作戦会議
首を自主的に吊らせるには、主に二つの方法がある。私の個人的な認識だから、本当はもっとあるのかもしれないけどね。
一つは、対象の精神を極限まで後ろ向きに追い込む事。
この方法は今までに……三回か五回くらい使ったのかな。正直、全く面白くないから良く覚えていないけれど、相手が只の人間なら、この方法の方が確実だ。追い込み方は人によるし、コツさえ分かれば難しい訳じゃない。強いて言えば、念入りな事前調査が必要なのがネックかな。
だけどこの方法が怪異に通用するかと言われると、まず無理だろうね。怪異なんてものはプラスのイメージから生まれる事はない。大きくマイナスに振り切れているこの存在に前述の方法を試したって、むしろその力を増大させるだけだ。意味が無い。
二つ目は、高低差を利用する事。
こっちの方法は一人でやるにはかなりの手間がかかるけれど、今は狩也君が居る。幸いにも私達の今いる場所は山だ。何処かに切り立った場所でもあれば、そこを利用して首を吊らせる事が出来る。いや、吊らせるというよりは、こちらが吊るんだけど。どちらにしてもアイツの使っている縄でアイツを使っているんだから、結果は変わらないね。狩也君は少し勘違いしている節があるけど。
「……ちょっと移動しようか。狩也君ッ」
「お? まさか攻略法が思いついたのか!」
「まあ、そうだね! ただ、君の協力が不可欠だ。返事は?」
「いつでも大丈夫だ!」
狩也君と一緒に誰かを殺す事になるなんて…………複雑な気分だよ。
共同作業に嬉しく思う反面、彼に殺しを体感させる事は、私にとっても不都合極まりなかった。飽くまで日常を愛する彼に非日常を与える。私にとってその行為こそが、何よりの犯罪だった。
―――ごめんね。狩也君。
こんな事態を避けたかったから、今まで私は君を守ってきたのだけど…………報いなのかもしれないね。それだけ私が君にした行いは罪深かったという事かな。
たとえそうだったとしても、君を守り続ける事に変わりは無いんだけど。それは私の為でもあり、君の為でもあるから。
作戦の提案者が私である以上、先導者も私になる。蝋燭歩きの動きを一度確認してから、距離を取れると思った瞬間にダッシュ。
「付いてきて!」
この山の地図は全て頭に入っている。丁度、誰かの首を吊るには丁度良い場所がある事を私は覚えていた。普段なら殺した後の処理―――死体と証拠の隠蔽に手を焼く所だけど、蝋燭歩きにそんな配慮は必要なさそうだ。だって人間じゃないしね。
背後を振り返ると、私の速度と丁度同じくらいの早さで彼が付いてきていた。最初から思っていた事だけれど、普段の彼とは明らかに違う。よく分からないが、別人みたいに体力が強化されている気がする。度胸に関しては……一見すると強くなっている様に見えるけど、元々彼にはあれぐらいの度胸が備わっている。普段は後ろ向きな思考が過ぎて、己にも枷が掛かっているだけだ。
「何処に行くつもりだ?」
「行けば分かる。今はそんな事気にしてる場合じゃないよ」
「何言ってんだ! それを気にしなくて何を―――!」
彼の言葉は目の前を塞いだ木の幹によって塞がれ、同時にその走りも止められた。ランタンも無いのにこんな所を走るのはお勧め出来ない。作戦なんて現場に着いてから幾らでも考えられるんだから警告したんだけど。
時既に遅かった……のかな。
私は足を止めて、彼に手を差し伸べた。
「大丈夫?」
「あ、ああ。さんきゅ」
「お礼は後にした方が良い。蝋燭歩きに限った話じゃないけど、怪異の足は速いからね」
程なくしてそれを証明するかの様に、近くの木に縄が叩きつけられた。木々が乱立しているお蔭で私達には届いていないけど、既に間合いには入っている事を忘れてはならない。
狩也君はその音に一瞬固まったが、直ぐに表情を引き締めた。
「行こう!」
またぶつかってしまうといよいよ本当に追いつかれる気がしたので、私は決して手を離そうとしなかった。ランタンさえあればこんな事をせずに済んだのにとも考えたけれど、蝋燭歩きは運が良い。チャラにしようと思う。
狩也君と手を繫げているこの状況があまりにも幸せ過ぎて、怒りなどとっくの昔に消え去ってしまったから。
碧花に連れられてやってきたのは…………暗すぎて良く分からない。ここまでの道中は彼女に引っ張られていたお蔭で何の障害も無く来れたが、ここが何処かと言われると、山の中としか言いようがない。良くこんな暗闇で碧花は木にぶつかる事もなく歩けるものだ。下心とか一切抜きに、尊敬する。
ここまで暗いと、碧花の顔すら満足に見えない。本当に俺は何処に連れてこられたのだろうか。さっきまでの彼女は、如何にも自信ありげだと言わんばかりの声音だったので、この場所には何か特別な意味があるのだろう。
そうでなくては困る。
「……蝋燭歩きは、一旦撒いた様だね」
「撒いたっていうか、距離が開いただけだろ」
「いいや、それが重要なんだね。かくれんぼは鬼が見ていない間に隠れるだろ。それと同じで、アイツの縄でアイツを吊るには、見ていない所でやる必要がある。見ててわざわざ掛かろうと思える様な茶目っ気は無さそうだしね」
例えは中々にふざけていたが、碧花は至って真剣な表情で言っていた。かくれんぼ云々はともかく、理が無い訳ではないのだ。
一瞬納得しそうになるも、俺は直ぐに問題点を挙げた。
「準備は良いけど、こんな暗い状態でどうやって準備すんだよ。お前が出来ても、俺は無理だからな?」
「知ってる。けどその無理っていうのは、夜目が利かないって意味だろ? 安心してくれ、君は動けさえすれば協力出来る」
「へ?」
「この暗闇は鉛で構成されている訳では無いんだ。暗くたって動けるだろう? なら蝋燭歩きの対処は容易だ。下準備は夜目が利く私が全部やるから、君は所定の位置に着いてくれ」
俺は一度周囲を見渡した。
「……何処に?」
よっぽどその所定の位置とやらは近いのだろう。顔は見えないが、明らかに碧花は俺の発言に驚いていた。
「何やら作戦に支障を来しそうだ。狩也君、何処までちゃんと見える?」
「お前の顔も満足に見えない。だからまあ一寸先は闇って言っても……過言じゃないな。言葉通りって感じだ」
特別目が悪い訳ではないのだが、この闇は俺にとってあまりにも暗すぎる。そんな状態でも、俺の言葉を聞いた彼女が苦笑いを浮かべたのは直ぐに分かった。
本当にごめん。
時間ない。




