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黒幕系彼女が俺を離してくれない  作者: 氷雨 ユータ
CASE7

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195/332

ファースト・ブラッド

 強い! 絶対に強い!

 目の前の碧花は確かに本物である。偽物は夥しい量の血と共に地に伏した。もう二度と起き上がる事はない。

 問題は、本物の筈の碧花の行動が、まるで偽物を見ているみたいに信じられない事だった。

「何やってるって、お化け退治だけど」

「そうじゃねえよ! そんな躊躇なく喉にナイフを……ってか、血出てるし!」

「所詮は虚実の世界だ。優しい君に言っても仕方ないが、相手はこちらを殺しに来てる。こっちも殺しに行くぐらいの覚悟が無いと、生き残れないよ」

 普段と全く変わらないその様子に、俺は安堵と恐怖を同時に覚えた。矛盾したこの感情には、本物の碧花に出会えたという想いと、殺人(相手が人かどうかはこの際置いておく)を犯しておきながらケロリとしている彼女が怖いという想いが含まれている。

 どうしてそこまで冷静で居られるのか。西園寺部長という助けを得た事で心に余裕が生まれたとされる俺も、今みたいに激情に駆られる事はあるのに。碧花はまるで殺人など日常のありふれた景色だと言わんばかりに、平然としている。  

「さっきも言ったけど、この化け物の言う事は全くの出鱈目だ。信じちゃいけない。分かったね?」

 彼女の言う事が本当だったとしても、オミカドサマは碧花に変装したのは事実で、それはそこの死体が証明している。加えてあそこまで淡々と処理されては、口止めを目の前で行った様に見えても、仕方ない。

「……お前とオミカドサマって、どんな関係なんだ?」

「関係ないよ。何も」

 飽くまで彼女は無実を主張している。彼女を好きになった男として、それを信じるべきか疑うべきか。答えは容易に出せそうもない。

「……信じて良いんだな?」

「それは君に任せる……と言いたい所だけど、君に疑われるのはどうも良い気分はしないな。信じてくれるなら、その方が嬉しい」

 やはり偽物と違ってそうそう表情は変わらない。仏頂面のまま、碧花は返してきた。前後の状況の生で、とても冷淡なイメージを受けるが、その手にはタオルが握られていて、こうして問答している間も、必死に俺の顔や体を拭いてくれている。お蔭で瞬く間にタオルが真っ赤に染まった。

「目瞑って」

「あ、すまん」

「……それで、結局私の事は信じてくれる?」

「信じないつったらどうするんだ?」

 碧花の手が一旦止まる。瞳が下に動いてから、動作が再開する。

「どうするもこうするも無いよ。君に迷惑を掛けるつもりはない。君の目の前から居なくなるだけさ」

 やはり淡々としている。一人の人間としては不自然なくらい。ついさっきこの様子を俺は『冷静』と捉えたが、直前の発言の瞬間に垣間見えた表情が、その認識を変えた。



「……なあ碧花。もしかしてお前、『怖い』のか?」



 再び彼女の手が止まった。タオルを除けて表情を窺うと、見事に驚愕で顔が凍り付いている。「どうして分かった」と言わんばかりに、目がこれ以上ないくらい見開かれている。

「………………どうして、そう思うの」

「分からん。分からないけど、ついさっき見えたお前の顔が、何かを恐れている様に見えた。お前は何に怖がってるんだ? 『友達』だろ? 俺に……教えてくれないか?」

 オミカドサマが稀代の大嘘吐きだったとしても、あの子―――碧花の事を何も知らないという言葉は、嘘ではない。俺が保証する。確かに俺は、彼女と長く過ごしていながら、何も知らない。

 親とはいつまで経っても遭遇しないし、好きなものも、嫌いなものも全ては知らない。交際経験が無いのは知ってるが、どんな男性がタイプかも知らない。俺と出会う以前はどんな事をしていたのかも知らない。知る意味が無かったから聞かなかったし、彼女も聞かれなかったから言わなかった。

 疑っている訳ではなく、単純に知りたかった。彼女の事を。俺は恋人でも何でもないが、『友達』だ。それくらい知っていたって、当然だろう。

 互いの瞳をじっと見つめる時間が続く。綺麗な漆黒色だ。深淵色と言い換えてもいい。底なしの闇が光を呑み込み続けている。覗き込めば覗き込む程、彼女に囚われている様な気さえしてきた。

