表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/21

雨ノ訪問者 1

2016/11/29 一話分だったものを分化しました。

 狐の女神・久遠(くおん)と、その巫女・舞姫(まいひめ)は、台所の床にしゃがみ込み、年季の入った壺の中をのぞき込んでいた。二人とも同じような巫女服を着て、袖を帯で縛ってまとめている。

「どう、久遠?」

「うむ、良い具合じゃのう」

 そう言っている久遠は、金色の尻尾をパタパタと振る。

 壺の中身はぬか床で、その上に置いてあるキュウリはほどよく漬かり、ちょうど食べ頃になっていた。

「晩ご飯の時に食べよっか」

 それと他の野菜を取り出してから、舞姫はぬか床を揉み込み始めた。

「うむ!」

 この時を待ちわびていたぞ、と久遠の金色の瞳を輝かせて、ラップを敷いた大皿の上に置いてある野菜達を見ている。

「……久遠、囓っちゃ駄目だよ」

 そっと手を伸ばそうとする久遠を、ジト目で見て窘める舞姫。

「ぬ……。早く晩にならんかのう……」

 向かって右側の柱にぶら下がっている、レトロな柱時計を見てつぶやく久遠。

「テレビでも見てればすぐじゃん」

 ぬか床を混ぜ終って野菜を戻した舞姫は、壺の周りを拭いてから蓋をした。

「じゃの」

 身体が小さな久遠は、よっ、と抱きかかえる様に壺を持ち上げ、戸棚の中にそれを仕舞う。

「ねえ、久遠の部屋に行って良い?」

 舞姫は手を洗い終え、エプロンを布巾掛けに引っかけた。

「てれびを見るなら居間でいいじゃろ」

「久遠の部屋がいいの」

 二人は指を絡ませるように手を繋ぎ、雨天のせいで薄暗い廊下へと出る。

「しかし、よう降るのう」

「そうだね」

 昼頃からシトシト降り始めた雨は、もうしばらく止みそうにはない。

「こう湿気とるといかんな」

 雨樋の排水チェーンを伝って、雨水がじゃばじゃばと地面へ落ちていく。

「あ、だから今日はそんなにボサボサなんだ」

 今朝から続く高い湿気のせいで、久遠の長い髪が跳ねくりかえっていた。

「もしや寝癖かと思っとったんか?」

「うん」

「ぬ……、舞姫もか」

 今朝、彼女の腹心・黄金(こがね)は、なんとかして髪を整えようとしたが、結局どうにもならなかった。

「でも尻尾はもふもふだね」

 舞姫は、歩くのに合わせて揺れる尻尾をつつく。

「当然じゃ。尻尾は儂のあいでんててーじゃからの」

 得意げに尻尾を振って久遠はそう言う。

「無理に横文字使わなくても……」

 極度に英語の発音が悪い久遠に、苦笑する舞姫。

「いつまでも、苦手にしておくわけにもいかんからの」

 黄金には負けられん、と気合いの入った顔で言って、久遠はフンス、と強く鼻息を吐く。ちなみに黄金は、英語を話すことが出来る。

 渡り廊下を渡りきった所で、ピタリと舞姫が止まる。

「どうした舞姫よ」

 思い出したように、黄金さんと言えば、と前置きをしてから、

「お昼ごろから姿が見えないけど」

 どこ行ったか分かる? と主人の久遠に訊ねる。

「黄金なら買い物じゃ」

 久遠はそう答え、自分の部屋(本殿)の戸を開けた。

 正面に小さなちゃぶ台があり、その周りに座布団が二枚、向かい合うように置いてあった。それを動かしてくっつけ、二人並んで座る。テレビを付けると、夕方のニュースが放送されている。

