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大丈夫を教えて

 

 電話で由利に事情を説明するのは非常に難儀だったが、取り敢えず来て欲しい旨を伝えたら、暫く待って欲しいとの回答が寄せられた。どうやらまだ掃除をしているらしい。『そんなものはどうでもいいから』と強く言う事も出来なかったので、俺は取り敢えず公園まで萌を導いて、かつて碧花が俺にやってくれた様に、彼女を抱きしめていた。遊具で遊ぶ子供や、前傾姿勢で携帯を見つめる男性から見れば、俺達二人はそれこそさっき称したみたいに、彼氏と彼女に見えるかもしれない。実際は先輩と後輩なのだが、今はその辺りを訂正するのは悪手だ。萌の父親は俺の事を調査すると言っていた。こういう、何でも無い場所で真実を吐露するのは、嘘のバレる原因になりかねない。

 嘘つきという者は極めると自分が嘘を吐いているのかすら分からなくなるらしいが、今だけはそうなりたかった。俺に彼女が出来ないのは、単に俺が『首狩り族』だからという他にも、包容力が無いからに違いない。現に今の俺では、萌に安心感を伝える事が出来ていない。

 

 俺では彼女に『大丈夫』を伝える事が出来ないのだ。


 碧花に抱きしめられた時の話になるが、あの瞬間に俺を包んだのは一言では語り切れない様な色々な気持ちだった。そしてそれは、全て安心感に直結するものだった。

 男としてのプライドなんか無い、意地なんか張れない。自分の情けない所を全て受け止めてくれた様な感覚。自分でも許せない様な弱い部分を曝け出しても、この人なら赦してくれるという確信。俺の語彙力のせいで何と言っていいか分からないが、あの感覚は、包容力を持っているからこそ人に与えられるモノだと思う。決して碧花の胸によってのみ与えられるものじゃない。仮にそうだった場合、巨乳でも何でもない俺に包容力は一生つかない事になる。

 要は、大人の余裕だ。碧花はいつも無表情で、それ程物事に動じない。高校生離れした落ち着きぶりが、彼女の包容力を生み出しているのだ。

 一方で俺はどうだろう。自分で言うのも何だが一喜一憂を容易に出来る程度には表情豊かで、不運に何度苛まれようとも物事に動じない肝を持ち合わせない。高校生離れしているのは運だけで、精神年齢で言えば下手すると中学生。こんな男が包容力を持っているのかどうか言われると…………あれば、良かったな。

 誰か、女性を慰める方法を知っている男性及び包容力を持ち合わせている人が居れば教えて欲しい。こんな俺でも包容力を得られる方法を。そうすれば俺は、今すぐにでも実践して萌を安心させる事が出来る。

 ―――由利。

 彼女が包容力を持っているかどうかは、俺には判断しかねる。しかし俺よりかは彼女の方が萌と交流がある。加えて由利は女性なので、全体的な体の柔らかさという点において俺を遥かに上回っている。大人びているという点も、碧花程ではないが、彼女もかなり冷静沈着だ。さっきの電話での動揺は知らない。

 由利が来るまで、とにかく俺は萌を抱きしめているしか無かった。それだけでは駄目だという事は知りつつも、それくらいしか出来ないのでは、それをするしかない。萌は何も言わなかった。俺の胸に顔を埋めたまま、固まっている。



「……お待たせ」



 大禍時も過ぎ去り、そろそろ夜と言っても差し支えない頃、ようやく由利が姿を現した。かなり急いで来たらしく、肩で息をしている。それでも目の前に現れた時には余裕を保っている様に見せている辺り、取り乱した姿は見られたく無い様だ。

「由利ッ」

「ごめんなさい。家が遠くて。萌は……どうしたの」

 電話で説明出来なかったのなら、面と向かっても説明出来る筈はない。由利に事態の全容を把握させる為には、説明が下手な人が良くやる様に、一から十まで丁寧に(余計とも言う)教える必要がある。

 それをしてもいい、だが時間も時間、それに季節の関係で、夜は冷え込む。気温の低さは多くの場合寂しさの増幅に繋がるので、ここで萌を放置して説明に勤しむというのは、良い手段とは言えない。

