お互いの役回り
西園寺部長を疑う道理は無いのだが、彼が偽物である道理が無い訳でもない。取り敢えず先導してもらいながら、俺はどうして彼がここに居るのかを尋ねる事にした。
「西園寺部長はどうしてここに?」
「ん。よくぞ聞いてくれたね。後で話すと言ったし、ここで話さないとタイミングを失ってしまいそうだから、話すよ。その前に……事情が立て込んでるから、まずは君の方の事情を教えてくれ」
「あ、はい。って言ってもよく分かってないんですけどね。蝋燭歩きって言うのを調査しようって思ったら、知り合いが二人消えてて、代わりに小さな女の子が居て。遊ぼうって言われたんで拒否したら、消えちゃって」
「…………説明下手だね」
「ほっといてくださいよ」
国語力を俺に求めないで欲しい。十分くらい考えさせてくれれば言葉も纏められるが、そんな暇もあるまい。ありのままを説明しろと言われたら、そりゃ一から十まで、たとえ無駄だったとしても説明してしまう。
「まあいいよ。まずその女の子の事だけど。それはオミカドサマだね」
「…………オミカドって、確か西園寺部長が―――」
「うん。ちゃんと彼から聞いてるみたいだね。その通り、俺があそこに囚われる原因を作った人物……いや、人じゃないね。元凶だ」
あれのせいで西園寺部長は囚われてしまい、那峰先輩は病弱になってしまった。その存在は前々から確認されていたとはいえ、これまで対面する機会も無かったから何とも思っていなかったが。そんなヤバい奴だったのか。
そんなラスボスみたいなヤバい奴に付き纏われる場合は、大概こちらに原因があるからそうなっているのだが、ここ最近は立ち入り禁止の場所はおろか、不穏な場所には足を踏み入れていない。俺が付き纏われる理由なんて、皆目見当も付かない。
気になる発言はあったが。
「何でそんな奴が俺の所に……いよいよ俺にも『首狩り』の刃が向いたのかよ」
「いやあ、それはどうだか知らないけれど。心当たりはあるのかな?」
「心当たりはなくも無いです。えっと―――」
立ち去る寸前、オミカドサマは言っていた。
『ずっと、あの子とアソンデばっかり。アソボウ、アソボウ? 緋々巡り、しよ』
二人が消えた衝撃で追及しなかったが、『あの子』とは誰だ。それに緋々巡りとは何なのか。疑問をぶつけて、唯一答えられそうなのは目の前の西園寺部長くらいなので、思った事を素直にぶつけてみる。
「緋々巡りって何ですか?」
その単語を聞いた瞬間、西園寺部長の足が止まった。
「……懐かしい単語だね。オミカドサマがそう言ったんだ」
「ええ、言ってました。何かの、儀式ですか?」
「ああ。一人かくれんぼが元々オミカドサマを鎮める為の儀式だってのは知ってるかな。緋々巡りって言うのは、それの上位互換みたいなものだ」
上位互換と言われても要領を得ない。暫く黙っていると、勝手に話が繋がった。
「オミカドサマは遊ぶ事が大好きな存在でね。親でもない俺や君に言って実感は湧かないだろうけど、子供はたくさん遊んだら疲れて寝るでしょ? それが一人かくれんぼ」
「じゃあ……緋々巡りは?」
「誰も何もしなければ永遠に封印出来る儀式の事だね。ただし、それを行った人物はオミカドサマの隣から離れられなくなる」
…………実質的な人身御供という訳か。
あの恐ろしい少女の傍を一生離れられないのかと思うと、気味の悪い悪寒が全身を蠢いた。あれは人であって人じゃない。口内からこちらを見つめてきた瞳は、幻ではなく紛れもない本物だった。名称など思いつきそうもないので、強いて言えばオミカドサマはヒトモドキ。恐らくこちらの警戒心を緩める為に人っぽい姿になっているとか、そういう事なのだろう。
掌に滲んだ汗が、やけに強く感じた。
「要するに、一生遊び相手になってあげる儀式の事だね。オミカドサマがそれだけ伝えて情報を隠したのなら、かなり性質が悪いよ」
「どうしてですか?」
「多分、何の情報も待たない君の心が折れた頃にやり方を教えて、実行させるつもりだったんじゃないかな。目の前に現れたくらいなら、よっぽど気にいられてるみたいだしね」
実際どうだったかはさておいて、そうだとしたら確かに悪質である。聞かれなかったから言われなかったとでも言い逃れするつもりだったのだろうか。いや、そもそもあの時、俺は金縛りに遭っていて動けなかった。聞く事すら許されていなかった。
西園寺部長とこうして再会出来なかったらと思うと、ゾッとする。俺はもしかして……九死に一生を得たのだろうか。
「あ、そう言えば何で西園寺部長がここに居るんですか?」
「お、話が逸れてたから忘れてたよ。まあ関連付けられるから丁度良いね。俺がここにいる答えは単純明快。オミカドサマがこっちに居るからだ」
「…………どういう事ですか?」
「俺は彼女に囚われてる。緋々巡りの前の標的って言ったら分かるかな」
「前の標的ですか。……えッ、ちょっと待って下さい。じゃあ西園寺部長はどうやって免れたんですか?」
突如として得た回答は天啓と言う。一度言い切ってから、続けて俺は言った。
「……まさか、あれですか。俺に興味が移っちゃったから、結果的に免れたとか」
まさかも何も、そうとしか考えようが無かった。西園寺部長は意外そうに眼を細めた後、こちらの発想に感心したかの様に手を広げた。
「そういう事になるね」
「いやいやいや! 何あっさりと言ってるんですかッ。じゃあ俺が狙われたのって西園寺部長のせいじゃないですかッ!」
「何て事言うんだ。俺だって可愛い部員残して一生遊ぶなんて嫌だからね。有難う、君とは違う原因を考えていたんだけど、そういう事ならお礼を言っておくよ」
「かえって嫌味だかんなッ? で、違う原因って?」
「隣から離れられなくなるって言っても、個室に監禁される訳じゃない。要は遊びに乗っかりさえしなければいいんだ。遊びってのは両者の合意が無いと始められないからね」
容易く言ってのけるが、果たしてそれが常人に可能なのか。オカルト部部長というだけで、そいつはもう常人じゃない。クオン部長は異常なまでに喧嘩が強かったし、この人は自分が囚われているという現状を理解した上で、全く動じていない。
普通の状態で考えてみよう。正体不明の犯罪集団に拉致監禁を受けて動揺しない奴が居るだろうか。訓練された軍人であればこの限りではないが、民間人ならばあり得ないだろう。
だってそんな経験が無い。世の中慣れだ。慣れが無いと全てが恐ろしく感じる。キスや性行為も、初めての時はドキドキしただろう。俺はした事ないけど。
「まあどちらにしても、だ。俺だって戻りたいし、その為に手を貸すんだからチャラにしてくれよ。取り敢えず手掛かりを探りに行こうか。先客も居るだろうし」
「先客? それに手掛かりなんて、一体何処に向かうつもりですか?」
「山の上にある廃墟だよ。心霊スポットとして有名なのは、流石に君でも知ってるだろう。まずはそこで、合流しようか。さてさて、碧花ちゃんの方の調査は進んでると良いけど」
引き続き先導する形で西園寺部長はすたすたと歩いていく。
「碧花ちゃん!?」
眠い。