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素直になれない妹と、素直過ぎる彼女

 私は今でも後悔していた。いや、私としては兄の為を想っての行動だから、今更変える気も無ければ白状する気も無いけど、こうして御伽噺に出てくるような美人と兄が遊んでいるのを見ると、私は何だか孤独感を感じてしまった。ブラコンのつもりは全くない。兄を異性と意識した事なんて生まれてから一度たりともない。

 単に、兄が遠くへ離れていくような気分を感じたのだ。それは妹としてはとても悲しいものであり、こんな気分を味わうくらいならば最初から意地なんて張らなければ良かったと思っている。

 私は扉を閉じて、台所に向かった。私と兄の関係がギクシャクしてしまったのは些細な切っ掛けが原因だ。卵焼きを焦がしてしまい、それを兄に言及された。別に怒っていた訳でも何でもなく、あの瞬間、私はとても恥ずかしくなってしまった。

 両親も殆ど帰ってこない中で、唯一この家に残って代わりに私の面倒を見てくれた兄に、何て醜態を見せてしまったのだろうと。

 そんな思いから、私は絶対に料理を失敗しなくなるまで兄に食べさせない事を決めた。けれどその事を知られたり見られたりするのは恥ずかしいから、私は兄に対して態度を冷たくし、距離を取った。全部、私の完璧を追求する性格が出たというだけの話だけど、暫くしてから私はある事に気付いた。



 絶対に料理を失敗しなくなったらとは言うが、それはどうすれば分かるのだろうか。



 決まっている。料理をすればいい。けどそれが成功したとして、次も成功する保障が何処にある。それを証明する為にはまた作ればいい。けれどその次成功する証拠が何処にある。保障が何処にある。このままでは、私は一生兄と仲直りが出来ない。今までの態度も態度だから、普通に謝る事も私の意地が許さない。

「お兄ちゃん…………」

 本当は、兄に甘えたい。ゲームだってやりたい。それを全て妨げているのは私の内側にあるつまらない意地だ。これが全ての状況を悪化させている。

 耳を澄ませると、二階の方からは兄の楽しそうな声が聞こえる。鼻の下も伸びてそうな声だけど……私は久しく兄の笑顔を見ていない。以上の理由から、私はあの人に兄を取られた様な気分を味わっている。

 全て自分が悪いのに、私は兄が離れていく原因をあの人に擦り付けようとしているのだ。

 考えているだけ心に悪かったので、私は本来の目的通り料理を始めた。

―――何を作ろう。

 レシピ本がここまで沢山あるのも、全ては兄に美味しいと言ってもらいたくて購入したものだ。以前までは即断即決をしていたのに、何だろう。料理を振舞う相手が居ないとなると、ここまで判断が鈍ってしまうのか。何を作るべきかと考えて五分。重い腰を上げて、ようやく包丁を手にした所で、不意に私の背中から声が掛けられた。



「料理でもするのかい?」



 その声音はとても優しかったが、私は本能的に危険を感じていた。声音の裏に隠れた激情の刃とでも言えばいいのだろうか。言葉には出来ない抽象的な感覚だが、確かにそれは感じ取っていた。

「え…………えっと。あ、兄とは遊ばないんですか?」

「丁度一戦終えた所で、おやつでも作った方がリラックス出来るだろうと思ってね。台所を使おうと思っていたんだが、君が使うのなら待つとしよう。どうか私の事は気にしないで欲しいな」

「そ、そう言われても…………ええと、使おうと思っていたんですけど。特に作りたい物も思い浮かばなかったんで、お先にどうぞ……?」

 兄の友達は、そう私に言われてスッと立ち上がり、私に一言断ってから冷蔵庫を開けた。食材の準備がやけに早い。一体何を作るつもりなのだろうか。

「君は、どうしてお兄さんの事を邪険に扱うんだい?」

「…………兄に聞いたんですか?」

「まあね。少なからず心には引っかかっているみたいだよ。彼は休みたがっているけれど、その引っ掛かりが消えない限りはまともに休めないだろうと思っていてね。どうか聞かせて欲しい。どうして邪険にするんだい?」

 私はどうしてか息を呑んだ。言葉の一つ一つに私を責めるような感情が感じられる。まるであらゆる方向から刃を突き付けられているみたいで、答えを間違えたらどうなるか。何となく想像が付いてしまった。人殺しなんて…………いや、まさか。

