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黒幕系彼女が俺を離してくれない  作者: 氷雨 ユータ
CASE6

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128/332

水鏡に映るモノ

あー。

 オカルト部様様である。お蔭でパーティは成功した……とは言えないが、天奈が笑顔なのでどうでもいい。出て行った二人とは元々交流が無かったので、俺の心に傷がつく事は無かった。そもそも、今更俺の心に傷をつけるなんて、それこそ人が死にでもしない限りは不可能である。自虐は好きではないが、俺と関わった人物は碧花やオカルト部を除き、皆、再起不能になっているのだから。

「先輩、今日は楽しかったです。有難うございましたッ」

 今日のパーティは全体的に女性陣しか見ていた記憶がない。碧花であったり、萌であったり、何より由利が辛かった。彼女は、意外と無防備なのである。そういう目線で見られた事が無いからなのだろうが、それのせいで何度俺が煩悩を持て余した事か。

 最近煩悩に振り回される事が多いような気もするが、俺も年頃の男子なので致し方なし。ついさっき碧花に迫られた事も関係しているかもしれない。あの時は天奈に何かあったから直前で止まったが、何も無ければあのままやっていただろう。キスで収まれば良いだろうが、あんな肢体を見ていてそこで収まる俺ではない。多分やっていた。性行為を。危険日であれば孕んでしまうぐらいやったかもしれない。そして高校生としての人生を終わらせたかもしれない。

 そう考えると天奈は俺を助けてくれた事になるが、実際助けたのは俺だ。けっこうややこしい。あの状況から脱する事が出来てホッとしてはいるが、同時に俺は残念がってもいた。


 碧花とキス、したかった。それ以上の事をしたかった。どさくさに紛れて恋人になりたかった。


 今はもう無理だ。雰囲気が駄目。

「気を付けて帰れよ、萌」

「俺には無しか、狩也君」

「……部長に気を付けて帰れよ、萌」

「そういう事じゃないんだが」

 因みに、オカルト部はどうやらこの後怪異調査をするらしく、出来る事なら素早く帰って再準備したいという事で先に帰らせているのが現在の状況だ。天奈には碧花と戯れてもらっている。胸囲の格差社会を感じていなければ良いのだが、大丈夫だろうか。

「由利、済まなかったな……キスして」

 彼女とキス……厳密には唇が触れただけだが……したのは、事故みたいなものだ。彼女が起こした訳でも俺が起こした訳でもない。スティックゲームにおける最低限のリスクに触れてしまっただけである。

 だからこそ、申し訳なく思っていた。俺は出来る事なら自分の意思でキスをしたい。おっ……胸を触りたい、性行為をしたい。この辺りを決めるのは規範ではなく自分なのだ。それを俺は、自分の意思に関係なく接吻を……天奈の件も含めて、死ぬほど後悔している。

「別に、いいよ。気にしてない」

「……本当か?」

「…………うん。首藤君には、迷惑を掛けたし、全然」

 そういう計算の仕方はあまり好きじゃない。この手の計算方法は、極論恩を売れば何をしても良いという事になるので、例えば俺が彼女の命を助けたら、いつか彼女を強姦したとしても(絶対あり得ないが)彼女は許してしまうだろう。

 妙な危険を感じた俺は彼女に何か言葉を掛けようと思ったその時、由利は突然俺の耳元まで顔を近づけて。





「―――実は、嬉しかった」





 脳内処理が追いつかない内に、由利は俯きながら一足先に帰ってしまった。たった一言、小学生でも分かる言語の意味が、俺にはとても難解な言語の様に感じられた。

 部長は露骨に笑って、こちらを見ている。表情こそ見えないが、とても恥ずかしい光景を見られた気がして、顔が熱くなった。特に変わった事など言われていないというのに。

「御影が行ってしまったし、そろそろ俺も行く。さらばだ狩也君。叶うのなら五体満足で、また君と出会いたいものだな」

「どういう意味ですか?」

「怪異調査に怪我は付き物―――いや、憑き物か? 君の場合なんかは特に。次に会った時には死体なんて嬉しくないだろう。お互いにさ」

「そりゃそうですけど」

「じゃ、そういう事で俺の用は終わりだ。後は若い衆に任せて、退散させてもらうよ」

 衆と言っても、この場には俺と萌しか居ない。部長はたった数人でも烏合の衆とか言っちゃうのだろうか。無駄に芝居がかった動作で部長は俺の視界からフェードアウトしていった。死神の格好から変化はないので、たまたま通りがかった人間にとんでもない物を見たと言わんばかりに二度見された光景は、思わず吹き出してしまいそうになった。

 萌の背中で起きた出来事なので、彼女は当然キョトンとしている。

「どうしました?」

「いやッ…………で、何か用なのか、俺に」

「あ、そうでした。実は先輩に渡したいものがあったんですよ」

「渡したいもの?」

「ついさっき部長から貰ったんですけど……これ」

 萌が手渡してきたのは、古すぎて装丁の剥げた書物だった。マミーなので隠す箇所が胸くらいしか無いのは分かるが、これを渡すのにわざわざ彼女を経由させた理由は永遠の謎である。あまりにも古すぎてタイトルすら明確ではない。作者も不詳だ。

