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黒幕系彼女が俺を離してくれない  作者: 氷雨 ユータ
CASE7

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188/332

首狩り族の正体

 この辺から畳まないと一生終わらない。

 俺の悪い予感が外れた試しは……無くも無いが、かなり確率は高い方だ。そしてもっと言うなら、俺の悪い予感が外れたというのは、別に何も無かったという訳ではない。


 端的に言って、俺の予感以上の不運が起こる。


 つまり、どう転がっても先は闇。俺が予感を抱いたその時点で、御先は真っ暗なのである。トイレの中でそんな事を考えてもギャグでしかないが、経験則から言うとマジなのだ。俺が幸運を語っても信憑性は欠片も無いだろうが、不運を語るなら信憑性しかない。いや、信憑性など本来はあってはならないのだが。

 だって、信憑性があって、それを俺が信じるなら、俺は起こる不幸を傍観している事になる。そんなのまるで、被害に遭う人を見捨てているみたいで、嫌だ。信じたくない。信じたくないけれど、経験は全てを物語っている。

 ―――こりゃ、萌を何とか説得して、捜索を諦めるか?

 悪い予感さえしなければ調査をしても良かったのだが、どうも……これはまずそうだ。用を足し終えた頃と同時に、そう思った。スリルとかそういう問題じゃない。目の前に地雷原があると分かっているのに、わざわざそこを通り過ぎようとする者を止めない道理は無いだろう。


 再びドアノブを回し、外に出た時、家の様子が一変している事に気が付いた。


 まず、人の気配が無くなっている。気配なんて素人に感じ取れるものなのかと言われれば違うが、明らかに何もかも無くなった気がしたのだ。それとも天井灯の明かりが、今までは豆電球的に点いていたのに、何の前触れもなく、俺がトイレに入ってから全て消えたから、そう思えてならないだけか。

 ―――偶然?

 そう信じたい。行った時と同様、俺は足早に由利の部屋に戻っていく。気のせいだとは思うが、さっきよりも空気が冷え込んでいる気がした。

「いやあ遅くなって済まなかったな! なんせ外が寒かったもんで、ほら。便座が温かい……から」

 恐怖を悟られたくなくて、おどけた調子で語りつつ扉を開けた。しかし中に二人の姿は既に無い。部屋に取り付けられたカーテンが内側に靡いている。冷たい風が、俺の全身を撫でた。



「ねえ、まだアソビ足らないの?」



 代わりに部屋の中に侵入していたのは、真っ白い着物を着た、ノアと同年代くらいの女の子だった。

 それだけでも不審者という意味で怪しいが、あわせが左前になっている。死に装束だ。俺がトイレに籠っている間に起きた出来事を考えれば、この少女が只者でない事くらい、直ぐに察しがついた。

「君は……誰だ?」

 少女は笑うばかり。俺の問いに答える気は無いとみて良いだろう。質問を変えれば答えてくれるかもしれない。

「遊び足りないって、何の事だよ」

 俺がこうも冷静に話せているのは、今までの経験に加えて、目の前の少女が異形でも何でもないというのがある。只者じゃないのは分かるが、それはそれとして、見た目は普通の女の子だ。これにビビれと言う方が無理がある。

「第零階で由利と話したのは、君だったりするのか?」

「…………」

「―――遊び足りないって。もしかして、一人かくれんぼの事言ってるのか? 何で俺に聞くんだ? 俺の一人かくれんぼは終わった筈だろ」

 答えてくれない。核心を突いたつもりだったが、質問を変えた程度では答えてくれないのか。暫く沈黙していると、今度はあちらから口を開いた。

「アソボウよ、カリヤ」

「…………は?」

「ずっと、あの子とアソンデばっかり。アソボウ、アソボウ? 緋々巡り、しよ」

 口調こそ無邪気な子供の様だが、俺はこの時、目の前の少女を怖いと感じていた。良く動く口に対して、表情が一切動かないのだ。張り付いたような笑顔が比喩じゃないと言えばいいだろうか。能面でも被ってるみたいに、瞬き一つしない癖に、口だけは俺達と同じ様に動く。ビビるという程ではないが、この少女に気に入られてはいけないと直感が告げていた。

