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天職は暗殺者だそうです

 戸賀(とが)桐弥(きりや)は平凡な奇人だ、とよく言われている。


 自分ではあまり自覚はないのだけど、私の日々の行動は周りの人々にとっては不思議なものに思えるらしい。

 確かにちょっと変わっているところもあるかもしれないが、言われるほど変わっているのだろうか。


 平凡、と言われることについては分かる。私の能力面はそうとしか言えないものだろう。

 勉強に関しては良くも悪くもない。好きな分野や教科というものがないので、その分特出して何かが伸びる訳でもなく、備わった理解力で全てに当っているせいか逆に苦手なものも無い。

 運動に関しては、他の人より少しばかり体を動かすことは得意だけれど、勝負事、自分の限界への挑戦、団体競技といったことには関心が無いし、敬遠気味だ。好きなスポーツ?勿論そんなものは無い。


 奇人、と言われるゆえんはそのあたりの無感動さにあるのかもしれない。

 とくにやりたいことの思いつかない私は、ぼーっとしたまま時間を過ごすことが多い。欲しいもの、食べたいもの、好きなもの、気になるもの、そういったものが無いからこそ生じる他の人たちとの乖離が『奇人』として認識されている可能性はある。


 それでも普通の人と同じように、大学までは過ごしてこれた。

 問題が出たのは大学卒業を控えた年のことだ。

 進路が全く決まらなくなってしまったのだ。


 得意なことも無ければ、好きなことも、興味のある分野も無い。

 そんな風ではどこの企業に応募すればいいのかも分からず、また、大学院などに進むという選択肢にも繋がらない。同時に嫌いなことや苦手なことも無いので、消去法で決めるということもやはり出来なかった。

 高校や大学は親や高校教師の勧めに従って進学したけれど、流石に大学卒業後までは周りの大人からそんな口出しがあるわけも無い。


 さて困った、と思っているうちに時間はどんどん過ぎていき。

 とうとう進路が決まらないまま、私は大学の卒業式を迎えてしまった。



 その直後のことだった。

 私が異世界に迷い込んだのは。


 あまり興味は無かったけれど、大学では図書館の手伝いをしていたので、流行りの本のあらすじやタイトルくらいは知っているものもある。

 それが現実として自分の身に起こるだなんて思ってはいなかったけれど、何が起こったのかをいち早く理解する手助けにはなった。


 知らない世界。はっ、と吸い込んだ空気は乾いていて、嗅ぎなれない砂のにおいがした。

 見たこともない町並みはどことなくヨーロッパの方に近いように思えたけれど、そうと断定するには違和感が大きく、そしてもし私が突然ヨーロッパのどこかへ瞬間移動してしまったのだとしても、そこで暮らす人々と何の不自由もなく言葉が交わせるのはおかしな話だ。

 町の人々の服装も不思議なものだった。現代の服とは思えないようなものを誰もが身に纏っているのだ。

 そんな彼らの髪や目は当然のように様々な色彩に彩られていた。それも、小さな子供になればなるほど、鮮やかなピンク色や水色が目立つのだ。どんなに精巧に髪を染めることが出来たとしても、それと同じ色に睫毛や眉まで染めることなど出来ないと認めるしかない。


 これが決定打となって、私は自分が異世界に来てしまったのだと判断することになった。

 まあ、それほど頑なに異世界の存在を否定していたというわけでもないのだけれど。


 雑踏の中に立ち竦んだまま周囲を見渡していた私に声を掛けてくれたのは、この町にある領主の館にメイドとして勤めているのだという女の子だった。


「もしもーし。ねえ、そんな道のど真ん中でぽかんとしちゃって、どうしたの。変わった格好だけど旅人さん?にしては荷物が無いね。まさか、盗まれちゃった?」


 私の背中をつんつんと突っついて、彼女はそう私に話し掛けてきた。私より二、三歳ほど年下に見える、濃い栗色の髪の女の子。まだ多少見慣れた色彩にほっとする。

 けれど流石に私もすぐには冷静にはなれず、「ええと、その……えっと?」とその問いかけには曖昧な声を返すしかなかった。話を合わせて肯定すればいいのか、それとも正直に事情を説明するべきか、咄嗟に判断するのは無理だった。


