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残サレタものハ3

 鬼姫は定期的に何度も彼女の元を訪れては、二人で酒盛りなどをしていた。だが、ある日を境に、鬼姫はぱったりとやって来なくなった。

 どうしたものかのう……、と気にはなっていたが、彼女は風来坊のような生活をしている上、気を完璧に遮断することができるせいで、久遠の管狐でも探しようがなかった。

 おおよそ一年ほどの時間が経過した頃に、鬼姫の式神が近づいてくるのを察知した久遠は、暇つぶしに作っていためざしを手に、本殿の前で首を長くして待っていた。

 だが式神が石段を昇り始めても、鬼姫本人の気を感じることが出来なかった。

 また鬼姫のイタズラか何かだろう、と思っていた久遠の前に現れたのは、かなりしっかりとした作りの棺桶(かんおけ)だった。

「なんじゃ、今度は変化の術でも思いついたのかや?」

 えらく悪趣味じゃなあ、と、久遠が棺桶にトコトコ近づくと、中からわずかな鬼姫の気を感じた。

「何か言うたらどうじゃ」

 少し(いら)ついてきた久遠が、棺桶を軽く連打していると、

「……あ、あなた様が、久遠様であらせられますか?」

 棺桶を担いだ式神たちの後ろにいた、おかめのお面を被った人間がそう訊ねてきた。

 久遠をかなり恐れているのか、彼はかなり離れた位置にいて、その手には、文を挟んだ非常に長い竹が握られていた。

「いかにもそうじゃが……。なんじゃ、おぬしは?」

 式神がぴたりと動きを止めると、いぶかしげな表情をしている久遠に、おかめの彼が竹の先を差し出してきた。

「こっ! こここっ! こっ!」

「お主は鶏か」

「これをあなた様にとっ! 鬼姫様から言付かっておりますっ!」

 久遠が文を受け取ると彼は、飛ぶような勢いでその場から去っていった。

「せわしない奴じゃ」

 バサッと文を広げると、紙の大きさの割には短い内容と、後ろの署名だけが記されていた。

「これだけなら、もう少し小さい紙に書い――」

 久遠はそれを見た途端、手に持っていた干物をとり落とした。地面に落下する寸前で、赤茶色の管狐がそれをキャッチする。

 そこにはまず、久遠のところに来られかったことへの謝罪。家の命令でお見合い結婚をさせられ、その相手の子を産んだこと。その際に出血が止まらなくなり、死の間際にこの手紙を書いているということ。自分の従者を神主にして神社の維持管理を任せたこと。死してなお久遠の監視をするという名目で、山に墓を建てることを許してほしい、ということが書かれていた。

「……そう、か。お主も、人間じゃったか……」

 文を手にしたままそう言った久遠は、棺桶のそれに触れた。

 鬼姫が最後に来た日のこと。

『なあ久遠殿。自分が死んだら、久遠殿は寂しいであろう?』

『何を言うとるんじゃ。それはお主の方じゃろうが』

『……さすが久遠殿。やはりお見通しであったか』

『えらく弱気じゃな。お主らしくもない』

『……いやなに、訊いてみただけであるよ』

 彼女は久遠に冗談めかして、帰りの際にそんなことを言っていた。

「滅多なことを言うからじゃ。この阿呆(あほう)が……」

 棺桶に向かってそう言った久遠は、式神たちに、行け、と促すと、それらはまた動き出して森の中に入っていった。

 久遠はその後をついて行き、木々の間から空が見える、四畳半ほどの場所に建てるよう指示した。

 式神は墓を建て終わると、すぐに消えてしまった。

「……また、独りになってしもうたではないか」

 ほぼ天然石のままの墓石に、二つの杯と酒瓶を手にした久遠がそう語りかけた。

 彼女は墓石の前に杯を置き、瓶の中の清酒をそこにつぐ。それは生前、鬼姫が好んで飲んでいた銘柄のものだった。

 久遠は葉っぱを皿代わりにして、焼いためざしをその隣に供えた。

「阿呆……」

 向かい合うように座し、久遠は一言そう言った。手にした杯に涙が一つ落ちて、酒の水面に波紋を作った。


「いつか来ることとは分かっておったが、ここまで早く逝ってしまうとは、な……」

 語り終えた久遠はそう締め、形見の本を胸に抱いて俯き気味になった。

「そう、なの……」

 それを訊いた水葉は、それ以上は何も言わずに黙り込んだ。

 ややあって。

「ほかに何か言いたいことはあるかや?」

「……はい、なの」

 いつもの調子に戻った久遠は、本をこたつの上に置いてから水葉にそう訊ねた。

「あの巫女や、黄金だけじゃなくて、水葉のことももっと気にかけて欲しいの……っ」

 水葉は顔を真っ赤にして、もじもじしつつそう言った。

「うむ、心得た。そういうことは、遠慮せずに言うてくれ」

 すまんかったのう、と謝って、久遠は水葉の小さな頭を()でた。

「はわわっ」

 水葉はうれしさの余り気を失い、白目をむいて後ろに倒れた。

「どうしたんじゃ水葉!?」

 うへへへへ、と怪しく笑う水葉の表情は、とても幸せそうだった。

「水葉ああああ!?」

 大わらわな久遠はドタドタと玄関先に走って、舞姫の携帯電話にかけた。


『まっ、舞姫ええええ!』

「どうしたの? そんなに慌てて」

 余りにも大声で言うので、受話器の向こうの舞姫は耳からスピーカーを離す。

「久遠さんですか?」

「そうそう」

 いくつかの紙袋を手に、喫茶店に来ていた三人は一緒にパンケーキを食べていた。

「なるほど、これが噂に聞く"ぱんけえき"ですか……」

 生クリームがたっぷりと上に乗り、ベリーソースがかけられているそれを、黄金は様々な角度からまじまじと観察している。

『みっ、みみっ! みじゅっ!』

「……久遠、なに言ってるか分からないんだけど」

 深呼吸をしていったん落ち着いてから、久遠は水葉が気絶するまでの一連の流れを、舞姫に説明した。

「それなら、そのうち起きるから大丈夫だよ」

 それを聞いた舞姫は思わず吹き出して、笑いをこらえつつそう言った。

『まことか……』

 舞姫のその言葉を聞き、胸をなで下ろした久遠は、管狐に布巾と水を用意するように命じた。

『邪魔して悪かったの』

「ううん、気にしなくていいよ」

 なるべく早く帰るね、と言って、舞姫は電話を切った。

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