 けれども彼女の言葉には、それくらいの感情が感じ取れる。

「兄に、言わないでくださいね?」

「……分かった。言わないでおくよ」

「……じゃあ、言いますけど―――」

 嘘を吐いても見抜かれる予感しかしなかったので、私は全てを正直に話した。自分自身が完璧主義者故に、たった一度の失敗と言えど赦す訳にはいかず、今も兄に焦げた卵焼きを出してしまった事を悔やんでいること。そして、兄に自分(兄)の為の努力と知られたくなくて、冷たく当たっている事。

 おやつを作りながら、兄の友達は静かにそれを聞いていた。

「…………成程。完璧を目指さんとする向上心の副産物という訳か。その人の事を想うが故にその人を傷つけてしまうなんて、もどかしい話だね。嫌いじゃないけどさ。で、君は仲直りしたいのかい?」

「出来たら苦労なんてしませんよ。今まで冷たい態度を取ってきたから、急に謝っても誤解されるだけだし……それに、誤解されたら私が、また強情張って元通りになるって分かってるんですから」

 素直な妹になりたかった。けれど完璧主義者の私が、今更自分の在り方を変えられる筈がない。正に自縄自縛。私は私の求める完璧さに、私のやりたい事というものを縛られていた。兄の友達は懺悔とも取れる私の話を聞いて、ただ沈黙を続ける。首筋に当てられた刃は、いつの間にか引いていた。

 それから私も沈黙して数分。二階からはテレビの音が聞こえる。兄が暇潰しにでも見ているのだろう。

「…………そう、か。だったら君に朗報がある。ここ数日以内に、君とお兄さんの関係は修復されるだろう。どんな形にせよ、これ以上ないくらい元通りにね」

「え。ど、どうして分かるんですか?」

 兄の友達は……私の短い人生の中で最も美人な女性は、一度だけこちらを振り向いて、

「さあ、どうしてだろうね」

 おどけた調子で言った。













 いやいや、あれは反則だって。

 神経衰弱とは言いつつも、惰性で出来るくらいにその遊びには慣れている。何回やっても神経が衰弱する事は無い。特に先程の一回は酷かった。何が酷いって、俺のターンが一度も回ってこなかった時点で遊びとして破綻している。

 そう、全部当てやがったのだ。碧花が。

 これだけ聞けばシャッフルの際にイカサマをしたのだろうと思えるが、シャッフルをしたのは俺だし、イカサマをしようとしたのも俺だ。だのに碧花が全て当ててしまったせいで、イカサマも何も出来なかった。情けない事この上ないとは正にこの状況。俺は敗北の恥ずかしさから逃げる様にテレビをつけた。碧花はおやつを作ってくれるそうなので、今は一階に居る。

 アイツが料理出来るなんて初耳だが……見に行こうとしたら「絶対に見には来ないでくれよ?」と鶴の恩返しよろしく釘を刺されてしまったので、見ようとは思わない。本気でキレている碧花は怖すぎて、正直もう二度と見たくないのだ。

『今日未明。遊園地の付近で、二十代の男が死亡しているのが発見されました。死因は失血死とみられており、死体はナイフのような刃物で滅多切りにされて―――』

 ニュースのタイトルとして概要が流れた後、詳細が明らかになる。遊園地というのは、昨日俺が灯李とデートした遊園地の事だった。それを理解した瞬間一気に鳥肌が立ち、思わず後ずさる。

 何でも、あの遊園地、監視カメラがあるにはあるらしいのだが、どうも僅かながら死角が存在するらしく、死体はその死角内に捨てられていたらしい。しかし最初から捨てられていれば清掃スタッフが気付く筈との事なので、別の場所で殺された後に投げ込まれたと考えられているらしい。その証拠に、警察は指紋や皮膚などの犯人を示す痕跡が全く採取出来なかったらしい。犯人について何の手掛かりも掴めておらず、現在捜査中との事だ。

「……笑えないな」

 一歩間違っていたら自分もそうなっていたかもしれないと考えるとゾッとする。階段を上ってくる音が聞こえたので扉に目をやると、間もなく碧花が入ってきた。

「待たせたね」

「いいや、別に待ってねえよ。何か良い匂いするなあとは思ってたし……これ、お前が?」

「料理はあまり得意ではなくてね。レシピは見させてもらったけど」

 脳内で『レシピ本と睨めっこしている碧花』を想像し、悶絶しかけた。普段は澄ましている彼女が困っている様子を思い浮かべるだけですら、俺の意識を消し飛ばすには十分すぎる。




 俺はお盆に乗せられたクッキーをつまみ、口の中に放り込んだ。

 

 

 まあ彼を思うあまりに彼を傷つけてしまうってのは、彼女もやってる事だもんね。理解くらいはありますよ。

 理解くらいは。


 三日以内です。

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[一言] 妹の幸せを願いながら読んでます。ナンパしてた男の子死んじゃった?
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