地雷の裏に潜む地雷
中間報告みたいになってて笑う。
「よく食べるね。そんなに美味しいのかい?」
美味いなんてもんじゃない。空腹こそ最高の調味料とは言ったものだ。適当なものを注文したが、そのどれもを俺は数分間の内に平らげてしまった。碧花の問いにもまともに答えなかったくらいなので、どれくらい腹が減っていたかは、彼女も良く分かっていると思う。
追加注文が彼女によって行われる。腹を満たした俺は、ようやく言葉を返した。
「ああ。何せ昼食なんて摂ってないからな。美味く感じるに決まってるぞ!」
「ふ、そうか。それは良かった。こうして君と食事が出来て私も嬉しいよ」
「お前は食べないのか?」
見ると、注文品を食べているのは俺ばかりで、碧花は先程からブラックコーヒーを飲んでいる。腹が減っていないのは別に構わないが、一人馬鹿食いしている輩が居るので、何だか途端に申し訳ない気持ちになる。
その気持ちを察したのか、碧花がコーヒーを机に置いて言った。
「気にする事はないよ。私も少しは頼んだ。単に君の方を先に頼んだ結果、私の方が来ないだけさ。まあ、それでも君みたいに大量に食う事はしないがね」
「そ、そうか。だったら別に良いんだけどな」
店内は夕方という事もあり、中々賑わっている。たくさんモノを食べて元気は多少取り戻したが、俺の気分は未だに深海色に染まっていた。
「それで、結果を教えてくれるかな?」
「……俺の顔を見て分からないか?」
「事実と真実は違うものだ。それに、楽しい事柄でも、気分の落ち着いた場所に移動すると疲れを感じるだろう? もしかしたら楽しかったかもしれない。教えてくれないと、ここの代金を君に払わせるよ?」
「幾らだ?」
「まあ八千円くらいなんじゃないかな」
俺は喉に押し込んだ食物を思わず戻しそうになった。
「はあ!?」
そこで店員が料理を運んでくる。いや、正確にはデザートだ。チョコレートケーキが碧花の前に運ばれる。彼女はフォークを手に取って、小口サイズに切り分けて口へ運んだ。
「何でそんな事になってんだよ!」
「言っておくけど、私は何も悪くないよ。値段の大半は君がたくさん食べた事で発生したものだ。奢ると言った手前奢らせてもらうけど、今手持ちがなくてね。三万円以上になったら払いきれないよ」
「幾ら俺でもそこまでは喰わねえよ。ってかお前、この前は十万円くらい追加であった気がしたんだが、まさか使ったのか?」
「まあね。惜しくもあったが、金に糸目はつけられない。後々の為にも、有意義な出費だったと思っているよ」
「……クスリとか買ってないよな?」
まさか碧花がそこまでとち狂っているとは思っていないが、十万円も消費するくらいだ。あれの末端価格など存じ上げないが、それに近しいものを買っているとすれば説明がつく。俺の言葉に、碧花は目を丸くして驚いたが、「違うよ」という言葉が聞けて何となく落ち着いた。やっぱり、疑っていたかのかもしれない。
「話が逸れそうだから改めて尋ねるよ。結果はどうだった? 楽しかったかな?」
「…………正直な感想を言ってもいいか?」
「どうぞどうぞ。元々それを聞きたいんだ」
俺に語彙力はないものの、俺自身、何処かに吐き出したいくらいの思いは抱えていた。それが良かれ悪かれ、とにかく俺は全部ぶちまけてしまった。碧花は時々不明瞭な相槌を返してきたが、概ね真面目に聞いていた様に思える。
こういうやり取りをする際、決まって彼女は茶化したりするものだと思っていたが、今回に限っては何も口を挟んでこなかった。ただ俺の話を黙って聞いてくれた。
全てを話し終えた時、今まで飢えに飢え、見境なく求めていた俺の中の食欲が、少し落ち着いた。料理がまたも運ばれてくるが、それの処理には中々時間が掛かりそうだ。
「…………どうやら、楽しくなかった様だね」
「少しもって言ったら嘘になるけどな。やっぱり疲れを感じる場面が多かった。デートって、普通はあんなもんなのか?」
「私は君達のデートなんかこれっぽっちも見ていないから、言い切ってしまうのもどうかとは思うがね。しかし通常の男子がデートにそこまでの愚痴を零すなんて滅多にないと思うよ? 普通は惚気てくるか、自分の武勇伝を得意気になって語ろうとするものだ」
