表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/68

over and over

 ホールの入り口の方から伝播してきたざわめきにちらりと目を向けたミザリーは、その原因をたった一度だけ無感動に眺めるとさっさと視線を手元に戻した。繊細なレースに包まれた指先で、手の中に納まる小さなガラス瓶の表面をそっと撫でる。中の液体は半透明に赤く、頭上で幾つも輝くシャンデリアの光を透過して美しい色をミザリーの掌に落としていた。


 やっと手に入った。


 まるで恋焦がれた相手を手に入れたかのような、うっそりとした恍惚の乙女の表情で、ミザリーはその瓶を握りしめた自らの指先に唇を落とした。まさしくミザリーは、その瓶の中身にずっと恋焦がれていた。

 それは、劇薬とさえ呼ばれる毒だった。

 服毒した者はまず強い睡気に襲われ、穏やかな眠りの中でゆっくりと心臓の動きを弱めていく。そして薬は、誰にも──本人にさえも──悟らせぬまま、その者を死者の国へと導くのだ。経口摂取でなくても良い。怪我した所に被せても同じ効果が得られる。


 とはいえ、ミザリーは別段殺したい相手が居る訳では無い。そもそもこの効果だけは完璧な毒薬は、暗殺にだけは使えないのだ。独特の強い臭気と味はどうしようと消えず、己の危険性を主張するのをやめない。誰かに傷を負わせて振り掛けるには、ミザリーの手の中にある液体の量は少なすぎた。

 では自殺を望んでいるのかと言えば、そういう訳でもない。ミザリーは自分の死を考える事が何よりも恐ろしく、何よりも嫌っている。


 ただ、しかし、これが手の中にあるだけで、ミザリーはこの上なく安心する事が出来る。


 それを彼女は何よりも理解していた。そして、故に、この赤い液体を何よりも求めていた。

 ミザリーはこの瞬間、この世界で最も幸福であるのは自分だと確信した。どこまでも心穏やかに有れる。満足感に満ち足りている。それを幸福と言わず、何と呼べば良いのだろう。

 きっと誰一人、彼女のその幸福感を完全に理解出来る者が居ないであろうという事も、勿論彼女は分かっていた。誰が毒薬を手に入れて、陶酔する程の安心感に浸る事が出来るというのか。ミザリーただ一人が、彼女自身の唯一の理解者たりえるのだ。


 ミザリーは高揚に打ち震える胸を押さえて、ホールを抜け出しテラスへと出た。この喜びに独りで浸りたかった。


 背後に遠ざかるホールの喧騒は、遠ざかるほど甲高い少女達の声が上澄みとして耳につく。それさえ殆ど届かないよう、静けさに包まれた庭園までミザリーは足を進めた。真っ青な月が大きく浮かび上がっている。いつになく明るい夜だ。月の光に手の中のガラス瓶を翳すと、シャンデリアの下で見た時とは全く異なる色合いに見えて、それもまた美しいと彼女は俄に微笑みを浮かべた。

 ドキドキと心臓の鼓動が早まっている。こんな風に胸を高鳴らせるなど、まるで恋する乙女のようだとミザリーは思った。


 そうして、おもむろにそのガラス瓶の口からコルク栓を引き抜く。


 庭園の濃密な花の香りに紛れて、一層甘ったるい、煮詰めた蜜のような匂いが辺りに広まった。

 本物だわ。欠片もその毒薬が偽物であると疑いもしなかったのに、ついそんな言葉を頭に浮かべて、ミザリーは微笑みを蕩けるような笑みへと変えた。愛おしい存在を五感で確かめるのと同じように、その甘い香りを胸いっぱいに吸い込む。


「ああ、神様──」


 神の存在など微塵も信じていないのに、どうしてかそんな風に口走って、しかしその事にミザリーは気付きもしなかった。彼女の全ての意識は、手の中の赤い液体へと向けられていた。

 右手の指先でそっとガラス瓶を摘み、左手の指をぴったりと閉じて掌に月の光を掬う。

 ──その手の平に、ミザリーはこれ以上ない程慎重に赤い液体を零した。

 手を覆う白いレースに赤く染みが広がっていく。ミザリーはうっとりとその様子を見つめ、それから自分の身に流れる魔力を集中させる。

 するとどうだろう、まるで時を巻き戻すかのように、レースに滲み広がった赤色は彼女の手の平の真ん中に戻っていった。手の平の窪みに溜まった赤い液体が揺れ、波打ちながら一つの形を作っていく。


「……出来たわ」


 出来ない筈が無い。液体の収束魔法は、基礎として教わるような単純な技術だ。ましてミザリーは、これまで暇さえあればずっとその魔法ばかり練習してきた。

 それでも、手の平の上に揺れる赤い宝玉のようなそれを見ると、涙が出るほど安堵した。

 何度も何度も水を使ってこの瞬間を模倣した記憶が脳裏を駆け巡る。泣いている場合ではないと、ミザリーは目尻に溜まった涙を拭った。


 さあ、最後の仕上げだ。


 ──彼女は迷いも無く、その美しい毒の宝玉を、自分の胸の中に押し込めた。

 彼女の紡ぎ上げたもう一つの魔法が、宝玉を彼女の心臓へと運ぶ。


 心臓の中に毒の宝玉を埋め込んで、彼女は再び、幸福感に酔い痴れる。誰にも理解されない喜びである事を知りながら、それでも尚、やはりミザリーは今世界で一番自分が幸せな存在である事を確信していた。




タイトル意:何度も何度も

章題は英語でつけたい

ジャンル 恋愛


何度も転生を繰り返す擦り切れた女の子と、永遠を生きる吸血鬼の恋愛話


ミザリー

名前の意味:Misery=苦痛、悲惨、惨めさ

血と魂に永遠を刻まれ、己の子孫に死と誕生を繰り返す女。

前世の人生はまるで本の主人公のもののように感じられるが、死の瞬間の苦痛だけはリアルに感じており、死と痛みに対して臆病。

また人間の悪意を多く学習してきた為、人間不信で擦れている。

転生に関しては、毎回異なる容姿で生まれる。筋肉のつき方が似るのか、表情などはそっくりなものになる。


セオフィラス

名前の意味:神を愛する

百五十年生きている吸血鬼。

何度も何度も生まれ変わる女が吸血鬼と恋して永遠の命を得てやっと安心する話。

ラブロマンスが死ぬほど苦手だという事に気がついてお蔵入り。無理ぽ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