 そんな時間が五分。碧花はようやく折れて、鉄仮面の下に隠された心情を吐露した。

「……そう、だね。君の言う通り、私は恐れている。ただそれは、お化けに殺されるかもみたいな、安っぽい危惧じゃない。私は―――君を喪うのが怖いんだ」

「俺、を?」

「こんな事を言うと恥ずかしいのだけれど……私は、君の傍に居る時が一番安心出来る。だから怖い。お化けに君を殺されたら。お化けに君が誑かされたら。それがどうしようもなく、怖い」

「―――そう言えばお前は、どうしてここに来たんだ?」

「三十分くらい前かな。とある人が私の所に来て、君が危ないと教えてくれたんだ。それで……色々事情を聞いてね。外がおかしな事になってるものだから、走ってきた。ここに行けとは言われてないけど……この山は、重要な場所だからね」

「重要な場所って、どういう事だよ」

「オミカドサマのネタは、もし君が二度目の肝試しをした場合に備えて、予めて仕入れていたんだ。この山には、オミカドサマに関わる情報が眠ってる。幾つかある当ての一つに行くだけの気持ちだったんだけど、運が良かったね」

 良かった……か。出来れば、もう少し遅く来てくれた方が良かった。ペテンにしろ真実にしろ、オミカドサマから情報が得られただろうから。碧花には悪いが、殺してくれたのは余計だと思ってる。初めて返り血を浴びたし、別に初めてとか関係なく、生暖かい(今は冷えてるが)血が肌に纏わりついて気持ち悪い。気持ち的には今すぐにでもシャワーに入りたかった。

「……ごめんね、狩也君。君に返り血なんて、浴びせたくなかったよ」

 碧花はそれだけ言って、再び俺の身体を拭き始める。俺から話題を振らない限り、彼女は献身的と言ってもいいくらい、念入りに身体を拭いてくれた。

「良し。これで綺麗になったね」

「あ、有難う」

「お礼なんていいよ。元はと言えばそこのお化けが悪いんだから。じゃ、君の友達二人を探そうか」



 …………え?



 座敷を出て行こうとする碧花を、俺はすんでの所で引き留めた。

「何でお前が由利と萌が攫われた事知ってんだよッ!」

 事の発端は二人が攫われたからであるが、それを部外者の碧花が知る道理は無い筈である。うっかり本当の事を漏らしたとも取れるが、極めて冷静に彼女は返答した。

「私が君の交友関係を把握していないとでも? 君が自分の為に奔走するなんてテストの単位が落ちそうとか、そんなでもない限りあり得ない。となれば君の友人が危機に瀕していると考えるのが普通だ。違うかい?」

「お……おう。よく分かってらっしゃる様で……」

「君の事なら何でもお見通しだよ。『トモダチ』としてこれまで長く付き合って来たじゃないか」

 非常に優しい声音でそう答えて、もう一度座敷から出て行こうとする。それでも俺が手を離さなかったので、怪訝に思って碧花が振り返る。

「離してくれないと歩けないのだけど」

「いや、歩かなくていい。碧花、ちょっと来い」

「何で?」

「いいから!」

 強引に彼女の手を引っ張ってから、その身体を抱きしめる様に受け止める。タオルを強奪すると、彼女に掛からない位置で雑巾よろしく絞り始める。赤い液体が水滴となって地面に零れた。

「……狩也君?」

 タオルを広げて、表面を触る。まだ濡れているので、もう一度。今度こそ、完全に水気は抜けきったが……水気が抜けたからと言って、色まで抜けるとは限らない。タオルは真っ赤なままで、正直使い物にならない。

「あー……」

 端っこは綺麗だが、これで吹き切れるかは微妙だ。

「私、居る意味あるかな」

「ある! 絶対にある! ちょっと待って―――ああ、もういいや。すまん碧花。ちょっと目瞑ってろ」

「え?」

 可能な限り綺麗な場所を当てて、俺は返り血で汚れた彼女の顔を拭き始めた。

「ん…………んッ?」




「お前が返り血浴びたままなんて駄目だ。せっかく綺麗な顔なのに…………」





 正直少し痛いかもしれない。他人の顔を拭くので加減が分からないのだ。碧花は文句一つ言わないが、特に頬の辺りを拭いた時なんか、加減を間違えたかもしれない。

「…………ふ。ふふ」

「あー笑うなって。ていうか何見て笑ってんだよ。目瞑ってんだろ」

「いや、ごめん。ただ―――しくって」

 首藤狩也は聞いていない。顔を拭くのに必死なのである。

「ちょいと口閉じてくれ。口周りも動かすなよ? もう綺麗な場所そんなに無いんだから」

 喋る事も首肯も行わず、只黙する。


 それが何よりの、肯定の意。

 


 気づかせたいは次回という事で。

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