「何でそう言い切れるんだよ」
「彼女とは、彼氏にとっては何よりも大切な存在に近しい人だ。男子は基本的に自分が強い事を彼女に認めてもらいたくて必死なんだよ。本当は度胸が無くてもね。良い格好したいって奴だ。君だってそうなんだろう? その話を聞く限りはさ」
「…………まあな」
確かに。疲れを感じたのは、主に俺が格好つけてしまった部分だ。歩いているだけの疲労が総合的に蓄積していたと考えても、記憶に残っているのはそう言った場所の疲労ばかり。むしろ、一般常識的に考える疲労なんて、いつも感じているからまるで記憶に残っていなかった。
碧花はケーキを食べ終えて、皿を脇に移動させた。
「何はともあれ、初めてのデートお疲れ様。私とのデートと、どっちが楽しかったかな?」
「お前とのデー…………ん? あ、ああ。後者かな」
校内一の美人と名高い碧花とデートをした事があるなんて知れたら、俺は校内中の男子に袋叩きにされる。何より、今までのあれがデートだと意識してしまうと、俺は俺の中にある羞恥心に勝てる気がしない。本人がどう言おうと、俺は頭を振ってあれの認識を改めた。あれはデートじゃない何かだと、そう思わずにはいられなかった。
俺の答えを聞いた碧花は、僅かな変化だが、嬉しそうに微笑んだ。
「その言葉が聞けて嬉しい限りだ。私は君とのデートについては、極力疲れさせない事を念頭に置いているからね。自分で言うのも何だけど、そこら辺の女子と一緒にされては困るというものだ」
「いや、本当に自分が言っちゃ駄目な奴だぞそれ! 自分しか自分が特別である事を認めない病気に罹ったのかッ?」
「厨二病の事なら、特に反論する気は無いよ。人間は誰しも自分が特別でありたいと思うのが自然だ。ネットに広まった言葉で揶揄されようと、私は私の意見を変える気は無いよ」
「……お前って本当にブレないな」
「特別になりたくて努力する。至って自然な行動原理だ。恥ずかしい事なんて何も無いし、それを恥ずかしいと思ってしまう人の方が、私にとっては理解に苦しむね」
何処か超然とした碧花の発言は、至って当たり前の発言であるとは思いつつも、他のどんな意見にも流されない力強さは少し羨ましかった。俺にもあれぐらいの度胸があれば、こんな友達としての関係ではなく、碧花に好きになってもらえたかもしれないのに。
再び料理が運ばれてくる。今度は球体状のバニラアイスだった。デザートは別腹とも言うが、よくもまあ、チョコレートケーキといい、バニラアイスといい。そう甘いものばかり口に入る。コーヒーで帳消しという事なのだろうか。
「さて、夕食が済んだら、家まで送っていくよ。君の家にも用が無い訳ではないからね」
「いや、いいわ。流石にここまでご馳走になったのに、そこまで迷惑かけたくない。俺の面子的にもな」
「正直だね。嫌いじゃないよ、そういうの。ふふ、分かった。今回は君の面子とやらを守る為に、そこまではやめておこうか」
それがいい。こんな美人が家に訪れる事を知ったら、俺の事を最低過ぎる男の典型として認識している妹が卒倒するだろう。そして徐に警察へ通報するだろう。
とまあ、そんな面白い妹は居ないのだが、面倒くさくなるのは確かだ。これ以上疲れるのは御免被るので、碧花から引いてきてくれたのは正直嬉しかった。
「明日は日曜日だ。今日疲れた分、休みなよ」
「そうさせてもらう。今日は奢ってくれてありがとうな」
「気にしないでくれ。デートの結果を他人様がきくんだから、これくらいはしないとね。どうやらお互いに食べ終わったみたいだし、そろそろ帰ろうか」
その言葉に驚いて俺が皿を見ると、丁度俺が全てを食べ終わるのと同時に、碧花もアイスを食べ終わっていた。俺の速度に合わせてくれたのかもしれないが、無意識な配慮という可能性まで考えると、お礼を言い出しづらい。当人が自覚していない善行にお礼を言っても、微妙な雰囲気を作るだけだ。
俺は席を立って、碧花の背中を追う。店の賑わいのせいで聞き取りにくいが、彼女は本当に小さな音で、鼻歌を歌っていた。
今回は他の作品も更新するので、やるとしたら連続になるかもしれません。