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アキレギア2

 高校生ってのはまだ夢見るお年頃だ。

 とは言え十五、十六年も生きてりゃ、夢の内容は流石に現実的なものに限られてくる。


 スポーツ選手になりたい、アイドルになりたい、漫画家になりたい、学者になりたい。

 口にすりゃ「何夢見てんのwww」という反応が返ってくる事請け合いの願望は、殆どの奴の口に登った瞬間には現実味は無いが、本人の才能、努力、運、金なんかの要素が幾つか揃えば実現は不可能じゃない。

 言い換えると、高校生の年頃で見ていてもギリギリ許されるラインがそこだ。

 夢見てもいいが、現実を見なきゃならないよ、と親や周囲から言われる年齢という訳だ。


 そして、間違ってもそのラインに空想的で実現不可な妄想は含まれたりしない。

 もし高校生にもなってまで『突然学校をテロリストが占拠するというピンチ到来!それを俺が秘めたる超能力でスタイリッシュに撃退!』だとか、『異世界に行って金持ちのイケメンにちやほやされるアテクシ♡』だとかをネタじゃなくてマジで考えてる奴は、ちょっと、っつーか本気で頭がおかしいと思う。

 まだテロリストや金持ちのイケメンに成るほうが、金さえあれば実現出来るという点で現実的……というのは置いといて。


 勿論、そういった事がもし出来たら、と妄想する分には別に構わないんだろうけど。

 口に出す相手を間違えればそのままドン引き敬遠一直線だ。


 厳しい現実を少しでも面白可笑しく過ごすために多少の妄想くらいしてもいいじゃんよと思うのだが、現実と空想の区別の付かない大人共が率先して「現実と空想の区別の付かないコドモガー!」と叫びまくるので、それに洗脳された妄想趣味の無い連中が率先して弾圧を始めるのがこの素晴らしき民主主義国家のここ十数年のトレンドなのだ。


 だから、いくら他人が商売の為に書いた様々な空想上のオハナシを読み漁って娯楽にしていた私だって、そういった事は自分の脳内に留めて口には出さなかった。

 正常な人間として何事も無く過ごしたいのなら、トレンドという名の同調圧力には素直に従うべきなのである。


 何しろ私の夢も口に出せば『現実見ろ』といわれる事間違い無しだし──


 ──まあ、それは今は関係無い。今言いたいのは、つまり、こういう事ってのは、そのトレンドに屈さずに今日も元気に遠巻きにされてる、『そういうの』を望んでる奴に与えるべきだと思うって事だ。

 完全に現実逃避の為だけに、つらつらとそんな益体もない事を考える。


 他人の内側から、知らない世界を見ることになった。そんな非現実的な光景から、少しでも意識を遠のかせたかったのだ。

 事あるごとに大人の皆さんが言う現実見ろって言葉の通りにしたいんですけどね。そうすると特大級の非現実が目の前に広がってるんですが、こういう時って、どうすりゃいいんすかね。


「………………、えぇ……」


 ほろり、と口から勝手に声が漏れる。

 自分の意思で出したんじゃない。けれど自分がそれを発声したという自覚は確かにあった。


(──どういう、こと)


 同時に、勝手に頭の中で響く声に、飛び上がって驚いた。



  ◆



 イルシオン、と呼ばれる世界、或いは地域。その範囲の殆どを支配し、或いは牛耳る大国、ケールレウス帝国。

 そこの皇帝の第四子、第一皇女アキレギア・デ・ラ・ケールレウス。十歳。しょーがくよねんせー、と言いたいところだが、ここに小学校は無い。何故なら此処は異世界だからだ。


 それが、私が寝て起きたら『成っていた』幼女を表すラベルだった。


 キラッキラのプラチナブロンドに宝石みたいな紫の瞳の美少女が写り込んだ姿見をぼけらっと覗き込んで、たまにその滑らかな幼女ほっぺにぺたりと触れる。

 触るのは勿論その幼女の小さなお手々であり、間違ってもオタ系JKのささくれだらけで深爪の酷い手ではない。こんな美幼女の中に入るなんてどんなご褒美……じゃねえや、どんな願望丸出しの夢見てんだよ。引くわー、無いわぁー。


 冗談抜きで寝て起きたら突然別人に『成っていた』のでマジ混乱中である。頭付いていってない。

 混乱しているのに別人の筈の『自分』が一体何なのかを把握しているのは、偏にそれを説明してくれる存在が居たおかげだ。

 まあ、その存在自体がこの意味不明な現象の元凶でもあるんだけどな。


(申し訳ございません。でも、まさかこのような事になるとは、私も思っては……)


 心底申し訳無さそうな幼女の声が自分の頭の中で勝手にぐるぐる回るようにして響く。この声の主が、私が今インしている身体の本来の持ち主、つまりアキレギア・デ・ラ・ケールレウスご本人様だそうだ。


