オミカドサマの言う通り 後編
扉の先にあった部屋は、ハッキリ言って不気味だった。少女の形をした人形が部屋の隅から隅までびっしり並んでおり、そのどれもが扉に向かって光の無い双眸を向けていた。人から注目を浴びるのに悪い気分はしないが、どれもこれも生気の無い視線だから、今回は例外とさせていただく。
「何だ……こりゃ」
もっとこう、書物が山積みになっている様な部屋を想像していただけに余計インパクトが強い。俺が想像していたよりも部屋はずっと広いし、俺が想像していたよりも埃も酷い。何もかも想定外なのは、俺の想像力が欠落しているからだろうか。
「何処見てるんだい? 横にちゃんと書物があるだろう?」
「え、あ…………すまん。いやでも、人形がたくさんありすぎて……しかもリアルだし」
日本人形とか西洋人形とか、そういう次元の話じゃない。あまりにもリアルすぎる。実際の人間を使ったのかと思ってしまうくらいリアルだ。偽物だろうと頭では考える反面、もしも本物だったらと考えてしまい、触る事が出来ない。彼女の言う通り、この部屋の中では比較的安全な書物を手に取る事にした。
『緋々巡りについて
この儀式を行う前に、まずは禁止事項を述べたいと思う。
・この儀式はオミカドサマを半永久的に封じ込めるものであり、悪戯で行ってはならない。
・この儀式には確実な効果が見込めるが、その際、実際の人間を使ってはならない。
・この儀式には呪術の一種であり、解呪方法も存在するが、それを第三者に知られてはいけない。
以上の事を踏まえた上で、改めて次項にて説明しようと思う』
「……やけに念入りだな」
こんな呪術誰もやりたがらないだろうに。どうしてここまで念入りなのだろうか。それに書物自体は結構古めなのに、書いてある文字がやけに真新しい気がする。書き写しなのかもしれない。
『御帝様の起源は数千年以上前に密やかに信仰されていた神への人身御供から始まる。その名は碧。この娘は村全体から求婚を受ける程の見目麗しい娘で、それが神の目に留まったから人身御供になったとも、あまりに美しかったが故に村中の男性から強姦を受け、その苦しみに耐えかね自ら志願したとも言われている。
真偽は不明だが、『御帝様』が誕生したのはこの瞬間に違いない。以降一〇〇年以上、ここを切っ掛けとしなければ起こり得ない出来事が起こり過ぎている。間違いないであろう。
しかし気になる事がある。九〇〇年程前に『御帝様』は確かに一度封印されている。ならば、誰が何のために封印を解いた。
碧という娘がどうして人身御供に選ばれたかは不明だが、一つはっきりしている事がある。それは、碧という娘は友達が一人も居なかったという事だ。娯楽の一つさえ知らなかったという事だ。如何せん時代が古すぎて、彼女の生活環境を知る術は無いが、『御帝様』となった彼女が遊び相手を求めているのは、そのような理由からである。
彼女は気にいった遊び道具を手に入れる為に、誰かになり替わる事も構わない。誰かを殺す事さえ躊躇しない。まだ年端も行かぬ頃に人身御供にされ、そして神通力を手に入れてしまった彼女には理性がない。自分の欲望のままに動き、ひたすらに欲望を満たす。碧という名前すら忘れてしまっても、彼女は自分のしたい事を、生前の鬱憤を晴らすかの様に行う。
それが『御帝様』改め『オミカドサマ』。そんな彼女にはまともな手段は通用しない。たとえ殺したとしても、それは一時的に相手を恐怖から解放する事で、次の恐怖をより密なものにするという悪趣味に繋がっている。オミカドサマに有効な手段は、封印しかない。だからこそ、今の今まで、オミカドサマは嘘っぱちの神話、土着信仰の一種だと信じられてきた。それが現実である筈がないと、今まで言われてきた―――』
何かおかしい。この書物。少なくとも古い人が書いたものでは無さそうだ。もしも古い人が書いていたのなら、いや、書ける余裕があったのなら。その時既にオミカドサマは封印されているという事だ。書くにしても、『もしもこの封印が解かれた場合』とか。言い方ってものがある。この言い方では、まるで現在か、直近の過去の話ではないか。後、やはり文字が新しい。もしかしてガワだけ変えたのか……?
それに偶然だろうか、碧という娘が人身御供となったって。
…………偶然、か。
千年以上も間が空けばそういう事だってあるだろう。碧花の方をチラリと見たが、様子に変化は無い。これ以降、書物には長々と誰が解いたのかという考察が広がっているので、ページを飛ばす。俺はオミカドサマの重要な情報とやらを知りたいだけ、言い換えると封印方法や、誰かが連れ去られた場合の対処法などが見たいのだ。別に考察が見たい訳じゃない。
『長々と話したが、そろそろ緋々巡りについて語ろうと思う。最初の項にて実際の人間を使ってはならないと記したが、使うのは人形だ。人間そっくりの人形。用意出来るなら蝋人形、出来ないなら死体でも構わない。ただし死体を使う際は、迅速に行わなくては腐ってしまう。そうなれば確実に失敗してしまうので、注意しよう。
人形の用意をしたらその人形に魂を吹き込む準備をする。蛇足だが、この方法は後に一人かくれんぼと呼ばれる降霊術にも転用されている。魂を吹き込むと言っても基本的には低級霊を依り代に縛り付けるのが本質故に仕方ないが、そちらもやる際は気を付けるべし。
人形が用意出来たら、次は―――』
これ以降の手順は俺も良く知る所にある。そう。一人かくれんぼと全く同じなのだ。だから手順など読まなくても、覚えている。俺と碧花が出会う切っ掛けになった遊びなのだから、忘れる筈があるまい。
その後も最後まで読み通したが、つまりこういう事らしい。
・西園寺部長の言う通り、緋々巡りは一生オミカドサマの遊び相手にする儀式。
・この儀式は、オミカドサマの遊び道具を探している性質を逆手に取ったもので、死体、または蝋人形に魂を吹き込み、それを遊び相手とする事で、封印するものである。
・失敗した場合、術者が遊び相手になってしまう。
・オミカドサマの神通力によって何らかの影響があった場合は、封印さえすれば、それらの影響は全て無効化される。
成程、合点がいった。つまりこの部屋に内蔵されている沢山の人形は、緋々巡りに使用する為の人形という事か。総数を正確には把握していないが、優に三〇体は超えている。一体どれだけの準備期間があれば、これだけ用意出来るのだろうか。
そして二人を助ける為の手段が分かった。二人が居なくなったのは神通力によって消されたからで―――つまり、オミカドサマを封印してしまえば、全て丸く収まると言う事だ。
「……マジかよ」
大事に巻き込まれた様な気分になって、俺は思わず息を呑んだ。




