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恋愛遊戯は手遊びの様に

 遊園地回はまだ続きます。いや、十話も二十話もやりませんよ。

 道中に問題こそあったが、多分この子は良い子に違いないと、俺の中の人格がそう囁いた。とてもじゃないが俺を大事にしてくれているとは、今までの行動を見れば思えないが、もう何でもいい。灯李は遊園地に入ってからというもの、その良識知らずというか常識の範囲に無い行動をすっかり潜ませた。

「キャー! 目が廻っちゃう~」

 コーヒーカップで一緒に回っていると、それが良く分かる。彼女は普通の女性だ。楽しい事は楽しく、面倒な事はとことん嫌う至って普通の女性だ。道中の非常識さも、俺が彼女を持っていないからそう感じただけで、普通のデートというものはああいう感じなのだろう。

 所で俺は酔いに強い体質では無かった。コーヒーカップから降りた後、俺の体内から込み上げてきたものは興奮ではなく、とてつもない吐き気だった。

「あー楽しかった! ね、狩也君もそう思うよね?」

「お…………おぅ…………そ、そうだな」

 しかし男としての矜持から、俺は吐き気を根性だけで抑え込み、無理やり笑顔を作った。人がどんな人をカッコイイと思うかは千差万別だが、どんな女子も目の前で嘔吐する男をカッコイイとは思うまい。一番マシで何も思わない、次に幻滅するのではないだろうか。目の前の女性が碧花だったら恐らく前者だが、前者の時点で大分希少というか、まず殆どの女子は幻滅するだろう。

 これが友人関係であればまだいい。笑い話にもなる。だが、俺は灯李を異性として意識しているし、灯李もラブレターを送ってきたくらいだから俺を異性として意識している。そんな状態で幻滅されてみろ、友人として関係が続けばいい方だ。最悪、悪い噂を流されるだけ流されて、絶交される。只でさえ俺は超絶的な不運から友達が出来ないのに、そんな事が起きれば今後一切のコミュニケーションが絶望的だ。碧花以外。

 俺のやせ我慢は彼女に悟られなかった様だ。灯李は俺の手を引いて、次のアトラクションに向かう。

「今度はあれ行こっ!」

「お、おう……! い、いいな…………ぁうぷ!」

 次のアトラクションは上に昇った後に垂直落下する、フリーフォールと呼ばれる単調ながら純粋な怖さで言えばジェットコースターより上ではないかという噂もあるアトラクションだ。というのも、ジェットコースターは落下こそすれ、その後に続く変則的な動きに現実感が無く、慣れてしまえば怖くないという人が多い。だが垂直落下するフリーフォールは、まるでビルから投身したかの如き気分を味わうので、何度やっても慣れない。

 俺が。

 行列こそあったが、ジェットコースターに比べれば列も短い。奇跡的にも、三十分程度の待ち時間で乗る事が出来た。

―――人を飲んで人。人を飲んで人。人を飲んで人。

 安全装置が掛けられる。目の前で掌に『人』を書く姿を見られたらやはり幻滅されそうなので、俺は心の中で何度も人を呑み込んだ。呑み込み過ぎて、逆に吐きそうになる。喉の辺りが焼けた。胃液でも逆流してきたのか。

「狩也君、本当に楽しいと思ってる?」

「お、おお! 楽しいよ、うん! いい今から上がって、下りてくるんだよな! 楽しい!」

 徐々に遠ざかっていく地面。背中の方で聞こえる機械的な上昇音。下を見ると、こちらを見上げて手を振っている子供の姿が見える。そう言った要素が一層俺の恐怖心を煽った結果、段々と自分でも何を言っているか分からなくなってしまった。多少言語能力に問題が生まれても、今の俺にはそれを修正する気力すらない。

 恐怖を押し殺し、無理やり興奮するだけで精一杯だ。



 俺の座る椅子が、落ちた。



「きゃああああああああああああああああ~!」

「ガア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!」

 隣で、または俺以外から発せられる悲鳴と違い、俺のそれは正に断末魔の叫びだった。死の恐怖をこれだけ間近に感じたのは初めてだ。一瞬、本当に死ぬのではないかとすら思えた。

 アトラクションだからあり得ない。そう思える人間は羨ましい。あまり良いイメージの無い乗り物に乗って、どうしてポジティブな思考を持つ事が出来るというのか。俺には無理だった。

 今は安全装置が付いているが、もしも何らかの事故で落下時にこれが外れたらと思うと。

 または上昇しきった所で駆動部分が故障して。宙づりになったらと思うと。

 身体から震えが止まらなかった。少しでも恐怖を軽減しようと、隣に座っている灯李の手を掴もうとするが、彼女は完全に自分の世界に入っていた。安全装置をしっかりと掴んでいる手前、それを剥がすのもどうかと思い逡巡。二度目の落下が来た。

「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」

 楽しんでいる訳ではない。信じてもいない神に祈りを捧げながら、これが何事もなく終わる事を望んでいるだけだ。相変わらず、横に居る灯李は楽しそうである。

 やはりこれがデートである以上、積極的に距離を縮めるべきなのだろうが、俺にそれは出来なさそうだ。下手に声を掛けても彼女の高揚感をぶち壊してしまいそうだし、今はとにかく、自分が生きている事を願いながらこのアトラクションを終える……終わる事を願おう。

―――終わるよな?

