怪異襲来
戦いは数だよ兄貴。
俺は本を閉じると、碧花の方を向いて、首を傾げた。
「……え? マジでやるの、これ」
「そうしないと助けられないよ。その本にも書いてあっただろう? 『もしもオミカドサマの封印が解けてしまった場合、以下に記述される方法を行わなくてはならない』。つまり私達に選択権は無いんだ」
……ん?
そんな言葉、一回たりとも記述されていなかった。幾らか飛ばしたとはいえ、俺の読んだ本にはまるで現在の出来事であるかの様に記述されていた。
「どうしたの?」
「ん。いや文字が……」
「ああ文字ね。読みにくかっただろう。まあ古い本だから仕方ない。むしろここまで短時間で読めた君に尊敬さえしているよ。それが名誉な事かはさておき」
文字が読みにくかった……なんて事はない。新しいし、昔の言葉は一度も使われていなかった。狙って獲得した情報ではないが、これで確信した。俺と碧花が読んだ本は違う。やはりガワだけ取り換えて、同じ本の様に見せたのだ。
何の為に?
分からない。同じ本だと錯覚させる事が目的だったのだろうか。無意味だろう。狙いが分からない。碧花をピンポイントで狙ったとも思えないが……
俺と読んでる本が違う事を教えても良いのだが、教えた所で大体の内容は一緒である。別にこの食い違いがあっても無くてもオミカドサマを封じ込めるのには何ら苦労しないので、黙っておく事にした。これを話している間にも、二人は酷い目に遭っているかもしれない。蝋人形は少し怖いが、やるしか無い様だ。
「……早速準備するか。碧花、手伝ってくれ」
「言われずともそのつもりだ。手順は一人かくれんぼと一緒だったよね」
「ああ」
蝋人形を素体に行うのは初めてだが、ここで改めて手順を思い出しておこうか。
・中身を全て抜く(ぬいぐるみなら綿だから……蝋?)
・中に爪や髪の毛など、人に関わるものを入れる(近ければ近い程成功率が高いので、一番成功しやすいのは血である)
・詰め終わったら赤い糸で縫う
・名前を付けて『最初の鬼は自分』と三回言う
一旦はここまで作業を進めよう。緋々巡りと一人かくれんぼは厳密には違う。一人かくれんぼは降霊して遊ぶ儀式だが、緋々巡りは魂を吹き込んだ後、それをオミカドサマの遊び相手にして、まとめて封印する必要がある。
手順を覚えていると言ったって、それは飽くまで始め方の話。人形に魂を吹き込んだ後の行動は違うので、そこは忘れないようにしたい。
―――そういえば、どうして一旦手順の振り返りを中断したのか、言い忘れていた。
全く同じ事に変わりは無いのだが、問題は『場所』と『物』である。この後に必要になってくるのは、風呂と砂嵐の出るテレビと刃物と隠れ場所。言うまでもないと思うがここは山の中。刃物は碧花が持ってるとして、テレビと風呂と隠れ場所は何処だ。そんなものがこんな廃墟しかない山にある訳無いだろう。
勿論、代用出来ない事はない。俺も風呂はシャワー室で代用した事がある。だから山も、水場を探せばいい。
じゃあテレビは?
隠れ場所は?
最悪、隠れる場所もここにすれば一つは解決するが、テレビがどうしようもない。幾ら誰も彼も消えてしまったと言ったって、他人の家に押し入る馬鹿が何処に居る。鍵は何かの間違いでもない限り開いてないだろうから、必然的に押し入る事になるし、それは俺達が起こした影響。オミカドサマを封印したって、たとえば硝子を割っていたなら、割れたままだ。
その問題をどうにか解決しない事には緋々巡りは始められない。だから一旦、出来る所までやろうと思い、振り返るのを中断したのである。
「……そう言えばさ、気にならない?」
蝋人形をぼんやり見ていた碧花が、にわかに呟いた。
「何がだ?」
「オミカドサマは千年以上前の怪異。なのに始め方は一人かくれんぼと全く同じ。昔はさ……テレビなんか無かったよね?」
「―――あ」
そう言えば、そうか。数千年以上前にテレビが存在していたらとんだオーバーテクノロジーだ。ではテレビも代用が利くという事だろうか。代用品って……何だ? 一人かくれんぼを行う際、その手順について一々考察している様な俺ではない。テレビに何の役目があるかなど知った事か。
なので調べる。携帯で。
「やめた方が良いよ」
俺が携帯を取り出した瞬間、こちらに背を向けている筈の碧花が見もせずにそれを制止した。
「何でだ?」
「実はこの騒動に巻き込まれた直後、警察を呼ぼうかとも思ったんだけどね。携帯が通じないんだ。信じないなら試してみたっていいよ。絶対に繋がらないから」
