兄ちゃんと私ってそんなに似てるかな」

「触って分かるもんじゃないと思うが、兄妹なんだから似てるだろ。それとも、似てない方が良いのか?」

「ううん、似てる方が嬉しいかな。だって妹だもん」

「…………そうか」

 妹の本音が聞けて、俺は少し嬉しくなった。具体的にどうという訳ではないのだが、何と言うか。天奈が俺の妹で良かったなと。改めてそう思ったのだ。

「それでお兄ちゃん。かなり話を遡るけど、クリスマス会って何?」

「碧花との二人きりのパーティの事だ。まあ夜までは行かねえよ。フリータイムだ」

 今日ほど学校があって欲しいと思った事は無い。学校があれば、否が応でも時間は潰せたというのに、こうも自由時間が大量に与えられると、途端に何をして良いか分からなくなる。



 

 ―――さあて、どうするかな。





 自由の眩暈を感じながら、俺は夜までの間、何をすべきかについて漠然と考え始めた。



 因みにスペエピ自体は今から書いてます。

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