「お姉さん、宿は?」

「……いえ、取っていません」

「まだこの街に着いたばっかりなんだね。で、荷物は?」


 迷いながらも小さく首を横に振ると、彼女は「それは困ったねえ」と心底同情するような表情を浮かべ、何か見つからないかと言わんばかりにきょろりと辺りを一度見回した。


「うーん、仕方ない。こういう時はね、領主様に相談するのが一番だよ」

「りょ、領主様?」


 時代錯誤な単語が彼女の口から突然飛び出して来たことに呆気にとられて思わず聞き返したが、彼女はからりと笑って頷く。


「そうだよ。うちの領主様はすごい気さくな変わり者だから、どうせ警邏隊から話が通れば自分からお姉さんに事情を聞きに行くと思うの。だったら、直接領主様にお話聞いてもらっちゃったほうが良いでしょ?」


 はあ、と曖昧に頷くと、女の子はとんと自分の胸を拳で軽く叩いた。


「私、アリチェ。領主様のお屋敷でメイドとして働いてるの!だから、ちゃんと領主様のところまで連れて行けるから。心配せずに私に任せてね」


 その申し出を断る理由も無く、私は大人しくアリチェの後をついて行き、領主だという快活そうな壮年男性に会うことになった。


「やあ、君がアリチェが見つけてきた、街中で困っていた方だね。私の街でそのようなことが起こるのを許してしまって、領主として、君には申し訳ないことをした。出来る限り君の助けをさせて貰うよ、それがお詫びになればいいが」


 ラウド伯爵、と呼ばれる彼はアリチェが言ったとおりとても気さくで、信頼が出来そうな人だった。


「それで、荷物が盗まれてしまったのだって?」

「ええと……。それが、実はその、私は旅人ではなくてですね。うー、……どちらかと言えば、迷子だと言いますか」

「迷子?それは一体、どういうことかな」


 それほど自分の身の安全に深刻な思いを抱えている訳でもなかった私はラウド伯爵に洗いざらい自分の置かれている状況を説明することにした。

 自分の国とは似ても似つかない町並みであることや、自分の国が島国であることから始まり、気がつくと突然この街の人混みの中に立っていたこと、街の中の人々の体毛の色彩が自分からすれば有り得ないものであったこと、混乱していたところでアリチェに声を掛けて貰ったこと……。


「突拍子も無い話かもしれませんが、私には自分が全く別の世界に来てしまったとしか思えないのです」

「ふぅむ……。そうだね。この国の名前はレイナーデルトという。それなりに大きな国土を持ち、他国にも名は通っているかと思うが、聞き覚えはあるかな?」

「いいえ。大学では世界史の勉強をしていましたが、そのような国の名前は聞き覚えがありません」

「ほう。学生だったのか?」

「……あの、私からすると学生でなかった人の方が随分珍しい存在と言いますか……」 


 学校なんて誰もが通うものだ。大学や高校はまあ、自由進学だから誰もがという訳にはいかないかもしれないけれど、少なくとも日本では中学校までは義務教育なのだし。


「なるほど。君が異世界から来たというのは、今のところ一番信頼性が高い仮定のようだね。それでは……問題はすでに起こってしまったことではなく、君がこれから先をどうするかということだ」


 元の世界に戻るための手立てを探すために旅に出るか、それとも仕事に就いてこの国の住人になるか。

 ラウド伯爵は私にその二択を提示する。


 ……仕事か。流石の私も後ろ盾も何もない状況で自活を迫られれば、どんな仕事がしたいかなどと考えている余裕なんて無い。


「あの、仕事というのは、身元がはっきりしていなくても探せるものなのでしょうか?」


 なんでも良いから、自分が出来るだけの仕事がうまく見つけられるだろうか。


「それに、住むところの探し方や、見つけられたとしても借りるためのお金なども何も無いのですが・・・・・・あ、ええと」


 あまりの生活の差異にうまく今後の暮らしが想像できず、そう質問してしまってから、私は自分がかなりずうずうしいことを聞いていると気づいて言葉を濁した。

 けれどラウド伯爵は人の良さそうな笑みを浮かべて頷くと、それらの問いに丁寧に答えてくれる。


「身元の保証は私が行う。心配はいらないよ。それに、仕事の探し方についてもそう問題は無いだろう。君の元いた世界には無かったかもしれないが、こちらにはその人に適した職業を示す占儀があってね」