「何だこれ」

「さあ。『渡しとけ』って言われたので、渡しますけど、心当たりは無いんですね」

「ある訳ないだろ。俺オカルト部じゃねえし」

 こういう物体を渡されると、オカルトというよりかは考古学とかそっちの話になってくるかもしれないが。

「んーまあ拒否する理由もないし、貰っとくよ。ありがとな」

「有難うございます。それでは失礼しました! 先輩、またお会いしましょう!」

「おう」

 結局最後まで萌は元気だった。疲れないのだろうか。パーティの時に誰が一番盛り上がっていたかと言われると、それは他でもない彼女だと言うのに。正直はしゃぎすぎて何も無い場所でも転んだのは阿呆だと思っている。

 萌は瞬く間に走り出してしまい、俺の視界からオカルト部は全員居なくなった。あの三人が生きていてくれるのは嬉しいが、接するごとに、段々俺は『首狩り族』の事が怖くなっていた。いつ発動するかも分からないものを、今更のように恐れていた。

 これは運であり、運ではない。いつ起きるかは分からないが、いつか起きる事は確定している不運。それが俺の通り名こと『首狩り族』だ。あの三人の内、誰かが欠けてしまえば……俺は…………

「狩也君」

「―――ッうわあ!」

 振り返ったら、碧花が立っていた。ちょっとしたホラーである。別に血塗れとかそういう訳ではないのだが、感覚としては目の前に急に人が現れたも同然である。

「な、なんだお前か。びっくりさせるなよ……」

「勝手にびっくりしたのは君じゃないか。それはそうと、私も帰る事にするよ」

「え、泊まって行かないのか?」

 かなり意外というよりかは、悲しかった。これで俺は彼女の唇を貪る機会を逃してしまったのだ。

「うん。ちょっと用があるし。それに……私だって野暮じゃないよ。今日の所は、君は妹の事を気にするべきじゃないかな? 裏切りとは少し違うかもしれないけど、友達がいなくなるって言うのは、悲しい事だからね」

「―――ああ、そうだな」

「やけに悲しそうな顔をしているね」

「そりゃそうだろ。俺に関わった奴は―――殆ど死んでるんだからさ」

 俺の心が廃れていないのは、碧花のお陰である。彼女の存在が、彼女の発言が、彼女への恋心が、俺を日常に繫ぎ止めている。腐敗などしない。真っ当に成長している。この十七年間を俺が楽しく過ごせたのは、いつでも水鏡碧花が俺の隣に居てくれたからだ。社会に出て彼女と離れ離れになっても、俺はその事を決して忘れるつもりはない。



 何せ、彼女だけなのだ。俺の『首狩り族』を嘘っぱちなどと笑い飛ばしてくれるのは。



 その行為が俺をどれだけ救っているか。彼女は知らないだろう。

 震えた声でそう言う俺に、碧花は額を寄せた。

「……君は、まだその話を気にしているんだね」

「―――悪い。やっぱり俺は、自分のせいだって思っちゃうみたいだ」

「君の数少ない短所だね。自分で自分を傷つけちゃうんじゃ仕方がない……でも、これだけは忘れないで欲しいな。君には私が居る。いつ何時も、たとえ国が敵に回っても、家族が敵に回っても、私だけは君の味方だって事。悩みがあるんだったらいつでも相談してよ。私達は『トモダチ』だろ?」

「…………」

「まあ、そういう理由もあるんだよね。君には私がいるけど、君の妹には誰も居ない。だから君が傍に居た方がいい。人は孤独なままだと腐るよ」

 俺を元気づけようと彼女は微笑んだが、その笑顔がどれだけ無理をしていたかは想像に難くない。それを『笑顔』と定義するにはあまりに歪んだ表情なのだから。

「―――それじゃあ、帰るよ。今日は楽しかった。また誘って欲しいな……出来れば、今度は二人きりで」

 俺の返事も聞かぬ間に、碧花は萌達の歩き去った方向へと帰ってしまった。用というのはオカルト部にあるのだろうか。

「……はあ」

 溜息を吐いてから、俺は直ぐに自分の両頬を叩いた。こちらが元気をなくしてどうする。碧花も言った様に、妹には俺が居なければならないのだ。俺まで元気を無くしてしまってはどちらも落ち込むばかりである。

「良し!」

 言霊パワーで強引に元気を振り絞り、俺は家の中に戻る。何故かトイレの扉が開いていたので中を覗くと、いつの間にか窓が閉まっていた。碧花辺りが閉めたのだろう。さっき俺の背中に立っていたのも、その直前まで用を足していたのなら頷ける。






「天奈!」


あー。

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