「取り敢えず、お前の家に行かせてくれ。何があったかは後で説明するよ」

「……分かった。じゃあ、付いてきて」

 先導する様に歩き出す由利を、俺は反射的に呼び止めた。

「由利!」

「……何」

「クオン部長の家とか、知らないか?」

 彼女の首が横に振られた瞬間、俺は「そうか」と言って、肩を落とした。

 

 俺の行いは間違っていたのだろうか。


 彼との繋がりが、全て失われた様な気がした。 















 

 由利が走ってきたのも無理はない。俺達がついさっきまで居た所と彼女の家は、中々離れていた。正確な距離を目測で測れる俺ではないが、どれくらい離れているかというと、到着する頃には完全に夜が訪れるくらい。

「ここ」

 初めて見る事になる彼女の家は、何処か西洋の屋敷を思わせる豪華さを感じた。鉄柵で囲われた家と言い、全体に広がる庭と言い、完全にお嬢様である。俺はいつからタイムスリップしたのだろうか。

「……凄い家だな、おい。お前ってもしかして、何処かのお嬢様だったりするのか?」

「パパの、趣味」

 好きだからという理由で実現出来る範囲では無いと思う。坪の計算とか分からないけど、とにかくかなりの坪数なのは分かった。一体何千万円掛かったのだろうか、それを考えようとしたが、途端に由利が遠くに行ってしまう気がしたのでやめる。

 本当に彼女がお嬢様なら、そもそもあの学校なんかに入学してる筈はないので、気分的な問題ではあるのだが。

 由利が門の前に立つと、自動的に扉が開いた。手動に見えたのだが、自動ドアだった様だ。趣味の追求と利便性を天秤にかけた結果だとするなら、良い加減である。これなら不便過ぎず、且つ労力を要しない。家庭を支える人間だから当たり前なのかもしれないが、自分勝手に突き詰めていかないのは尊敬出来る。こういう人間にこそ、包容力は与えられるのかもしれない。

「ついてきて」

「お、おう。なあ、もしかして玄関を通ったらメイドがお迎えしてくれるとか、無いよな?」

「私の家を、何だと思ってるの」

 由利の機嫌が少し悪くなったような気がした。気のせいだと良いが、俺の発言に下心が無かった訳ではないので、気のせいじゃなくても、それは仕方ない。先程から萌に何の変化も見られなくて、俺も心が少し参っていたのだ。

 それから会話も無く十秒程度。家の敷地内にも拘らず十秒も歩かされたのは、庭がべらぼうに広い証拠である。黙ったままの萌をそれとなく気に掛けていると、いつの間にか由利が扉を開いていた。



 お出迎えしてくれるメイドも居なければ、執事も居ない。予め答えを言われていたとはいえ、俺は少しがっかりしてしまった。程度で言えばミジンコくらいは期待していたのだが。



 ただし、それを差し引いても玄関からの景色は明らかに俺の知る日常とは違う、正に別世界だったので、庶民代表の俺が圧倒されるには十分だった。一生縁が無いと思っていた景色に足を縫い留められていると、由利が大きく手を叩き、こちらの意識を強引に引き戻した。

「あんまり見ないで……恥ずかしいから」

「え、あ。ごめん。あんまり物珍しくてな。ちょっとビビった」

「早く上がって。そこ、寒いから」

「おう。じゃあ…………失礼します」

 友達の家に遊びに行く。その行為自体は初めてじゃない。碧花の家に何度遊びに行った事か。

 女性の家に遊びに行く。それも初めてとは言い難い。碧花の家に何度遊びに行った事か。

 




 それでも俺は、初めて人の家に上がったかの如く、肩を縮こまらせながら彼女の家にあがるのだった。現代社会で使われる様な意味とはかけ離れているが、きっと恐縮していたのだろう。

 

 元ネタは『さよならを教えて』です。内容は知らない方が良いぞ!



 所で最近胃が焼けるんだけど、誰か食事に硫酸でも入れましたか?

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