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衣装選び 後編

これは天才()

 店を出た俺を待ち構えていたのは、萌が最も遭遇したくない人物……ではなく、俺が最も遭遇したくない相手だった。


「こんな所で会うとは実に奇遇ですねえ、首藤君!」


 顔からして、明らかにこちらを待ち伏せていた。彼の可能性を考えない訳では無かったが、さっき接触してきた訳だし、また接触するだろうと思い込んでいたのが失敗だったか。

「アンタだったか、尾けてきたのは」

「尾けてきた? 何の事です?」

「とぼけんな。さっきまで付き纏ってきただろ」

「はて、何の話だかさっぱり。ここで待ち伏せていた事は認めますが、それは店内に貴方の姿を確認したからで、付き纏ったなんてそんな! 記者は嘘を吐きませんよ」

「嘘を吐かない癖に、人にレッテルは貼るんだな」

「―――君は人じゃない。殺人者が人権を持っていると、本当に思っているのですか!」

 人の神経を逆なでするのが上手い男だ。隣に碧花が居なくて本当に良かった。こういう、人を嘲ったり、苦しめたりする事を愉悦とする者は、彼女の最も嫌いとする人種だからだ。

「ああ、ああ! これは傑作だ! 『殺人者、人権を主張』! 良い記事が書けそうで助かりますよ本当。他に何か言いたい事は?」

 この男は自分が劇場の中の人物だとでも勘違いしているのだろうか。芝居がかった調子で喋る事は俺にも経験が無い訳ではないが、ここまで徹底的に逆鱗しか触らない様な言い方はしなかった。多少鬱陶しく感じる程度の筈だった。そう考えるとこの記者の演技力は相当なものである。

 だからと言って名悪役かと言われると、そういう意味でも無いのだが。

「本当に付き纏ってきたのはアンタじゃないんだな?」

「ええ勿論。貴方との初対面はついさっきで、しかも望んで行った事です。こそこそ隠れるなんてそんな犯罪者みたいな真似はしませんよ。貴方じゃないんですから!」

「…………じゃあ、心当たりは?」

「は?」

「俺に付き纏って来たなら、同業者の筈だ。知り合いとか競合他社とか、色々あるだろう。そう言うのは無いのか?」

「あっても貴方に教える義理は無いのですが……そうですねえ。この辺りで知り合いは見掛けませんでしたよ」

 信じるかどうかはあなた次第、と。こちらの不安を嘲笑うかのように、野海は付け足した。こんな奴の発言に信憑性があるのかどうかなんて分かったもんじゃないが、記者として美味しい所を根こそぎ奪いたいのなら、こんな所で嘘を吐く意味は無い。

 信じるのは癪だが、信じてみても良さそうだ。

「分かりました。有難うございます」

 俺が素直に頭を下げた事を、野海は少し意外そうに言及した。

「おや、お礼は言えるみたいですね」

「一応、教えてもらいましたから―――で、何か用ですか?」

「いやいや、用という程のものではございませんよ、少し取材を―――」





 俺は身を翻し、再び店内へ戻った。





 店の中でまで俺に付き纏えば、俺だけでなく店にも迷惑が掛かる。容疑者とされる俺への迷惑はともかく、店に迷惑はかけられまい。あんな人の気を煽る様な口調じゃ、間違いなく取材対象者を怒らせるだろうから。

 俺の予想通り、野海は店内にまでは付いてこなかった。ホッと安堵したい所だが、萌はまだその事情を知らない。恐らくもう既にレジに並んでいるだろうから、出口の所で待機を―――

「うーん……」

 そう思っていたのは俺だけだった様だ。肝心の萌は店の奥で普通の衣服を見て回っており、最早由利への意趣返しなど何にも関係なくなっている状況が見て取れる。

「あの、萌さん?」

 抑揚のない声で声を掛けると、俺の存在を発見。それから萌は首を傾げた。

「あれ、先輩? 何か買い忘れですか?」

「そんなもんねえよ。え、まだ買ってなかったのかよ」

「はい! 洋服見てたら、回りたくなってッ」

 俺と萌の買い物主義の違いについては言及するまい。十人十色で他人は他人。俺みたいな奴も居れば、萌みたいな奴も居る。萌の眉が若干下がっているのは、俺に怒られると思っているからだろう。俺も怒るつもりだった……