「……それにしてもやけに遅くない?」

 舞姫が黄金を最後に見てから、もう四時間も経っていた。

「また道にでも迷っておるんじゃろ」

 黄金は方向音痴ではあるが、暇を見つけては地図とにらめっこしているおかげで、近所なら迷うことはほぼ無くなった。

「だと良いけど……」

「何かあっても黄金の事じゃ、独力でなんとかするじゃろうて」

 久遠はふと、部屋の奥に置いてある大きな水晶を見た。

「ぬぬ」

 そのてっぺんの辺りが、欠けて平らになっていた。

「うーむ?」

 彼女は四足歩行で近づき、手に取ってそれを確認する。

「綺麗に欠けちゃってるね」

 舞姫はそんな久遠の傍にきて、横からのぞき込む。

「かけらを探さんといかぬな」

 ひとまず上下を逆にして、久遠は水晶をもとの場所に戻した。

「もしかしてこの前のせいかな?」

「その可能性はあるのう」

 数ヶ月前の騒動の際、久遠は力任せに結界を破壊してしまった。その衝撃でガラスや皿が割れ、瓦が飛んだりなど、家に多少損害が出てしまった。

「ごめんね、久遠……」

 そんな事態になった理由は、敵に攫われた舞姫の救出と、敵への報復に向かうためであった。

「いやいや! 舞姫に責任はないぞ!」

 久遠は慌てた様子でそう舞姫に言って、わたわたと手を振り回す。

「でも私が攫われたから……」

「儂がそう言うんじゃからそうなんじゃ!」

 膝立ちになった久遠が、うつむき加減の舞姫の頭を優しく抱く。

「気にするでないぞ、舞姫。あの一件はのう、大体に儂が根源なんじゃ」

 言い聞かせるように、我が子を愛する母のように、久遠はそっと彼女の頭を撫でる。

「うん……」

 舞姫は久遠の細い腰に手をまわし、ギュッと抱きしめた。

「こうするのは、久々じゃのう」

 久遠の尻尾がパタパタとゆれている。

「そうだっけ?」

「うむ。儂がこのナリになって以来じゃ」

 舞姫の成長と共に消費する妖力が増え、八尾の状態が維持できなくなった。そのため、久遠は仕方なく、消費が少ない小さな姿で生活するようになっている。

「言われてみればそうだね」

 二人が元の位置に戻って、身を寄せ合っていると、

「あ」

「なんじゃ?」

 画面に映るニュースの温泉特集を見て、舞姫はあることを思い出した。

「最後に一緒にお風呂入ったのって、結構前だったよね?」

 幼い頃は二人でよく風呂に入っていたが、近頃はめっきり舞姫一人だけで入っていた。

「……そうじゃのう」

 久遠は、その頃の舞姫の姿を思い出してそう答える。

「それじゃあ、今晩入ろうよ」

 嬉々として久遠に提案する舞姫。

「いや、やめておくのしゃ」

 だが、すこし嫌そうな顔をして、彼女は舞姫の申し出を断った。

「ええー、良いじゃん入ろうよ」

 唇を尖らせて、そう言った舞姫に、

「嫌なものは嫌じゃ!」

 久遠は少々強い口調で再度拒否する。

「なんでそんなに嫌なの?」

「炎で浄化するからの、湯に浸かる必要はないんじゃよ」

 不機嫌そうに彼女の尻尾が動く。

「でも昔は一緒にっ……」

「あの時は舞姫が溺れんか心配での」

 もう溺れはせんじゃろう? と断固拒否の構えを見せる久遠。

「もう! 久遠の意地悪!」

 珍しく食い下がっていた舞姫は、そう言って部屋から飛び出してしまった。

「……」

 ちょっと意固地になりすぎたかのう……。

 とは思った久遠だが、これも舞姫のため、と心を鬼にして後を追わなかった。

「……黄金はどこに寄り道しとるのやら」

 いくら何でも遅すぎるので、取りあえず管狐を飛ばして市中を探させる。

 あやつの事じゃから、心配はいらんじゃろうがの。

 開けっ放しの戸を閉めて、久遠は本堂の中をうろうろし始めた。


「たまには良いじゃん!」

 ふくれっ面の舞姫は、脱衣所の床に体育座りして、湯が溜まるのを待っていた。大きくため息を吐いた彼女は、ショートパンツとティーシャツのラフな格好に着替えている。

 

『お風呂ー! お風呂ー!』

 服を脱ぎ捨てて戸を開けた幼い舞姫は、それなりに広い浴場に突入していく。

『転ぶぞ、舞姫』

 後から入ってきた久遠は、はしゃぐ舞姫を抱き上げて風呂イスの座らせる。

『なにがそんなに楽しんじゃ?』

『わかんないけど楽しい!』

 舞姫の腰の下辺りから顕現している、半透明の尻尾がブンブンと振られる。

『そうかそうか』

 石けんを手にして微笑む久遠。舞姫は鏡越しにその様子を見ていた。

 そのことを思い出して、舞姫は苦笑いを浮かべる。

「何があんなに、楽しかったんだっけ?」

 立ち上がった彼女は、そろそろ溜ったかな? と浴槽の水位を確認したが、

「あれ?」

 いつもなら、もう十分溜っているはずたが、全くと言って良いほど湯は溜ってはいなかった。

「うーん?」

 栓の閉め忘れかな? と、考えたが、風呂の栓はしっかりと閉まっていた。

 舞姫は一応、蛇口を締めてから本殿へと向かう。が、住居と拝殿を繋ぐ渡り廊下の辺りで、はたと彼女は立ち止まる。

 それは先程の一件もあって、ちょっと気まずいと思っての事だった。

 うん、たまには自分でなんとかしよう。

 と、きびすを返した舞姫は、耳と尻尾を顕現させて裏へと回る。先程まで降っていた雨は既に上がっていた。

 来てはみたものの、そこには何の気配も無かった。

「妖怪とかだと思うんだけどなあ……」

 首を傾げながらその場から去った舞姫。そこの地面が異様なまでに乾いている事に、彼女は全く気がつかなかった。

「あれって……」

 拝殿の正面にやってきた舞姫は、見覚えのあるトートバッグを、境内の石畳横で見つけた。

 やっぱり黄金さんのだ!

 それはよく、彼女が買い物に使っている物だった。ずぶ濡れのその中には、パック詰めされた肉と、近所の人からのもらい物らしい野菜が入っていた。

「久遠に知らせなきゃ……っ」

 つべこべ言っている場合じゃない、と判断した舞姫は足早に拝殿に向かう。

「……? っ!」

 何かの気配を感じて後ろを振り返ると、透明な蛇のような物が、彼女めがけて襲いかかってきた。

 とっさに身を捻りつつ、横っ飛びをしてそれを回避したが、その着地点から同じようなものが飛び出し、舞姫の肢体に絡みつく。

「くお――、むぐっ!」

 舞姫は久遠に助けを求めようとしたが、その口に蛇の頭が突っ込まれた。引きずられながらも、それから逃れようとする舞姫。身じろぎする度に、締め付けがきつくなっていく。

 久遠……っ

 なおも暴れる舞姫の腿に蛇が噛みつく。

 たす……、けて……。

 次第に身体が痺れていき、ついには動けなくなってしまう。おとなしくなった舞姫を、蛇は社の横の森へと素早く連れ去った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