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黒幕系彼女が俺を離してくれない  作者: 氷雨 ユータ
CASE8

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231/332

気付きたるは猶忘れざるが如し

 case8終了です。

 由利は天奈の部屋のベッドに横たわっており、壁の方を向いて眠っているせいで、起きているか眠っているかがハッキリしない。声を掛けながら入って反応してくれなかったから、眠っているのだろうか。

「……由利?」

 確認のために、もう一度名前を呼んでみる。反応は返ってこなかった。距離を詰めて声に気を配ると、微かだが寝息が聞こえる。呼んでも反応してくれないなんて機嫌が悪いか眠っているかのどちらかだと思っていたが、前者でなくて良かった。もしも前者だったら、心当たりが無くて途方に暮れていたかもしれない。

 しかしここまで気持ち良く眠っているという事は、体の具合は良さそうだ。俺はポケットに両手を突っ込みながら、こちらの声など聞こえている筈の無い彼女へ語り掛けた。

「なあ由利。お前に一つ言いたい事があって来た。……意味がないって分かってるんだけどな。どうも意識のあるお前に面と向かって言う勇気が無くてな。もし狸寝入りしてるってんならそれでもいい。反応しないで聞いてくれ」

 こういう言葉は柄でも無いから、聞いていないでくれていた方が助かる。じゃあ何で言うのかって……誓いみたいなものだ。いつか本当にそんな事態に直面した時、意思が揺らがない様に、宣誓するのだ。

「碧花の真実がどうあれ、俺はアイツと距離を置くつもりはない。でももし、アイツがお前達を殺そうとしたのなら―――俺は、お前達を守る。絶対に。それだけは分かってくれ」

 俺は碧花の味方でもあり、オカルト部の味方でもある。クオン部長への義理を果たす為、と言えば理由付けにはなるが、それは真の動機とは言えない。真の動機は、『日常を守る為』である。

 オミカドサマを封印したとはいえ、俺が生きている限り怪異はこれからも起こり続ける。本当に『日常』を守る為なら自害すべきなのは言うまでも無いのだが、そんな勇気は俺には無い。だからせめて、手の届く限りの人達に、今まで通りの生活を送ってもらえる様に努力する。部長無き今、オカルト部を庇護出来るのは俺だけだ。

 確かに俺は無力だ。喧嘩が強い訳でも頭が良い訳でもない。意思を継いだからと言って何が出来る訳でもない。


 だが何も出来ないという事も無い。



「……ゆっくり眠れよ」



 言いたい事は言い切った。これ以上の滞在は下の二人に軽く心配をさせてしまう。俺は身を翻し、天奈の部屋を出た。階段を降りていると、音に反応した萌がリビングの方からひょこっと顔を出した。

「御影先輩、どうでしたか?」

「眠ってた」

「その割には遅かった気もしますけど」

「ちょっと野暮用でな。聞いてくれるなよ」

 言いつつリビングに入ると、天奈が夜食を作るべく台所に立っていた。久しぶりという程でも無いが、色々な事があったせいで、そのエプロン姿は随分懐かしく感じる。

「よう。随分張り切ってるな」

「や、分かる? やっぱりお客さんが居るんだから、張り切らないとね。出来ればお兄ちゃんにも手伝ってほしいんだけど」

「手伝うのはいいんだが……何だ、その。普段俺が手伝わないみたいな言い方は」

「妹の発言を悪意的に捉えないでよ。後、手伝わないのは本当でしょッ」

「何だとお? 俺は手伝わない訳じゃないんだぞ。お前が『手伝って』と一言言ってくれればだなあ、可愛い妹の頼みだ。お兄ちゃんも手伝ってやろうという気分になるものなのですよ。分かるか」

「言われてからその通りするなんて小学生でも出来るわよ」

「言われる前にやったらお前『余計なお世話』って言うじゃんか!」

 下らない。あまりにも下らない会話の内容。中身など吟味するまでもなく虚無。この会話に実りがあるかと言われると、無い。

 だがこれが日常というものだ。退屈は人の寿命を最も縮めると言われるが、この虚無は退屈とは無縁なもの。中身は無いが、代わりに楽しい時間を与えてくれる。欠点と言われれば、会話の参加者以外は全く楽しくないという点だが―――

「先輩の家ってあんまり物無いんですねー!」

 萌は探偵ないしは刑事よろしく家の中を興味深そうに物色しているので、退屈は感じていないだろう。

「言っておくが、エロ本とかは無いからな」

「今はね」

「そこ、余計な事を言うな」

 首狩り族もそうだが、ひょっとして俺が女性にモテない要因の一端は天奈なのだろうか。いやしかし、家に招いた事があるのはオカルト部と碧花を除けばゼロになるから……関係なかった。

