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黒幕系彼女が俺を離してくれない  作者: 氷雨 ユータ
CASE7

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176/332

傷口に寄り添う

 病院に到着するまでには俺の苛立ちも収まっていたが、あの野海とかいう記者の存在は俺にとって不都合極まりない存在だった。あの様子だと俺が彼の筋書き通りの事を言わない限り付き纏ってくるだろうから、それまで天奈を家に戻せない。余程の悪人で無い限りは人を憎みはしない俺だが、あの記者に関しては善悪を論じるより以前から都合が悪い。どうにか居なくなってくれないものだろうか。しかしあの感じだと……死なない限りは付いてきそうだが。

「ここが先輩の呪いを受けた場所……」

「曰く付き物件じゃねえよ! 正確にはそいつが入院して……ると思われる病院だな。退院してたら不運だ」

 先程は随分と取り乱したが、相変わらずな萌の声を聴いて、俺も調子を取り戻した。そうだ、俺だけが辛いなんて思っちゃいけない。萌だってクオン部長が居なくなって、父親に目を付けられて辛いのだ。もしかしたら本当に夢中になっているだけかもしれないが、ならば俺も夢中になるべきだろう。ツーショット戦争に勝たなくては、末逆部長が碧花を彼女にしてしまう。




 それだけはぜっっっっっっったいに嫌だ!




 記者の件は今は置いておこう。まずは奈々がまだ居るかの確認だ。

「あの、済みません」

 受付に声を掛ける。用があるので別段不思議な事はしていないのだが、目立っている気がしてならない。でもあちこち見ると余計不審者っぽくなるから、しない。

「はい、何か御用でしょうか」

「あーえっと……この病院に、近江奈々さんって人は入院してますか?」

「……申し訳ございません。ここではお答えできかねますので、ご家族の方にご確認下さい」

「あ、そうですか……」

 そこまで上手く行かない様だ。というか、まさかこんな対応をされるとは思ってもみなかった。いつだったか碧花が入院した時は素直に教えてくれたと思うのだが、時世の変化という奴か。萌の所に戻り、目の前で見せつけた醜態を再度報告する。

「教えてくれなかった」

「はい。見てましたッ。どうしますか?」

「手段は無くも無いぞ」

「え?」

「まだ入院してる前提で話すが。アイツが入院してる理由は記憶喪失だからだ。被害を受ける前の記憶が飛んでるだけで、何処も不自由って訳じゃない。俺が久しぶりに再会した時、アイツは町中を出歩いてた。自分の記憶を取り戻す為にほっつき歩いてたんだ。だからまだ入院してるなら、どっかをほっつき歩いてる可能性が高い」

「もし居なかったらどうするんです?」

「それが分かってから考える。怪異だって最初から手掛かりがある訳じゃないだろ? と言う訳でレッツラゴー!」

「レッツラゴー!」

 萌はとても乗りやすかった。こういう乗りの良さは碧花には見られない(キャラの違いだろうが)ので、とても新鮮な気分である。相変わらず腕を組んだまま歩いているので、病院に足を運び過ぎるあまり心が荒れてきた者がそれを見たら、『大して具合も悪くねえリア充が何か来た』とでも思いそうだ。

 束の間の彼氏気分が、悪い筈ない。大抵病院に足を運ぶ時、人の表情は薄暗いものとなるが、対照的に俺の表情は輝いていた。それはもう、まるで式場にでも足を運ぶような足取りで。

「記憶喪失つっても、アイツだって女子だ。意味も無く購買コーナーに居そうだけどな」

「何か先輩、引っかかる言い方しますねッ?」

「いや、だってそうだろ。女子って物を買う事を目的としてるんじゃなくて、商品見まくるじゃないか」

「一度見ると楽しくて仕方ないんですよ~? 別にいいじゃないですかッ」

「いやあちょっと。俺には分からんなあ」

 買い物はそこにお目当ての物があるから買うのであって、買い物自体が楽しめる行為とは思えない。誰か連れが居るのならともかく、一人でも楽しめるというのは、羨ましいようなそうでない様な。俺は買い物に時間が掛かり過ぎると、むしろストレスを感じるタイプなので、こればかりは理解のしようがなかった。

「じゃあ今度先輩に楽しい買い物の仕方教えますよッ!」

「そんな方法あるのか?」

「無かったら言いませんよ。先輩はまだ、買い物の楽しさを知らないんです!」

 碧花の彼氏になれないのなら、萌の彼氏になるのも良いかもしれない。父親の目を欺く為の偽りの関係ではなく、本当の―――カップルに。俺が思うに、理想の彼女というのは、一緒に居て楽しいと思える人だ。萌と一緒に居ると、心が軽くなる。どんなに辛い事があっても、彼女が笑っているなら、頑張れる気がする。

 本当に、素敵な後輩だ。

「…………ん?」

 萌との会話に夢中になっていた俺がふと視線を外すと、そこにはいつぞやの見慣れた顔があった。


「奈々!」


 記憶喪失になって以降も面識はあり、どうやら記憶そのものが不可能になっている訳では無い様だ。俺の声に反応した彼女は、直ぐにこちらを向いた。

「狩也さん」

 同級生に敬称で呼ばれる事ほど奇妙な事は無い。隣に萌が居るせいで、危うく奈々も後輩(萌からすれば同級生だ)と思われる所だった。

「どうも」

 ペコリと頭を下げて挨拶をしてくる。喪失前は絵に描いたようなギャルだっただけに、俺も最初会った時は驚いた。今では、流石に驚かないが、違和感は覚えるとかそういう問題じゃない。部分的というより違和感の塊だ。

