アキレギア皇女の傲慢なる宮廷お遊戯
ぐしゃ、と手の中の紙に皺が寄る。
苛立ちに任せて潰したその書簡を、今度は力任せに引き千切る。
そうにでもしないと、激情に耐え切れそうになかった。
書簡は私の母国、ケールレウス帝国から齎されたものだった。
内容はごく簡潔。『宮廷に巣食っていた『魔女』を処刑した』という一文だけ。
その一文を思い出すだけで、ギリギリと奥歯に力が篭もる。
ふざけるな、と。
ケールレウスの宮廷で『魔女』という言葉が指し示すものはたったの二つ。
一つは先代の皇帝を誑かした罪で処刑された、ある娼婦の女。
もう一つは、その女が皇帝の種で産み落とした一人の男児──つまり、私の弟。
許せない、と怨嗟が胸の内側で渦を巻く。その感情の行き先には、自分自身も含まれていた。
保身の為に義兄達に従い、弟から手を離したのは私自身だ。けれどそうでもしなければ、私達は二人揃ってあらゆる権力から引き剥がされてしまっていたに違いない。
──だが、今となっては。
弟がむざむざと殺されたのを遠い異国の地で後から知るという、無様な結末を迎えた今となっては、その残された権力さえも幻想でしかなかったのだと思い知る。
たった二人の姉弟。女と魔女だと軽んじられ、皇弟の息子達に何もかもを奪われるのに抗う事さえ出来なかった。
いや、抗う気さえ最初から無かった。所詮私は女の身だと、女帝は他国の侵略と国内の混乱を招く存在だと誰彼なく言われ、自らもそうだと考えて、この手にあった僅かな権さえ差し出したのだ。
怨嗟に昏い後悔が交じる。この結末は、私の覚悟が足りなかったために訪れた。
こんな事になるのであれば、最初から全ての権力をこの手に掴むべきだったのだ。そうすれば、魔女と忌み嫌われ、侮辱されていた弟の命を、くだらない者達に散らされるような事もなかったのに。
私は馬鹿だ。取り返しの付かないものを失ってやっと気づく。
国を惑わせるのが何だと言うのか。弟を守るためなら何でも出来るとこの国にやって来るときに決めたではないか。ならば、権を求める欲求で汚濁に塗れたあの宮廷を正し、帝国を一手に纏めるくらい、してみせればよかったのだ。
人質も同然に敵国へと送り込まれ、弟を失うくらいならば。
──何でもいい。誰でもいい。悪魔だっていい。魔女だと罵られても構いはしない。弟は十五年もの間その蔑称に耐えて来たのだから。
だから、どうか、あの子を私に返して。
それが叶わないのであれば、せめて。あの子を私から永遠に奪った者達を、同じように、惨たらしく、殺して。
そう、呪いの言葉を低く、低く、吐き出す。
叶うならば何だっていい。何を犠牲にしても構わない。例え、私の全てが失われても──誰がどのように犠牲になっても。
どこからともなく笑い声が聞こえてきたのは、その時だった。
言ったな?聞いたぞ。お前の魂からの声を聞いた。
お前の望みを叶えてやろう。
だから、そいつらは、お前自身の手を使って殺せよ。
この上なく──惨たらしくな。
悪魔の囁きだとすぐに分かるそれに、私は躊躇い無く頷いた。
それが全ての始まりだった。