 玄関に野海が居なければ。

「……そうか。じゃ、もう少しゆっくりしてくか」

「え? 怒らないん、ですか?」

「怒るもんかよ。むしろそうしてくれて助かった。存分に見てってくれ」

 俺の態度が百八十度違う事に萌は大層驚いていたが、知る必要はない。萌には楽しい気分のまま帰宅してもらいたいのだ。俺という枷が外れた事で萌は本当に遠慮しなくなった。どれくらい遠慮しなくなったかと言うと、店を一周し始めたくらいと言えば、どれだけ彼女が買い物自体を楽しみたかったか分かるだろう。

 これば、暫く時間が掛かりそうだ。だがどれだけ時間が経った所で業務罪的な観点から野海は入店してこない。業務罪にならない範囲での取材なんてあの男はしないだろうし、そもそもどういう態度であれ、俺達が本当にお客である以上、迷惑と感じれば、店側はその迷惑行為をしている者を対処しなければならない。


 だから、ここは一種の安全地帯と言える。


 しかし、こんなものは一時凌ぎに過ぎない。いずれは店を出る時が来る。その時間まで待つくらいの気力はあっちにだってあるだろう。ならどうするか……決まっている。裏口を使うのだ。

 萌が買い物に夢中になっている間に、俺は隅っこに居る店員に声を掛けた。

「あの、済みません」

「はい、何でしょうか」

 男性なのも救いである。同性の方が話が通じやすいだろうし、それに俺が話しやすい。

「実はちょっと……面倒な人に追われてて」

「面倒な人ですか?」

「はい。まあ簡単に言っちゃうとストーカーみたいなんですけど。何かの間違いって訳じゃないんです、もう二度目ですから。通報しろよって思われるかもしれませんが、警察ってほら、犯罪してなきゃ取り締まれないじゃないですか。今の所該当しそうな犯罪行為はしてないから、警察に通報しても、変に事が大きくなるだけだろうと思って―――そこでお願いがあるんです」

「お願いですか?」

「従業員専用通用口。使わせてくれませんか?」

 嘘は言っていない。あんなのは実質ストーカーだ。人を勝手に殺人犯と決めつけて粘着して、甚だ不愉快なのである。

「……済みません。私の判断だけでは決めかねる事ですので、店長に相談してきましょうか?」

「あー待ってください。それならそれでいいんです。なら別の事を頼ませてください」

「別の事ですか?」

 通用口が使えないなら、合法的な手段を取るまでだ―――いや、厳密に言うと『違法ではない』という言い方になるか。萌がよっぽど阿呆なら不審に思わないだろうが、流石にここまで強引だと不審に思うか。

 それでも、これ以上の最善策は無い様に思う。多分こうすれば、野海の追跡を物理的に撒く事が出来る。萌が居なかったらもっと簡単に事は済んだのだが、この街には萌の天敵が居るので、一人にはしたくない。

 俺の作戦を聞いた店員は、「それなら」と快諾してくれた。

「先輩ッ!」

「おう萌。買い物はもういいのか?」

 萌は満面の笑顔で頷いた。

「はい! すっごく楽しめましたッ」

 と言ってもその手には由利への意趣返しとして買った服しか無く、本当に見て回った『だけ』なのだなと、改めて思った。いつの間にか会計は済ませたらしく、服は紙袋の中に入っている

「じゃあ、もう帰ってもいいな?」

「はいッ。ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」

「いや、いいよ。だけど、そうだな……なあ萌。お前、ここから全力ダッシュで由利の家まで帰れるか?」

「はい。帰れますけど、急にどうしたんですか? それともまた、競争ですか?」

「いや、競争はもういいや、脇腹痛いし。違うよ。ドッキリの仕掛け人みたいなもんだ。ほら、俺とお前が一緒に帰ったら、どっちも仕掛け人みたいだろ? 聡明なアイツの事だ、俺がやり返さないなんて思っては無いだろう。このまま普通に帰れば、怪しまれる。怪しまれたままだったら上手く流されて由利にこれを着せられない。だからお前が全力ダッシュで帰って、俺が歩きで帰るんだ。そうすれば時間差が出来る。俺の事はともかく、お前の事は怪しまないだろう」