ここまで非現実的な世界に居ると、自分の目で見たものすら信じられないが、見た事すら無いものはそれ以上に信じられない。滅多に携帯の電源を落とさないから、横のボタンを押せば直ぐに起動する……筈だった。
「あれ?」
碧花の発言は正しかった。電池とか一切関係なく電源が入らない。オミカドサマが出現する前は普通に使えた筈なので、これも神通力の影響なのだろうか。
「一応聞いておくけど、お前、テレビの代用品って分かるか?」
「知らないよ」
だろうとは思った。この事を疑問として最初に投げかけてきたのは彼女だから、知っている筈がない。もしも知っていてこの流れを作ったのならとんだ性悪女だが。俺は碧花の美しさを知っている。彼女が性悪など、天地がひっくり返ってもあり得ない。
高嶺の花に相応しく、その芯は強く、その内面はとても澄んでいる。そんな彼女でなければ、学年問わずモテるなんて、俺だったら涎を垂らすレベルの芸当は出来ない。もっとも、俺と違い幾らか俗世間から離れている気のある彼女は、一ミリの興味も無いらしいが。
「ただ、儀式である以上、それが何らかの霊的な意味を持つのは間違いない。そもそもテレビがオリジナルなんて誰も言っていないしね」
「……ああ、そっか。俺達からすればオリジナルでも、時代の観点から見れば」
「私達が知らない方がオリジナルという事になる。だが、困ったね。私とて成績優秀の自覚はあるが、そこまで行くと最早専門分野だ。その専門分野を簡単に知る事が出来るのが私達の時代―――情報社会な訳だが、今の私達はその情報から隔離されている。これはいよいよ専門家に聞くしかないね」
「……それはいいんだけど、何かお前楽しそうだな?」
「え、そう見えるかい?」
「ああ。何か凄くウキウキしてるように見えるよ。違うんだったら俺の目が腐ってるってだけの話だが」
碧花は一度目を閉じて、己の内側に意識を集中。暫くすると、開き直った様に微笑んだ。
「―――そうだね。楽しいよ。まるで君と初めて会った時の再現をしているみたいで……胸が高鳴って仕方がない。この状況で、君と一緒にいる事に」
心なしかこちらを見つめる彼女の瞳には色気があった。惑わされてはたまらないので、咄嗟に視線を逸らし、誤魔化す。
「まあ、それは俺も同じ気持ちだよ。二度と関わるかって思ってたんだけど……人生って分からないもんだな。なあ、所で碧花。怪異の専門家に知り合いって居るか?」
「居る訳ないだろ。そんな分かり切った事をどうして今更……待ってくれよ。居ない事もない。本当に知り合い程度の関係だけど。君は?」
「萌と由利が正にそれだが、囚われてるんじゃあな。ふむ―――一人くらいだなあ」
隠す必要もないので言うが、それは西園寺部長の事である。先代オカルト部長の彼は、オミカドサマに囚われている事実がある時点で、怪異の専門家と言える。
問題は今、彼が何処に居るのかさっぱり分からないという点だ。どんな便利な物も、使い方を知らなきゃ不便。それと同様に、専門家を知っていても、呼べないんじゃ対処のしようがない。俺と碧花は揃って溜息を吐いた。
「あーもう! 悩んでたって仕方ねえよ! 取り敢えず出来る所までやっちまおう! 大体これテレビの代用の話だったろ? 手付ける前から全部の見通し立てようと思ったら日が暮れちまう。今出来る所までさっさとやるぞ!」
「いや、それは無理じゃないかな。赤い糸が無いんじゃ魂の入れようが―――」
「そうやって問題点ばっかり指摘してたら何時まで経っても始められねえよ! ほら選ぶぞ碧花ッ」
「やれやれ、君もせっかちだね―――」
せっかちで結構だよ、と言いつつ、最前列の蝋人形の手を無造作に掴む。この時、俺は碧花の方を振り返っていた。
「ミーツケタ」
だから掴まれるまで気付けなかった。この部屋に収められた何十体もの蝋人形が『生きている』事に。
俺達は気付くべきだったのだ。横穴にも、この部屋にも。御札や結界の類が何一つとして存在しない。そういう場所は例外なく怪異の影響を受けるのだと―――過去の経験から、痛い程理解していたのに。
「…………は?」
振り返ったその時には、半ば手遅れの様な状態になっていた。俺の手は蝋人形の内側へと吸い込まれ、そのまま徐々に俺の身体を呑み込み始めたのだから。
深夜にもう一回やるかもしれないけど。やらなかったらワルフラーンとかを明日投稿する為に書いてるから御堪忍を。




