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黒幕系彼女が俺を離してくれない  作者: 氷雨 ユータ
CASE7

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185/332

祈りは途絶えぬ

「…………つまり貴方は、どういう状況においてもマイナスに考えてしまうのをどうにかしたいと」

「そうなんです。シスター・ユリ。私はどうすれば良いのでしょうか。この様に罪深い性質を抱えてしまったままでは、他人様に……いえ、他でもない私自身に被害を掛けてしまいます。救われる道はあるのでしょうか」

 聞こえる。パイプオルガンの音色が。俺の罪を戒める、俺の悪性を清める音が。猶予は無い。悪は断ぜられなければならない。その為、ここに救いを齎す天使降り立ち、今、断罪の言葉が紡がれる。

「……それでも良いんじゃないでしょうか」

「は…………はッ?」

 俺が言えば開き直りと判断されても仕方ない答えに困惑の声を上げる。対するユリは至極真面目に言っており、そこにふざけている様子は微塵もない。

「出来れば、明るく前向きな言葉をかけてあげたくはあるのですが、私はそういった前向きな言葉が苦手なんです。明日は明日の風が吹く、なんて言いますが、そんな事はこの時点で分からないじゃないですか。むしろ私も、貴方と同じで後ろ向きで。今日不運なら明日も不運かも、昨日失敗したなら明日失敗するかもって思っちゃうんです。首藤さん。後ろ向きなのをどうにかしたいと仰いましたが、後ろ向きな人が無理に前向きになる必要なんて何処にも無いんですよ?」

「…………前向きにならなくて、いい?」

「はい。私はこういう―――今、悩んでる状態が嫌いで、それでもきっと好きだから、ずっと変わっていないと思うんです。私は貴方ではないですから、理解する事は出来ません。でも悩みを軽くする為に貴方が話してくれるなら……それに寄り添う事は出来ます。変える必要なんて無い、悩む必要なんて無い。後ろ向きな者同士、仲良く悩みましょう?」

 マイナスに考えてしまうのをどうにかしたいという問題から始まって、その出口が解決策になっていないのは言うまでもない。彼女の言った事を纏めると、『現状を変える必要はない』の一言に尽きる。

 文章に起こせばなんて事のない、それ処か解答としては底辺と言ってもいい答えだが、俺からすれば、シスター・ユリの言葉は、『救済』そのものだった。

 言われて気付いたのだが、俺は答えが欲しい訳では無かった。感覚としては女子がズボンかスカートどちらが良いか聞いてくる事態に似ている。あれは女子としては答えが欲しいのではない。寄り添って欲しいというか、同調して欲しいというか……女子ではない俺が何を言っても説得力は欠片も無いだろうが、とにかく相手に何か方法を提示して欲しい訳では無かったのだ。

 ここまで聞くと面倒臭い性格の人でしかないが、自分の悩みを解決出来る最も適任の人物とは、極論を言えば自分である。自分の尻は自分で拭けという言葉にある様に、自分は自分の事を一番よく分かっている。


 だって自分だから。


 ここでもし、シスター・ユリが聖母の如き慈しみと優しさに満ちた言葉を掛けてきても、俺の心には響かなかっただろう。ネガティブ思考の人間は根性がねじ曲がっている。加えて俺には『首狩り族』という不運が付いている。

 今まで人が死に過ぎたせいで、たとえ今、意識をどうにかしようと、無意識下に俺は自分を要らない人間と考えてしまう。そんな人間に解決方法を与えた所で、誰がそれを試そうと思う。要らないという認識が簡単に覆るのなら、苦労はしていないのだ。

 そんな人間に対して、シスター・ユリの言葉は、他のどんな言葉よりも突き刺さった。

 俺のネガティブの根底は、不運の連鎖によって続く孤独にある。俺がどんなにモテる事になっても、俺がどんなに好かれても、俺がどんなに努力しても、俺が命を懸けたとしても、生きるのは俺、死ぬのは隣。萌達が死なないでいてくれるのは嬉しいが、一生死なないという保障はない。守りたいと思っていても、守れる保障は無い。

