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愛ノ誓イノ日騒動

 バレンタインに向けて作られた、チョコレートのCMを見た久遠(くおん)は、

「のう黄金(こがね)、『ばれんたいん』とは何かや?」

 彼女の傍らで乾いた洗濯物を畳んでいた、作務衣姿の黄金にそう訊ねた。

「私が知る限りでは、殿方にチョコレートを渡す日、だそうです」

 本命や義理といった種類があるとも聞きます、と、黄金はかいつまんでそう説明した。

「なるほどのう」

 それを聞き、コクコクと頷いた久遠は、

「しかしまあ、えらく遠回りじゃのう」

 と、珍妙な物でも見たような目で言い、ズズズ、とお茶をすすって、時代劇の再放送の視聴に戻る。

 黄金が畳み終わった衣類を手に立ち上がったところで、台所の方から水葉(みずは)が袖をはためかせ、慌ただしく二人のいる居間にやってきてこたつに足を突っ込む。

「ぬ? お主が遅れるとは珍しいの」

 水葉は時代劇が大のお気に入りで、普段は毎回、放送開始時間きっかりにテレビの前へとやってくる。だが、今日ばかりは開始してから5分オーバーしていた。

「久遠様の巫女に、チョコレートとかいうものの味見を頼まれてたの」

 少し不機嫌そうにそう言った彼女は、先の中納言のお供に暴漢がたたきのめされるシーンを、しゃきっと背筋を伸ばして視ている。

「そうか、ちょこれいとの――」

 久遠はピンと立った狐耳を揺らし、真剣に見入る彼女のその様子に、目を細めていたのだが、

「なん……じゃと……」

 その説明を復唱した彼女は、飲んでいたお茶を盛大に吹き出して激しくむせた。

「久遠様っ!?」

「どうなされたのですかっ!?」

 水葉はうなだれて咳をする彼女の背中をさすり、黄金がタオルを手に居間に戻ってきた。

「黄金ぇ……」

「はい」

「舞姫が……、婿を……」

 なにやら盛大に飛躍したことを口走った久遠は、ゆっくりと後ろに倒れた。脈はあるが、白目を剥く彼女は顔面蒼白になっていた。

「久遠様ああああ!?」

 黄金と水葉は管狐をありったけかき集めて、久遠を彼女の自室に搬送させた。

「……何かあったの?」

 その騒ぎを聞きつけたエプロン姿の舞姫は目を丸くして、こたつの上で煎餅をかじっている、一部始終を見ていた茶色い管狐に訊ねた。

 あんまりにもアホらしくて、説明が面倒くさかった管狐は、心配ない、とだけ答えた。


 その翌日。バレンタインデーの朝。

「あれ黄金さん、久遠は?」

 朝食の時間になっても、久遠は自分の部屋に引っ込んだまま出てこなかった。

「食欲がないので要らない、とのことです」

 そう言った黄金は、心配そうに久遠の自室である、神社の本殿の方を見やる。

 黄金と水葉は、昨夜目を覚ました久遠に、まだそうと決まったわけではない、と言ったが、彼女は布団の中で丸くなって、全く聞く耳を持とうとしなかった。

「久遠にしては珍しいですね」

「はい」

「誰のせいだと、なの……」

 知らないうちにとはいえ、その原因である舞姫に、水葉は聞こえないように小声でそう言った。


 久遠の様子を気にしつつも舞姫は、いつも通りに洋装の黄金と茶色い管狐と共に登校していった。

「久遠様?」

 その後すぐ、主人の様子をうかがいにいった水葉は、

「そっとしておいてくれぇ……」

 その部屋の隅っこで体育座りして、ションボリしている久遠の姿を目撃した。

 この日、水葉は何度かのぞきに行ったが、久遠は一日中ずっと同じ体勢だった。


 帰宅後、そんな久遠の様子を管狐たちから聞いた舞姫は、いじける久遠の部屋の前にやってきたが、

「ねえ久遠、ちょっと出て来てよ」

「嫌じゃ!

 鍵までかけて引きこもったまま、意固地になっている彼女は部屋から出てこない。

「どうかしたの久遠? 私、何か悪いことした?」

 そこで舞姫は、涙声を装ってそう久遠に言い、嘘泣きをして誘い出す作戦に出た。

「うわああああ! ワシが悪かった! じゃから泣くでない舞姫ええええ!」

 まんまと引っかかった久遠は、泡を食って中から飛び出してきた。

「はい、これあげる」

「ほへっ……?」

 舞姫ににこやかな表情でラッピングされたチョコを差し出され、久遠は理解が追いついてこず固まっている。

「一応、抹茶味にしてみたんだけど、それでよかった?」

 目をぱちくりさせながら、それを受け取った彼女は、

「う、うむ」

 余計な心配をしていた事が分かり、ぬああああ、と、うなりつつヘナヘナと床に手をついてうずくまった。

「私に久遠より好きな人がいるわけないじゃん」

 そんな久遠の背中に手を置いた舞姫は、気恥ずかしそうに笑ってそう言った。

「そうじゃったか……。儂はてっきり、舞姫が婿でも(もら)うものとばかり」

「もう……。いろいろ段階飛ばしすぎ」

 顔を上げた久遠は、隣に座った舞姫の膝にその頭を乗せた。

「舞姫ぇ……」

 舞姫に頭を撫でられる彼女は、金色の長い髪と同じ色をした、美しいしっぽを揺らした。

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