「はあ…………じゃあ先に帰った私は何を?」

「頑張って前フリしといてくれ。『なんか御影先輩って、修道服似合いそうですよね』みたいな感じで」

「―――先輩」

「ん?」

「全然似てないです」

「そこはどうでもいいだろ!」

 女声なんて出せる訳無い。だって俺は男だ。この世には両声類なる化け物が居るが、あれは俺とは違う次元の住人。同じである道理はない。恐らく、肉体の構造が根本的に違うのだ。そうに決まってる。

 案の定、萌は怪訝な表情で俺の様子を窺っていた。流石に彼女と言えど、こんな提案は唐突過ぎておかしいと感じるらしい。最初からこういう作戦を練っていたなら、前もって言う筈だし。

 だが、断る理由も無い。別に犯罪行為でも何でもないのだから。服を買って、それを友達にあげる。只、それだけの事。『怪しい』だけで、法的に真っ白なのは言うまでもない行動を断る輩が何処に居ると言うのか。断られた場合、俺は余程そいつに信用されていないと決めつけてしまっても大丈夫だろう。


「分かりました! その作戦、乗りましょう!」


 萌は俺の事をとても信用してくれているので、断りなどしなかった。そもそも『怪しい』というだけで拒否する理由になるのなら、怪しさの権化であるクオン部長なんかと交流を持ちはしない。

 オカルト部にとって『怪しい』とは行動動機であり、決して拒否理由ではないのである。

「良し。じゃあ今から由利の家まで全力で行け。俺は家に一回寄るから、多分三十分ぐらいのラグがある」

「は~い。それじゃ行ってきます」

 面白おかしく敬礼をしてから、萌は店の外に出るや否や、全力で走り出した。荷物があると全力で走れないだろうし、そもそも萌に話したプランは、俺が服を購入して持ってきた体で無ければ成立しないという事で、置いて行かせた―――というのは建前で、萌と一緒に居る所を見られている以上、彼女が買い物袋を持っていれば、既に用は済んだと野海に考えられる可能性があるからだ。そうなると、また動き出す可能性がある。

 俺に取材する気なら、少なくとも俺がまだこの店に居ると思わせておけば、野海はここを動けない。店内から状況を把握しようにも、ここは店の隅だ。さっき遭遇した角度からでは、到底見えない。見ようとなると道路に出る事になるから、まず出られない。

「店員さん、よろしくお願いします」

 紙袋を預けると、店員は早速通用口の方に向かった。


―――出し抜いてやったぜ。


 心の中でガッツポーズをして、俺は意気揚々とトイレへ向かうのだった。 

   

 

 

 

 

碧花様は気付かせたい(狩)



狩「どうやら俺には短所しかないらしい」


碧「そういう欠陥だらけの奴は人間には生まれないよ。何かしら長所はある筈だ」


狩「いやあさ。聞いてくれよ碧花。今日な、クラスで匿名手紙回しみたいなのやったんだよ」


碧「何それ」


狩「全員、まずは自分の名前を書く。そんでその紙をシャッフルして、無作為に配る。配られたらその紙に、匿名でその人物に対しての想いというか一言を書くんだ」


碧「成程。話は読めたよ。誰か一人くらい長所を言ってくれると思ったら、ぼろくそに言われたんだね」


狩「そうだよ……何なら裏面までびっしり書いててさ。何かもう嫌になって……やっぱ彼女作るなんて無理なのかなって」


碧「そんな事無いって。君には君なりの長所がある。私はクラスメイトの十倍君の悪口言えるけど、君の長所は百倍以上言える。そんな自信無くさないで。今度クッキー作ってあげるから」


狩「え、マジで!? よっしゃあああああああああ!」






狩「―――って騙されるかあ! おいこら、碧花てめえ! 俺の長所は百倍以上言えるだって?」


碧「うん」


狩「ゼロに何掛けてもゼロだよ! ―――お前もそんな風に思っていなかったなんて知らなかったぜ……」


碧「ああ、そういう……君も中々面倒くさいな。そういう所が短所なんだと思うけど。まあこの際、皆に認められる様な長所なんて無くていいんじゃないかな?」


狩「他人事だからって開き直りやがって。俺の心の傷も知らないで……!」


碧「そういう事じゃなくて、さ。君の良い所は私だけ知ってれば……いいんだよ。私以外知らなきゃ……誰も、君を好きになんて…………ならないんだし」


狩「……それって、どういう意味だ?」






碧「―――ごめん。今のは忘れてくれ。最近私、おかしいみたいだから…………さ」




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