深淵通り暗闇横丁
にらみつけるさん。
正直、怪異を探索する際のノウハウを持っているのは二人の方だ。なので相談するにしても、彼女達に引っ張られる形になるのだが、
「先輩の『首狩り族』があれば絶対遭遇すると思うし、もう計画なんか立てなくてもいいんじゃないですかね」
「暴論! あれ、計画を立てようとかいう合理性何処言ったんだよ。少しでもお前を賢いと思った俺が馬鹿みたいじゃないか!」
「馬鹿とは失礼ですねー。これでもちゃんと考えてるんですけどぉー」
「ほう。面白い冗談だ。どれ、言ってみろ。俺が判定してやろう」
「ではではお言葉に甘えて……まずですね、先輩はオカルトへの理解が足りません!」
「お、おう。自覚はあるが、具体的には?」
「私達が今まで追ってきた者は、七不思議然り、人の道理が通用するものじゃありません。計画を立てて行動するなんて愚の骨頂。むしろ予定外の事ばかり起こるから、端から計画なんて立てるべきではないのです。むしろ計画に固執してアドリブ対応出来なくなる可能性だってあるから、それなら最初から両手を上げて走った方が生き残れるんです!」
「な、成程」
そこまで考えているとは思わなかった。オカルトに対して誠実だとは思っていたが、ここまで思慮深かったなんて、個人的には少し意外である。
「それ、クオン部長の受け売り」
萌の方を睨みつけると、彼女は直ぐに視線を逸らした。
「おい」
「~ッ♪」
そんな事だろうと思った。大体萌があんな思慮深い発言を出来る訳が無いのだ。クオン部長であればまだしも、あの萌がそんな事を言い出す筈が無かったのだ。どうして一瞬でも彼女の事を賢いと思ったのだろう。首藤家末代までの恥かもしれない。
「……ていうか、一理もないし」
「まあ、そうだな」
アドリブ対応出来なくなるからと言って、両手を上げて走る―――要するに無策万歳を表しているのだろうが―――なんて事をすれば、対応以前に終わってしまう。アドリブ対応する時間すら生まれない分、最悪だ。
「……蝋燭歩きの情報は、私もそれ程持ってない。どんな禁忌があるか分からないから、無計画に動くのも、それはそれで不味い気がする」
「禁忌……ああ、禁忌な」
禁忌とは怪異と相対する際にしてはいけない事。俺はオカルトに詳しくないのであまり言えないが、例えばうちの学校の七不思議、宣告階段は特定の手順で上るのだが、その後に下りてしまうのが禁忌だ。何故か破ってもいない俺に宣告が下され、危うく死にかけたが―――それはそれ。禁忌とは、言葉通りやってはいけない事なのである。
「御影先輩はどんな禁忌を想定していますか?」
「……私は見た事が無いし、今日は行かないから何とも言えないんだけど。蝋燭歩きなんて呼ばれるくらいだから、蝋燭に関連すると思ってる」
「蝋燭ですか?」
「禁忌が全くの無関係なんて無いだろうし。外見的特徴から言って、可能性は高いと思う」
「蝋燭頭に取り付けてて、縄の先に蝋燭が付いてるんだったよな。確かに蝋燭が関わってる可能性は高そうだな。安直だけど、火を消すとか」
「あー。確かにそれはありそうですね! ……でもどれを消すんですか?」
「ひょ?」
「いやだって、蝋燭って一本じゃないんですよ? 一本だけ消したら怒るってのも、それはそれでおかしくないですか?」
確かに。見た事が無いので何とも言えないが、明らかに色の違う蝋燭でもない限り、一本だけ消しても駄目なんて納得行かない。一体その一本にどんな価値があるのかという話にもつれ込んでくるからだ。
俺がそう納得しかけた時、由利が口を開いた。
「言い方が悪いのかもしれない」
「え?」
「一本だけ……じゃなくて、蝋燭が禁忌の前提だけど。一本でもだとしたら……別に、不思議はないんじゃない」
「「あー……」」
俺と萌は揃って顔を見合わせて、お互いに盲点だった事を自白した。物は言い様という奴だが、少なくとも蝋燭歩きの姿を見た事もない俺達がその禁忌について語る以上、こうなってしまうのは必然的である。
「……それよりも今は、どうやって見つけるかでしょ」
「あ、そうでしたね。つい横道に逸れてしまいました!」
「……目撃された正確な場所は覚えてるの」