「いやーそんなものは探してませんよ。もう少し面白いものを探してるんです」

「面白いもの?」

「廃墟から持ち帰った曰く付きのものとか、見覚えのない女性の髪とか!」

「お前時々俺の事をオカルト部と勘違いしてるよな? 前にも言ったけど、俺はオカルト部じゃねえからなッ? 由利の家みたく変な物は置いてねえよ!」

「変な物なんて失礼ですよ先輩ッ。変な物なんて御影先輩の家に一つたりとも無いんですから!」

「曰く付きのヤバい奴を変なもの扱いして何が悪いんだよッ。変なものは変なもんだろ、正常じゃないんだから!」

「むー! いいですよ、だったら証明してみますよ。先輩の家から何か見つかったら、それが本当に変なのかどうか調査しますよ! オカルト部の威信にかけてッ」

「そんなもんに威信かけるな。俺の家から何も見つけるな。知らぬ仏に言わぬが華。仮に見つかったとしたら俺や天奈に絶対教えるなよ? 勝手に持っていけよ? ミミズみたいに持ってくるんじゃないぞ?」

「何でミミズなの?」

「こういう言い方すると全国ミミズ愛好会の人に怒られそうだが、ばっちい物代表なイメージが俺の中にある―――って」

 俺は台所の方を向き、未だに料理を始めようとしない妹を伏し目で睨んだ。

「会話はいいから、早く準備しろよ」

「してるわよ。たくさん作るつもりだから準備も掛かるの。待てないんだったら手伝ってくれない?」

「あいや承知した。何を用意すれば良い?」

「取り敢えずね―――」

 妹を急かすからには、こちらも何か案を出してやらねばならない。文句だけを言うのは簡単だが、そんなに急かしたいなら案か人手を出すべきだ。俺は後者を選んだ。取り敢えずどんなに大変な作業でも、人手さえあれば幾らか楽になる。

 天奈の指示を聞きながら、俺は的確に準備していく。どうせ何も見つからないと信じているので、萌の動向に関しては無視を決め込んでいるが、あっちはあっちで探索に夢中なので、別に困っていない。

「……なあ天奈」

「何?」

「学校で何か変わった事とか無かったか?」

「変わった事って、どんな事よ」

「―――あんまり思い出したくないけど、アイツ等が死んだだろ。もしかしてお前も俺みたいに扱われてるんじゃないかと思ってな」

 余計な心配だと、薄々分かってはいる。耐性の無い奴が俺みたいに扱われたら精神を病むだろうから、そうなっていない時点で天奈の待遇は今までと変わりないのだろう。だが、それでも聞くべきだ。何かあってからでは対処が出来ない。その何かで妹を失いたくないのだ。

「……そうなりかけた、って言えばいいかな」

「そうなりかけた?」

「私の家に来たから二人が死んだって噂が広まって、最初は孤立してたの。でもいつからか……私も被害者って事になってて」

 被害者である事に違いは無いが、それは事件の渦中に居た俺だから言える事だ。天奈の家に行ったから被害に遭った。事実のみを見れば、加害者というか、少なくとも被害者とは言えないだろう。

「それは……何でだ?」

「香撫ちゃんの今までの素行がクラス中に広まってたの。明らかな犯罪とかは無かったんだけど……」

 天奈の声音が重くなったのを俺は聞き逃さなかった。

「話したくないか?」

「…………ごめん。あれでも友達だった子だから、悪く言いたくない」

「なら無理強いはしないよ―――っと」

 準備を終えた俺は、ゆっくりと膝を伸ばして立ち上がった。

「頼まれたもんは終わったが、まだ何かあるか?」

「ううん、大丈夫。お兄ちゃんはもう座ってていいよ」

「そうか。じゃお言葉に甘えて座らせてもらうわ」

 あー疲れた、などと言いつつ、ふと萌の方を見ると、まだ家の探索を続けていた。とっくに開けた引き出しさえ、何か仕掛けがあるかもと再探索している。俺の家はおっかなびっくりカラクリ仕掛けだらけの警察署じゃないんだが、マジで何を期待しているのだろうか。

 天奈が料理を作り終えるまでの間、俺は帰ってきた平穏を堪能した。



 


 











 



  

 お気づきになっただろうか。いや、俺は気付かなければならなかった。彼女との関係が進展した事で、俺はとある事実に気付く事が出来なかった。それにさえ気付く事が出来れば、或はここで彼女の―――水鏡碧花の行いを止められたかもしれないのに。

 いや、それは結果論に過ぎない。俺自身が怪異を呼び込む扉になっていた事、碧花が俺を殺した事。その二つが明らかになれば、もう隠された真実なんて無いと思うだろう。全てが終わったと思うだろう。

 気づくなんて不可能だ。でも気付けていれば…………いいや。


 もう遅い。

 次回はいよいよクリスマス会/回ですね。



 スペシャルエピソードはCASE9終了時に随時投稿する予定です。

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