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黒幕系彼女が俺を離してくれない  作者: 氷雨 ユータ
CASE2

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スレスレの攻防

 他の作品が遅れていますが、別に停止している訳ではありません。

 ウォーターコースターについて説明すると、ジェットコースターに水が使われているバージョン。


 …………。


 これ以上の説明が要るだろうか。フリーフォールであれだけの思いをしたのに、何だって俺がジェットコースターに乗らなければならないのか。

 水を使われていようが何だろうが、コースターはコースターだ。速度はゆっくりだが、コースターはコースターだ。あの不安定さが俺にはたまらなく怖い。だがたまらなく怖いのは、ウォーターコースターの行くコースだ。コースの殆どは明るく、明らかに速度が乗る所と乗らない所があるが、一部は洞窟を模して造られたトンネルに完全に隠されており、それが判然としない。いや…………そうとも言えなくはない。洞窟の出口側の角度を見ればどうなっているのかは大体わかる。

 


 ……正直に言おう。あれ自体は怖いとはいえ、スリルとして楽しめる部類だ。それでも俺に余裕がないのは、さっき蓄積した吐き気が未だに残っているからである。恐れているのも正確には速度ではない。あのトンネルの中で吐けるかどうか、という不安である。


 アトラクションの中で吐くな、というのは尤もな話だが、マジで無理。うん。もう喉元の辺りまで来てるのに、これを耐え抜くなんて無茶は言わないでもらいたい。バレなければ犯罪じゃないと。何処かのお偉いさんが言っていた。けどそんな事を言うお偉いさんは、大抵捕まって破滅している。信じるべきか否か、俺は迷った。

 それから五分後の事だ。一旦トイレに行けばいいのではないかという、極々当たり前の発想に辿り着いたのは。

 幸い、行列は出来ている。灯李に並んでいてもらえば、何の問題も無い。

「えー? トイレに行くの?」

「わ、悪い! 実は今日、緊張しちゃって! 直ぐ戻ってくるから、ほんとごめん!」

「十分経って来なかったら、私帰るからね!」

「分かった分かった! 絶対に帰ってくるからッ」

 吐きたければトイレに行く。こんな当たり前の事にも気付けないなんて、相当俺は疲れているらしい。トイレに駆け込んだ俺が便器に口を向けた瞬間、解放の時を待ちわびていたと言わんばかりに吐瀉物が便器の水面に広がった。

「おおう……おおおおええええええええええええええごほッ! がはッ!」

 吐瀉物が過ぎ去って、喉が焼けたみたいに熱い。腹の中から一部の臓器がすっぽ抜けた気分だ。何かが無くなった事が明確に分かる。

「ああくっそ。デートとはこんなにも過酷なものだったのか……」

 俺は突然、彼女を持つクラスメイトの男子が凄い様に思えてきた。彼らがいつもいつもこんな苦労を味わっているのかと思うと、涙を流さずには居られない。あんなに教室では元気な男子が、きっと放課後やデート中は俺みたいになっているのだ。そうに違いない。そうだと言ってくれなければ俺はどうなる。

 癖でもないのに、独り言を漏らすくらい、俺は精神的に疲れていた。

「心霊スポットに行った方がマシだったよ……」

 あれはあれで奇妙な現象ばかり起きてとても怖かったが、それは精神的な疲労には直結しなかった。何というか、純粋な恐怖だったのだ。ところがこれは、精神的な疲労との合わせ技だ。あの時は俺の超絶的な不運、そしてあのスポットが本当に危険な場所だった事もあり、被害は尋常なものではなかったが、今回のデートに関しては俺の被害が尋常では無かった。

 余談だが、あの事件の後、あそこは全面的に立ち入りを禁止された。当然だが。

 気分も少しは良くなったので、俺は素早くトイレを出て、彼女の元へと向かう。行列があり得ない速度で解消されていなければ、まだ並んでいるだろう。十分は幾ら何でも経っていない筈だ。吐いてきて、戻っただけだし。

「遅ーい! もうすぐ出番来ちゃう所だったよー?」

「悪い悪い! さあ、乗ろうかッ」

 奇跡的な回転率でなかっただけ幸運だ。俺はホッとして、彼女が並んでくれていた場所に入る。割り込む様な形に見えるので、他の人からすると迷惑行為にも思えるかもしれない。

 遂に俺達の番が来た。このウォーターコースターは何十人と一斉に乗るタイプなので、俺達以外にも、前後の人物が乗る事になる。一番前は腰まで髪を伸ばした女性が一人で。その後ろからは同行者らしき男が、椅子越しに話しかけている。俺達は後ろから三番目の席だ。

「狩也君ってさ、好きなアトラクションとかある?」

「好きなアトラクション? あー…………ジェットコースターとかかな?」

 無論嘘だ。本当は迷路とかが好きで、あれは心の底から楽しめる数少ないアトラクションだ。だが格好良く見られたいので、嘘を吐いた。

 想った通り、灯李は嬉しそうに食いついてくれた。

「本当ッ!? 実は私も何だ! いやあ、仲良しの恋人って趣味が合うって聞くけど、私と狩也君、ばっちりだね!」

「そ、そうか? でも、そうだったら嬉しいな!」

「ふふふ、私も! あ、そうだ。灯也君は卒業したら何を目指すの? やっぱり公務員とか?」

 安全装置をつけて、遂に発車。水流に流される形でコースターが動き、俺達を激流の旅へと招待する。

 速度は遅いとは言っても、これはアトラクションであり、スリルを楽しむものだ。最初から最後まで緩やかな速度が続く訳ではない。

「え―――あ、ああ。そうだな! やっぱり年収とかって高い方がいいだろうし、ああ、そうさ。公務員だよ!」

 全く考えていなかっただろ、とか言わない。今は学生生活を楽しんでいるのだ。

「本当にッ! じゃあもし狩也君と結婚したら、将来も安泰だね♪」

「え…………ッ」

 結婚?