 漫画の主人公とは違い、俺はどうしようもなく一般人。特別な血統がある訳でもなければ、異能力を持っている訳でもなく、頭が良い訳でも、腕力が強い訳でもない。オーバーテクノロジーも保有していないし、何処かの団体と繋がっている訳でも無い。


 けれども俺は守りたい。何者でなくても守りたい。だって孤独は嫌だから。


 それくらい孤独を恐れている。シスター・ユリの『寄り添う』とは、そんな俺の恐怖を打ち消してくれる魔法の言葉。嘘でも何でもいい。その解答が修道女としてのロールプレイに過ぎないものだったとしても、言葉にしてくれた事が嬉しかった。碧花が俺を『友達』と呼んでずっと傍に居てくれるように、そうして俺の隣に居る事を証明してくれるのが嬉しかった。

「…………由利。お前はこんな俺と、一緒に悩んでくれるのか」

 先程は感激してのシスター呼びだったが、心に刺さり過ぎた事で、俺の『素』が出てきた。因みに萌は話題が話題という事もあり、黙って見ている。俺の表情を見ていれば、ガチの悩みかどうかくらい直ぐに判別が付くのだろう。こういう所でお茶を濁さないから、彼女の事は好きだ。これはドッキリであってドッキリじゃない。

 時代が違えば教会で吐露していたであろう、本気の悩みだ。由利は少しも悩まず、満面の笑顔と共に頷いた。



「―――ええ。これからも末永く、よろしくお願いします」













 



 シスター・ユリによるお悩み相談室(勝手に命名)が終わった事で、由利は元の格好に戻るべく、再び席を外した。

「先輩、大丈夫ですか……あの」

「どうかしたか?」

「いや―――あの。先輩。目から……涙が」

 大概の状況に萌が怯まないのは俺も知っているが、流石に俺が泣いている状況には動揺を隠せない様だ。露骨に表情を窺い、言葉を選んでいる。もしかしたら笑顔を浮かべながら、その一方で目だけは泣いている先輩の姿を見て、怯えているのかもしれない。

「大丈夫だ。何も悲しい事なんてない。只、嬉しいんだよ俺は」

「嬉しいって、御影先輩に悩みを聞いてもらった事ですか? それともドッキリが成功した事ですか?」

「いや…………」

 何もかも吹っ切れた表情を向けて、俺は萌の頭を撫でた。


「世の中には、聖女って居るんだな」


 言葉の意味が理解出来ず、ぽかんとしたまま萌は頭を撫でられていた。分からせるつもりもないので無理はない。根っからのポジティブである彼女が、俺の心情を理解出来るなんてあってはならない。もしそんな時が訪れるとしたら、その前に俺が助けてやらなければ。

「……お待たせ」

 次に姿を現した時、由利はいつもの部屋着に着替えており、自らの帰還を告げる言葉以外、何も発そうとはしなかった。性格は変わっていないと言うが、同一人物だったとは思えない。顔が同じなだけで、別人だと言われた方がまだ信じられる。

「由利」

 呼びかけにも、彼女は応じようとしない。ずっとそっぽを向いて、俯いていた。これでは仕方がないので、俺は滂沱たる涙を腕で拭うと、由利の目の前まで近づいて、もう一度その名前を呼ぶ。

「由利」

 そこまでしてようやく、由利は小さな声で応答した。顔を真っ赤にしながら、声を震わせて。

「な……………何」

 ここまで微妙にしんみりとした雰囲気だったが、この後には萌とのオカルト調査が控えており、このままの雰囲気を引き継げば、恐怖と悲哀が混じってしんどい雰囲気になる。既に告解(と呼んでいいかどうかはさておき)も済んだし、これ以上重い空気は吸いたくない。


 だから。


「ありがとおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおう!」

「きゃああああああああああああああ!?」

「ああああああ先輩! 先輩が御影先輩を襲ってる!?」

 でん、でん、でんぐり返ってバイバイバイ。これで暗い雰囲気とはおさらばだ。俺は押し倒す勢いで由利に飛びつき、その髪に顔を埋めた。



 あー良い匂い。  

 演劇部にでも入っとけば良かったんじゃないだろうか



 碧花95%

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