 うん、まあ、こんな事が起こるなんて誰も思いはしないだろうな。

 たとえそれが当事者であったとしても──殺された弟を返して、出来なければ殺した奴らを殺して、と呪ったら、悪魔がそれに答えて。気づいたら自分は幼女時代に巻き戻っていて、しかも異世界から来た他人が自分の身体を乗っ取っているなんて状況、一体どうやったら予想が付くんだって話だ。


(あ、あの、許して頂けるとは思ってはおりませんが……どうか、自棄などにはならないで下さいませ)


 幼女の声が焦りを帯びる。私はそれには答えずに、深々と溜息を吐いた。

 混乱の中で説明された経緯によれば彼女は純粋な幼女ではなく二十二歳ほどという自分より年上のおねーさんである訳だが、身体に合わせてなのか聞こえてくる声は間違いなく愛らしい幼女のそれで、それ故に彼女に対して怒りも困惑もそのままぶつけるには気が引ける。


「いや、まあ、しょうがないしょうがない……。これが君が自分で魔法陣ガリガリ描いて呼び出したナニカと契約した結果の生け贄召喚!とかだったら怒り散らしたかもしれませんけど、そうじゃないみたいですしおすし」


 挙句、しょんぼりした幼女の声に耐え切れなくなって、フォローまで入れてしまう始末だ。


 これもしょうがない。私は可憐な幼女と綺麗なおねーさんには滅法弱いのである。

 成長したアキレギアが綺麗かどうかは知らんが、この幼女の未来の姿なら確実に綺麗なおねーさんの範疇に含まれるだろう。

 例えいつ戻れるのか、そもそもちゃんと戻れるかも分からない異世界復讐譚に強制的に付き合わされたとしても、早々に後ろ向きな感情と思考をポイと投げ捨ててしまうのは、そんなアホみたいな自分の性分をどうにも出来ないせいでもあった。


 ……後は、彼女が嘘を言っていない事も同情的になってしまう理由の一つかなあ。

 一つの身体に二つの精神状態の私達は、限定的にではあるが、互いの記憶を覗く事が出来る。

 愉快犯的な悪魔によってアキレギアの記憶が改竄されているという事でもない限り、彼女もまた、おかしな事に巻き込まれてしまった立場には違いない。


(私の愚かな願いに巻き込まれたというのに、私を許して下さるのですか……?)

「あー……、この身体に入っちゃってる以上君とは運命共同体ですからね。恨み言いつまでも吐いててもマジで生産性が無いっていうか?」


 起こってしまった事は、それこそ悪魔にでも願わない限りは取り返しがつかないのだろうし。


「それに、これから先辛い思いをするのはアキレギアの方だと思うよ?何しろ今から君が眺める光景って、自分の存在が全部私に塗り潰されて横取りされる、それこそ悪魔的なものになるよ。君は私がこの身体をどうしようと何も出来ないっぽいんでしょ?」


 私がこの身体の支配権を握っている以上、許して欲しいと願うのが彼女の方になるのは時間の問題だ。


(……ええ、その通りです。上手く説明は出来ませんが……まるで箱の中に押し込められているようです。私には、こうして貴女とお喋りをする自由しかありません。自分の身体だというのに、外の世界は全て貴女の記憶を通してしか知ることも出来ない)

「私も上手く説明できないけど、多分やろうと思えば完全に君をその箱の蓋を閉じてしまえるよ。そんな感覚がある。だから、あんまりそう罪悪感抱えなくても良いんじゃない?」


 アキレギアに対して、私はちょっと有利過ぎる。

 何より自分の夢を叶えるには、ちょっとした妄想さえ口に出来ない世知辛いむこうの世界よりも、幾分こっちの世界の方が都合が良さそうでもあった。

 故に特に今のところでは、私の方は文句は無い。


「取り敢えず、改めて自己紹介しない?君の弟を助けるかどうかはともかく、この宮廷での生存戦略を共同で張る事には変わりないだろうし」


 敢えてあっけらかんとした声を作ると、こっちの考えをそれなりに察したのだろう、アキレギアもふっと意識を切り替えた気配がした。


(……そうですね。では、私から……改めまして、私はケールレウス帝国第一皇女、アキレギア・デ・ラ・ケールレウスと申します)

「ん、アキレギアおねーさんだね。私は御環(おだまき)璋良(あきら)、ちょっと名前似てるね、よろしく」


 ちょっと似てるどころかアキレギアとはそのまま私の名字であるオダマキのラテン名なんだけど、これは何の運命の符号なのか……みたいな厨二病をぶり返しそうなフラグだと思ってもいいんでしょうかね?

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