 結婚?

 





 ケッコン??????!???!?






 俺は言葉に詰まった。そう言えば将来の事とか全く考えていなかったが、そうか。いずれは俺も誰かと結婚しなければならない……いや、したくない人は独身を貫けばいいのだろう。俺はしたいのだ……のか。

 こんな事を言うと全国の結婚過激派に袋叩きを喰らいそうだから言いたくなかったが、夫婦なんて恋人の延長線だと思っていた。別枠としてわざわざ考える必要なんて無いと思っていた。

 そしてこの発言により、俺は結婚過激派に狙われる事となった。夜道には細心の注意を払わなくてはならないだろう。

「そ、そうだな」

「あれ、どうかしたの? 気分悪いの? 大丈夫?」

「大丈夫だよ……ちょっと、びっくりしただけだ。お前から、結婚の文字が出てきて」

「えー? 私だってちゃんとその辺りを考えて付き合ってるよ。将来も無い男と道連れなんて、私嫌だもん」

 コースターが揺れる。それはもう激しく。喋れない程では無かったが、舌を噛みそうだと思ったので俺は一旦沈黙し、体勢を整える。

「うおおおおおおお!」

 前方の方から男の声が聞こえた。一番前の女性に話しかけていた男だ。コースターに乗る前と状態が全く変わっていない所を見るに、どうやら前の男は、安全装置を外しているらしい。必要以上の揺れを受けて、よろめいていた。ああいうのがネットに挙がると炎上するのだろう。



 良い子は真似をしない様に。



 何て言うと、真似をしたがるのが人間の性だが。

 コースターは激流を抜け、遂にトンネルゾーンへ。ここは非常に暗く、肉眼ではまともに視界を通す事も出来ない。出口が見えないという時点で、出口付近は下り坂確定である。外から見た時も特に曲がってはいなかったし、まず間違いない。

「灯李。こ、怖いか?」

「全然! 狩也君は?」

「お、俺も大丈夫だ。むしろ楽しいくらいだよははははははは!」

 何も面白くない。むしろ携帯などが濡れて使えなくならないか心配になるが。特に貴重品を置けとも言われなかったので、持っていても問題ない設計なのだろう。コースターの側面は腰より高くなるように設計されている。通常のジェットコースターみたいに立体的な旋回をする事もない。ポケットに物を突っ込んでいて、外に出る可能性は非常に低いと言えるだろう。それこそ、落とそうと思わなければ落ちない筈だ。そしてそんな奴は居ない。

 こういう暗所も、恐らく暗視カメラで見ているだろうから、悪意の人物が居たとしても営業妨害だか何だかで取り締まられるだろう。法律とかは詳しくないので良く分からない。

 俺の思った通り、トンネルの出口までは下り坂になっていた。それなりの速度でコースターが滑り落ちて、旋回。後はゆっくりと進んで行って、元の場所だ。

「あー楽しかった! じゃあ今度はあれ行こッ!」

「え? いやあの、そろそろ昼食を……だな」

「行こッ!」

「………………ああ」

 時刻的にも丁度良い時刻であるが、灯李はまるで俺の知らない内に昼食を摂ったのかと疑うくらい、元気だった。

 俺は空腹を訴える食欲を意識で抑え付けて、彼女が満足するまで付き合う事に決めた。この分だと、多分昼食の機会は無い。  
















 本当に食べない奴があるか。

 心の中で吐かれた悪態とは裏腹に、俺は笑顔を浮かべて言った。

「今日は楽しかったな!」

「ほんと! やっぱり私達って、相性抜群なのかもね!」

 六時に待ち合わせて、現在時刻は一七時半。ほぼ半日遊んだ事になる。何も食べていない事もあり、俺は一日中勉強をした様なべっとりとした疲労感に襲われた。

「あ、連絡先の交換しとく?」

「おう…………しとくしとく」

 嬉しい筈なのに、舞い踊るべき事柄なのに、疲労感は全てを虚無に帰す。本当に嬉しいと思った事でさえ、俺にはこのくらいの反応が精一杯だった。携帯を振って友達として追加。碧花以外の友人が新たに登録される。

「じゃあまたいつかね!」

「おう…………あ、所でお前、ここの近所に住んでる訳じゃないんだよな? 一人で大丈夫か?」

「大丈夫! 友達が送ってくれるから。それじゃ、ばいばい!」

 灯李は名前に違わぬ明るさを保ったまま、夕焼けの照らす道路を歩いて行った。彼女の背中が見えなくなった頃、俺は反対方向に歩き出してから、訳もなく座り込んだ。

 疲れた。

 何というか今は、何をするでもなく泥の様に眠りたい。そんな気分だった。何気なく携帯に目をやっていると、不意に着信が入る。

 碧花だった。

「はい。もしもし」

「もしもし。大分疲れているみたいだね」

 正解。

「今日はふざけないんだな」

「確かに、『お電話ありがとうございます、こちら救急センターです。事故ですか、殺人ですか』って聞こうとしたけどね。君の事だから馬鹿みたいに疲れてるんじゃないかと思っただけさ。まだデートの最中?」

「いいや、終わったよ。何だ、からかう為の電話か?」

「違う違う。結果に興味があってね。ご飯は私が奢るから付き合ってくれないかな。夕食に」

「……でも俺。この辺りに土地勘なんて無いぞ」




「大丈夫だよ。私にはあるから」




 耳元からも聞こえたし、その声は背後からも聞こえた。驚いて振り返ると、携帯を耳に当てた碧花が、相も変わらぬ澄ました表情で立っていた。

 三日以内です。

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