「路地裏とか、公園とか。歩きで行くには遠すぎる場所は、帰りが不安なので脳内から削除しましたッ」
「じゃあそこを中心に捜索した方がいいでしょ。どういう条件下で出現するかは知らないけど、目撃されている時点で、そこに出る可能性があるんだから」
……大体見えてきた。
普段のオカルト部の作戦会議の様子だ。由利と萌の様子からして、恐らくこんな感じなのだろう―――
「はい。ほんじゃあまあ、早速活動しようと思う訳だが。何か新しい都市伝説を知ってる奴は居ないか? 別に信憑性とかはどうでもいいから、最近噂になってる奴」
「……知らない」
「部長! これって噂に入りますかッ?」
「入らないッ!」
「早ッ!」
「なあ、萌。お前はそろそろまともにネットについて勉強した方が良いと思うんだ。お前が出してきたこれはな―――どう考えても都市伝説じゃない。小説だ」
「……小説? でもネットにありますよ」
「昔の人間か、お前は。俺は部長で、そして知らぬ者の一人でもある。無知を笑う気は無い……これが一度目だったらな」
「え、でもこれ初めて……」
「じゃない。な訳あるかお前。何でネットに関しては記憶力がポンコツなんだこのポンコツ娘。今は気軽にネットに小説を挙げられる時代なんだよ。分かるか? 原稿用紙を持ち込んで土下座する時代は終わったんだ」
「カノッサの屈辱ですか?」
「今日習ったのか? まあ全然違うけどな」
「……部長。会議は」
「おうおうおう。忘れる所だったな。さて、えー……何の話だったかな? 誰か覚えてる人―――」
面識の深まらない内に死んでしまった彼らは入れていない、完璧な妄想劇場だが、大方こんな所だろう。クオン部長は何かと萌を気に掛けているから、横道に逸れる事は多々あった筈だ。それを軌道修正する役割を持っていたのが由利。
きっと彼女が居なければ話は飛躍し、終いには金星の端っこで太陽を観察していたら突如として現れた超大型隕石が太陽をぶち抜き、明かりという概念は無くなってしまった―――みたいに、元の話の原型が分からなくなるのだろう。流石に極論だろうが、萌の何処か抜けている感じとクオン部長の悪ノリを合わせればそれくらい行ってしまっても違和感が無いと言うのは、恐ろしい。
「所で、いつぐらいに出発しましょうか」
「やっぱ深夜だろ。丑三つ時って言うんだっけか。そういう時間帯の方が出やすいんだろ」
「先輩の『首狩り族』があれば時間なんて関係ないと思うのは私だけでしょうか!」
「お前だけです。愛さえあれば性別なんて関係ないって言ってるのとは訳が違うからな。真昼間に出たら、それ怪異じゃなくて只の怪物だろ」
「でも幽霊は真昼にも出ますよ?」
「え、マジ?」
「はい。首吊り屋敷に行った時の話―――」
「萌!」
にわかに由利が声を荒げたから、びくりと身体がはねてしまった。彼女らしくもない、圧力の強い声であった。
「その話は、今はしない方が良い」
「え、どうしてですか?」
「屋敷から持って帰った人形……この家にあるから。せっかくクオン部長が無力化したのに、また……動く事になる」
さらっととんでもない事を聞いた気がする。オカルト部を称するくらいならやったって不思議は無いが、マジで命の危険に遭っている現状を知っているから笑えない。それも首吊り屋敷とか……名前を聞いただけで喉の辺りが絞まる場所だ。一体何つう場所に行きやがったんだ。
幾ら阿呆な萌でもここまで迂闊な筈は無いので、持って帰った事は知らなかった様だ。目を丸くしながら、両手で自分の口を覆っている。
もうクオン部長は居ない。抑止力が無い。何があったか知らないが、それだけでも無力化された危険を活性化させてはならないと分かる。彼はそれだけ、強い人物だった。
「悪い。ちょっとトイレ借りて良いか?」
家主の承諾も経て、俺は部屋を退室する。
部屋の空気が、まるで外を思わせる程凍てついていた。
扉が開いている訳でもないのに……怖くなった俺は、足早にトイレへと向かった。或いはここで戻るべきだったか、いやトイレに行きたいのは本当なので、そんな選択肢は無い。
ただ、何か嫌な予感がする。早々に用を足すとしよう。
安置は碧花の隣ですかね。




