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ラブレターの中身と俺の妄想

 出だしなんて、若干あれなのは許してください。

 ラブレターには……いや、俺に渡された手紙にはこう書かれていた。


『ずっと首狩り族と呼ばれてきた貴方を見てきました。どんな言葉にもめげず、いつも一生懸命生きている貴方の背中が大好きです。もしよかったら、今度の土曜日にデートをしませんか』


 遂に。

 遂に来たのだ。

 俺の青春が。

 或いは俺の時代が。人には一生に一度だか二度だかモテキがあるというが、俺の場合はそれこそが今なのだ。絶望的な不運にもめげずに日々を過ごしてきて、確かに俺も思った事がある。こんな日常を続ける事に果たして意味なんてあるのだろうかと。だが、その意味は確かにあった。それが今だ。名前は書いていなかったが、誰かが俺の背中を見ていてくれたのだ。

 顔も頭もそれ程良くはない。そんな俺が女性を惚れさせるには、生き様以外にあり得ない。名前が記されていないのと、場所が聞いた事も無いような場所だから釣りではないかと怪しんでいるが、釣りであれそうでなかれ、俺に行かないという選択肢は無かった。

 釣りであれば、それだけの話だ。碧花に愚痴でも聞いてもらえば一日で忘れる事が出来る。だがもし、釣りじゃ無かったら? 釣りじゃないのに釣りだと疑った結果、相手方の女性を傷つけてしまったら?

 そう、俺は行くしか無かったのだ。行った事も無いような場所に、面識がないと思われる女性の下へ。

「地図によるとこの辺なんだけどな…………」

 今回に限り、俺は俺の男気を見せる必要がある。碧花には悪いが、彼女には介入してもらいたくない。アイツが居なくても大丈夫な事を証明しないと、きっと相手方は情けなくって俺の事を見放すだろう。

 だから俺は―――土曜の朝、首を突っ込んできそうな碧花よりも早く起きて、待ち合わせ場所へと向かった。俺調べによると碧花が起きる時刻は決まっていつも朝の五時。それ以降に出てしまうと待ち伏せを喰らいそうだったので、俺は四時に起きて、四時半に出発した。お蔭で碧花の気配は微塵も感じない。何なら早すぎて、人の気配も感じない。余談だが、待ち合わせ時刻は六時だ。俺は相当長い事待たされる事になる。

 でも構わない。遅れるよりはマシだ。むしろ早く来ていた方が俺の男気を見せられるだろう。

「六面体構造の銅像の前……って、あれしかないな」

 見慣れない広場の中心に堂々と聳える銅像。待ち合わせ場所の目印はアレに違いない。

 ここまでの交通手段は自転車で、決して遠い距離という訳ではないのだが、それにしても見慣れない土地で待ち合わせする事になってしまった。まるで電車を使って訪れたみたいな見慣れなさ。当然の事だが、人は極々少数を除いて他に居ない。その少数も、多くは老人である。 

 俺は銅像の前に座り込み、何となく携帯を開いた。碧花からメッセージが来たら驚いたが、流石にそこまでは無かった。

「…………」

 メッセージなんて来る筈のない相手のアイコンを見てから、俺は携帯を閉じて、時間が過ぎ去るのを待った。
















 彼の事だ。ラブレターの真偽がどうであれ、行って確かめようとするだろう。一応興味は示さない振りをしておいたけど、私と長い事付き合っている彼の事だ、首を突っ込まれまいと早く出るに違いない。

 果たしてその予想は当たっていた。彼は四時半に出発。自転車を漕いで、待ち合わせ場所へと向かい出した。

 風を切って突き進む彼の背中を見届けてから、私は身を翻し、タクシーに戻る。と言っても、正式なタクシーではなく、所謂『白タク』という代物だけれど。

「失礼。待たせてしまったね。料金は割増しで払うから、引き続きさっき告げた目的地に向かってくれ。最短距離で頼むよ?」

 誤魔化そうとすれば分かる。ドスの利いた声で私が言うと、運転手は無言で頷いた。

 それにしても早すぎる時間帯を狙ったのは中々の妙策だ。今から私が自転車を使っても彼を先回りする事は出来ないし、勤務時間的にも正式なタクシーは動いていない。出来ればこういう痕跡が残る行動は控えたいんだけど…………あって困るようなら消せばいい。単純な話だ。

 乗用車の扉が閉まる。到着までの間、私は携帯を開き、情報を収集する事にした。と言っても、個人情報が漏洩している訳でもないなら個人情報までは調べられない。いや、調べようと思えばやり様はあるけど、今は軽い下調べだ。ラブレターに掛かれていた待ち合わせ場所周辺の地理を調べたかった。

―――そろそろかな。

 顔を挙げると、フロントガラスを通して調査通りの景色が見えてきた。六面体構造の銅像の前には、まだ誰も居ない。

「オッケー。そこで止めて」

 私は車を降りつつ、一枚の紙きれと共に料金を支払った。

「そこには私の連絡先が書いてある。ああ使う必要はないよ。後でもう少し仕事を頼みたいだけだ。その連携用にね。前払いになるみたいで申し訳ないけど、料金にも色を付けておいた。電話にはちゃんと出てくれよ?」

 男は私から料金を受け取ると、その枚数を慣れた手つきで数え始めた、一枚、二枚、三枚……十枚。それを懐にしまった男はボタンで扉を閉めて、そのまま広場を抜けて走り去っていった。

「……さて、広場から死角になる場所はあるかな」

 

 














 こういう時、携帯にゲームをインストールしておけば暇潰しになっただろう。でも駄目だ。あれは電池を食う。いざという時に携帯が使えなくなったら、俺は困る。今のご時世、携帯が使えないというだけで社会から隔離されたも同然なのだ。それを考慮すると、とてもではないがゲームを入れる気にはなれなかった。

 現在時刻は六時。そろそろ来ても良い頃である。休日という事もあり、この時刻からでも人の流れはそれなりに生み出されていた。視界を横切る親子、カップル、ホームレス。広場で遊ぶ小学生。特に小学生、良く朝っぱらからあそこまで騒げるものだ。朝は気怠くて仕方ない。今の俺は彼女が出来るかもしれないという期待で誤魔化されているが、本来であればここまで意識を明瞭に保っている事すら無かった。

「……ん?」

 ふと携帯を覗き込むと、碧花からメッセージが飛んできていた。


『いつまで寝てるんだい? そろそろ出発しないと』


 そのメッセージを見た瞬間、俺はこの場で腹を抱えて笑ってしまおうかと思った。上手く行っている。碧花を出し抜いた。きっと今、あの澄まし顔は俺の家の前で盛大に崩壊しているのだろう。


『もう出発したぞ』

『お前は俺に出し抜かれたんだよ!』


 面白いので、アッカンベーなスタンプを連投する。五個程送り付けた時、彼女から返信が返ってきた。


『もうデート中かい?』

『そんな訳ないだろ。女性ってのは遅れてくるもんで、先に来る奴なんて居ないんだよ。お前なら分かるだろ?』

『ああ、うん。そうだね。所で、身だしなみは大丈夫かい?』

『完璧よ。寝癖を見た時は焦ったけどな』


 風呂に入って直ぐ寝たのがいけなかったのだろうか。最初は絶望すらしたが、人間やれば出来るものだ。服のセンス云々はともかく、だらしない格好では断じてない。

 せっかくだから自撮りの一つでも送ってやろうかと思った直後。鈴の様な綺麗な声を俺の耳が捉えた。 






「あ、あの! 狩也君……だよね!」

 休日という事もあり、更新速度が一時的に高速化します。もう一話出します。

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