 何故か、少し不安になった。











「見栄を張るからだよ、狩也君」

 フリーフォールに乗っている彼を撮影しながら、私は呆れた様に溜息を吐いた。遊園地自体には私と一緒に何度も足を運んでいるから、自分が何のアトラクションが苦手で何のアトラクションが好きかくらいは分かるだろうに。尽くすのは結構だけど、相手を間違えればその善意は奴隷のそれと大差ないよ。

 恐怖に歪む彼の顔も、それはそれで面白いからこうして動画に収めているけど、あんな調子でデートが終わるのかな。彼の事だから、きっと終わらせるんだろうけど。

 本当は発信機を彼の鞄に入れておきたかったんだけど、貴重品置き場に乗り込むのは流石に怪しいか。私はカメラを動かして、彼の隣で楽しむ女性に照準を合わせた。彼に三時間もの苦痛を味わわせて、彼女が男友達……いいや、元カレと一緒だったのを私は知っている。遊園地の近くにある喫茶店で文句一つ言わずに待つ彼を見ながら、談笑していたのを知っている。

「……まあ、今の内に精々楽しんでおく事だね。人の辛苦と引き換えに味わった快楽ドクは、既に君の身体を巡っているんだから」

 あの女性の性格からして、次に乗りたいアトラクションには予想が付いている。彼の負担などを抜きに考えれば、次は間違いなくあれに乗る筈だ。そろそろ二人が降りてきそうなので、一足先に私は動き出した。

「お嬢ちゃん、一人かい?」

 そんな私を呼びとめる声が、側面の方から聞こえた。立ち止まる筈もなく歩き続けると、その男は横歩きで並行しながら、執拗に声を掛け続けてくる。

「もし彼氏が居ないんだったら、俺と一緒に回らない? 俺、この遊園地の近くに住んでてさ、良くここに足を運ぶんだよね。どう?」

「悪いけど、時間が無い。後にしてくれ」

 遊園地で口説かれたなんて初めての経験だったけど、特に興味は無かった。横目でも分かるくらい、視線が私の胸に流れている。こういう俗物は、無視をした方が賢明なのさ。背後から聞こえる音から、もう二人はあのアトラクションを降りている。

「おーい、無視しないでくれよー。おーい―――」

「うるさいな」

 早足で歩いても並んでくる男が遂に鬱陶しくなった私は、男の足を払ってその場に尻餅を突かせる。声も出さずに男は驚いていたけど、一瞥もくれてやる程価値なんてない。私には時間が無いんだ。

「誰だか知らないけど、これ以上付き纏ってくるようなら然るべき対応をさせてもらうよ。付いてこないでくれ」

 男を置き去りにして、私は再度歩き出す。スタンガンでも持ってくればよかったかな。生憎、ナイフしか持ち合わせが無いんだけど。











 


 垂直落下のアトラクションの楽しさを、誰か教えてくれ。少なくとも俺には、人間の感覚を極限まで破壊する一種の拷問装置にしか見えないし分からない。同時に降りた灯李は、凄く楽しそうだった。

「やっぱり、フリーフォールっていいよね! 何かこう、落ちてるって感じがリアル!」

「ああ……そうだな」

 それが嫌なのだが。灯李がそう言うのならそういう事にしておこう。彼女の気分を損ねない為にも、同調は大事である。

「次はあれ! あれ行こうよ!」

「ええ……まだ行くのか? 昼食とか……さ。摂らなくていいのか?」

「全然全然! 私ぜーんぜんお腹空いてないし! 狩也君だってそうでしょ? さ、行こッ!」

 俺は既に、空腹状態だ。それに、可愛ければ何でも許せるとは言ったが。女性の笑顔で空腹は満たされない。

 最早歩く気力もない俺は、彼女に手を引いてもらわなければまともに足も動かせないのだった。何故って、そりゃあ彼女が向かおうとしている場所を察したからだ。大義名分も何もない俺が、一体どうして死地に赴かなければならないのか。それもたった今、奇跡的に生き延びたばかりだ。





 ウォーターコースターなんて行ったら、水中に嘔吐する自信がある。

今日は事情もあって、深夜も動きます。動かなければなりません。プライベートの話です。

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