「……断る。誰が遊んでやるか」

「何で。なんで、ナンデ?」

「俺は後輩と蝋燭歩きについて調査しなきゃいけないんだ。遊んでる暇はない」

 不自然なくらい表情が動かない少女の瞳に、闇が灯った。



「モエとユリ」



 二人の名前が出た瞬間、俺の全身が強張った。

「……何で、二人の名前知ってんだよ」

 二人が消えたのは……この際どうでもいい。いや、どうでも良くないが、間違いなくこの少女が犯人なのだからいい。ただ、二人の名前を知っているという点が、おかしい。こんな異常存在に名前を教える様な二人ではない。

「モエとユリ」

「モエとユリ」

「モエとユリ」

「モエとユリ」

 ありとあらゆる方向から声が聞こえてくる。こちらを嘲笑うかのように淡々と。それ以外の言葉を一切発さず。表情も一切動かさず。

「モエとユリ」「モエとユリ」「モエとユリ」「モエとユリ」「モエとユリ」「モエとユリ」「モエとユリ」「モエとユリ」「モエとユリ」「モエとユリ」「モエとユリ」「モエとユリ」「モエとユリ」「モエとユリ」「モエとユリ」「モエとユリ」「モエとユリ」「モエとユリ」「モエとユリ」「モエとユリ」

 目の前に立っている少女が浮かべた笑顔を、俺は二度と忘れる事が出来ないだろう。

 口の端が伸びると、まるで口裂け女の様に笑みが深まり、遂にその端は目の下にまで到達した。少女に歯は無く、代わりに口内に存在しているのは暗闇。何処までも深い暗闇。しかしそれもまた、只の暗闇ではない。目を凝らせば、見える。目を凝らせば、合う。



 少女の口の中に潜んでいたのは、目だった。



 眼球を一つの球体とするなら、その眼は半分以上飛び出たまま、ぎょろりぎょろりと動いて、俺を隅々まで見つめてくる。一つではない。何十、何百の目が、血走った目で俺を見ている。

「カリヤがアソンデくれないのは、モエとユリのせい?」

 何百もの奇怪な視線に射抜かれて、俺は身動き一つ取れなくなっていた。動けば死ぬと錯覚している訳ではない。「違う」と答えなければいけないからと口を動かそうとしているし、この少女の手を掴み、二人の居場所を吐かせようとも思っている。

 だけど動かない。虚空に縫い合わされたみたいに、微動だにしない。

「そう。モエとユリ。ワルイね」


 不味い。この流れは…………不味い! 


 この少女がどれ程俺と遊びたがっているかを推し量り間違えたと言えばそこまでだが、誰がここまでの展開を想像した。二人にヘイトが集まると知っていたなら、俺だって断るつもりは無かった。必至で二人のフォローしようともがくが、それでも口は動かない。

 いつもの様に俺は、動けない。

 少女は張り付いた笑顔を浮かべたまま、ゆっくりと開きっぱなしの窓に近づいていく。






「カリヤとアソビたいから。あの二人、イラナイね」 

   





 俺を拘束していた何かが解けると同時に、少女は窓から飛び降りた。ここは二階だから、飛び降りても受け身くらいは取れる。直ぐに俺も行こうとして下を覗いたが―――既に少女は居なかった。

 あの少女の殺意は本物だった。殺意とは縁遠い世界で暮らしてきた俺でも分かるくらい濃密だった。クオン部長無き今、二人を助けられるのは俺しか居ない。



 アテなど無いが、殺される前に二人を見つけるしかない。もう死体での再会なんて……まっぴらごめんだ!

 ただし話はその気になれば広げられる。


 だってラブコメだもの。

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