「何してたんだ?」

 歩いていた方向的にトイレへ行こうとしていた可能性も捨てきれないが、その割には尿意を催している表情ではない。名探偵よろしく、当てて見せよう。

「―――さてはまた、記憶を探してたな?」

「あ、はい。そうなんです。ここを歩いていたら記憶を取り戻す手掛かりに出会えるかもと何となく思って。狩也さんとまたお会いできるなんて、嬉しいです」

「そりゃどうも。で、俺と会って記憶は戻ったか?」

「いえ、それが全然進歩が無くて。お医者さんが言うには、『身体が思い出す事を無意識に拒絶している』らしいんですけど」

 無意識に拒絶……思い出したら都合が悪いという事だろうか。人の身体というものは時として意識に抗う事があるが、もしもそうだとするなら、思い出した瞬間に奈々の身に危険が降りかかる事を肉体が予期しているのかもしれない。根拠も何も無いが、それこそ何となく思った。

 って、違う。彼女に会いたくて来た訳じゃない。厳密には、萌を会わせに来たのだ。『首狩り』の被害者から生きて証言を聞けるという事は滅多にない。と言っても記憶喪失だから、得られるものは無いだろう。

「お前の病室に案内してくれないか?」

「いいですよ。でも」

「でも?」

「私の病室、女性が多いので。狩也さんが入ってきたらびっくりしちゃうかも」

 病院で言うびっくりが、果たしてどのくらいの規模なのかは知る由が無い。下手するとナースコールを押されて、つまみ出されるかも―――あり得ないか。

「精々気を付けるとするよ」

 患者が駄目でも、別にナースさんとツーショットしても良い訳だし。それを狙うなら嫌われる訳にはいかない。努めて俺は無口を演じる事にした。






 









 病室の中には七つのベッドがあり、内三つはカーテンが閉じていて内部の状況が閲覧不可能。下手に開けると問題が拗れるので、俺は触りたくない。

 残り三つはカーテンが閉まっておらず、俺達という来客を確かに認識したが、所詮は見知らぬ他人。驚いたとしても、関わりたいとは思うまい。約一名を除き、残り二人は布団を被ってしまった。

「奈々お姉ちゃんッ、その人だあれ?」

 甲高い声だ。とても幼いと言い換えてもいい。怖がらせるのは不味いので視線は向けられないが、多分小学生くらいの女の子ではないだろうか。ツーショット相手には丁度良いかもしれない。

 子供とのツーショットなら、変な勘違いもされないだろうし。

「私の友人と、その後輩みたいです」

「みたいって……まあ記憶が無いから仕方ないんだけどな」

「済みません。やっぱり、以前の私と違いますよね」

「以前の奈々さんってどういう人だったんですか?」

「ええい、同時に話しかけるでない。頭がこんがらがるであろうが。んー、まあそれは奈々がベッドに戻ってから話すよ。長い話になるかもしれないし、ならないかもしれないからな」

 どうやら俺に警戒心は抱いていない様なので、恐る恐る視線を合わせるべく、目を横に流す。丁度、そこで膝立ちになっていた女の子と、ばっちり目が合ってしまった。まんまるで大きな瞳が、パチパチ瞬きしながら、俺を見ている。

 こういう目を俺は知っている。これは穢れを知らない目だ。この世が希望と生に満ち溢れていると信じて疑わない目だ。幾度となく死体を眺め、その度に無力感に打ちひしがれてきた俺の目はそこの女の子と違って既に薄汚れている。死人みたいに濁っている。

 だからこそ、そんな俺を見つめてくる無垢な視線に耐えられなくて、眉間の方に視線を定めた。

「君、名前は?」

「私『ノア』! お兄さんはッ?」

「首藤狩也。何とでも呼んでくれて構わないけれど……ノアって漢字でどうやって書くのかな?」

「んーとね! ノって書いてアって書く! あはは、分かんない!」

 声ばかり注目しがちだが、この舌足らずな感じと言い、全体的な見た目といい、年齢は大分下な様だ。なら俺が悪かった。どんな漢字を使うにしても、見るからに小学校一・二年生の女の子に説明が出来る訳がない。『花子』とか簡単な名前ならともかく、『ノ』と『ア』だから…………野原の野であれば説明出来そうだから、多分違う。

 小学校の頃はいい加減に授業を受けていた事もあって、どの学年でどういう漢字を習ったかなんて覚えちゃいなかった。思い出す機会なんて来ないだろうと考えての事だが、そんな甘えた考えをする阿呆は何処のどいつだ。


 はい。俺です。



 見通しの甘い自分をぶん殴りたくなってくる。もっとこう、クレバーな小学生になりたかった。






 ―――そしてノアみたいに、元気な小学生のままで居たかった。


 死体も何も知らない、普通の、何の変哲も無い人生を送りたかった。目の前の少女が浮かべる様な笑顔を俺が浮かべる日は二度と来ない。来るとすれば、それは碧花への告白が上手く行った時であろう。

 そういえば、この子。碧花にどことなく似ている。

 テンションと性格が大いに違うから別人なのは確かだが、見た目だけは非常に似ている。黙っていれば幼少期の碧花と言われても信じてしまいそうだ。

 

―――アイツにもこんな時期があったのかな。


 アイツもこんな風に笑ってくれたら、今の数倍以上も美人なのにな。

 気付かせたい(狩)は余裕がある時に書きます。

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