「せんぎ?」

「そう。天からその人に与えられた世に生かすための能力、即ち天職を探る儀式だ」


 その儀式は年に一度だけ行われるものであるらしい。

 占われた者の性格や能力、興味のあるものなどからその人に適性のある職業が示され、ギルドや軍といった組織が適性のある人材をスカウトしていく。

 天職は複数示されるのが普通らしく、何を選ぶのかは本人に委ねられるようだ。

 しかし天意に背くことは教会の教えに反するとかで、示された天職のうちからどれか一つは必ず選ばなければならないとのこと。


 なるほど。職業適性がはっきりと示され、それに基づいて就職出来るシステムが確立されているのか。なかなか画期的なように思える。

 もしも元の世界にこのシステムがあれば、私はあれほど頼り無い気持ちで進路を探し続けなくても良かったかもしれない。一つ指針が示されるのであれば、それに従うのは苦じゃなかったのだ。まあ、職業選択の自由に思いっきり抵触するから無理なifだけど。

 

「占儀はこの国では成人の儀として執り行うものだが……ふむ。君は見たところ街の人間のようにしか見えないし、今年の成人に混ざってもあまり違和感が無さそうだね」

「あの、一応私は二十二歳で、二年前に成人は迎えているのですが」

「ほう、二十二歳!アリチェより少し年上くらいかと思っていたが……十歳近くも年が離れていたか……」


 ある意味で衝撃的な言葉がラウド伯爵の口からこぼれ落ちた。

 いや、のっぺりとしたアジア人の顔は童顔に見えやすいと聞いたことがある。アリチェやラウド伯爵はどこの国の人っぽいとも言えないが、目鼻立ちははっきりした方で、私からすると相対的に実際の年齢より年嵩に見えやすいのだろう。


「な、なるほど。……えっと、では、この街でお世話になりたいのですが、よろしいですか?」

「勿論。そうだな……私としては、君の元いた世界に興味がある。是非とも成人の儀の日までこの屋敷に客人として逗留して、私の話し相手を務めてくれないかな」

「願ってもないお言葉です。その、お世話になってばかりで大変恐縮なのですが……」


 ぺこり、と頭を下げると、伯爵は微笑みながらも少し首を傾げた。


「……いや。天職にもよるが、もし君がこの街で暮らしていくつもりなら、街の人々に馴染めるよう、こちらの暮らしに慣れておいた方が良いだろう。それには一人でどこかに住むよりも、この館に居たほうがずっと良い環境になるだろうからね」


 そう言って差し出される右手に、私は「あ」、と間抜けな声を上げる。お辞儀のような仕草は文化的なもので、どこでも通用するものではない。

 ギクシャクしながら伯爵の手を握った私は、もう一つ間抜けなことに自分がまだ名乗ってもいないことに今更気づいて、「あの、私、桐弥と言います」とモゴモゴ自己紹介を行った。




 そうして、暫くの間私はラウド伯爵の屋敷で過ごさせて貰うことになった。

 伯爵は客人として、と言ってくれたが、一日に数時間お喋りをするだけで衣食住の全てを世話して貰うというのはあまりに気が引けて、一月後からはアリチェと同じくメイドとして働かせて貰い、私は徐々にここでの生活に慣れていった。


 ……まあ、慣れていった、と簡単に言ってはみたが、わりと大変だったりした。

 まずこの国には、と言うか、この世界には電化製品が無い。

 街にはお店らしきお店は食堂くらいしかなく、その代わり市場に屋台が毎日並ぶ。病院も無く、医師は通称『祈祷屋』と呼ばれる教会から没落した本聖職者ばかりで、後はなんだかよく分からない薬を売っている薬師が居ると聞いた。

 効率的にお湯を沸かすための機構が無いので、家の中にはお風呂も無い。但し大衆浴場と呼ばれる銭湯みたいな施設が街の中心に一軒だけあるらしい。

 成人して働き始めるのは身体が成長しきってからのことのようだけど(年齢も細かく数えたりはしないみたいだ)、学校は無く、子供達は生まれて大体十年もすればお手伝いのような感じであちこちに働きに出るらしい。アリチェはこのパターンだ。


 日々の暮らしだけてもこれだけの違いがあるのに、その他にも、この国の構造や、人の価値観にも大きな差があった。

 この国は王政で、貴族と平民、それに街に住む権利の無い流民(旅人のことだ)という身分が存在する。

 最初に会った貴族がラウド伯爵なのでにわかには信じがたいけれど、貴族や王族は官というよりも支配者で、平民のために働くということは少ないという。

 どうやら私は運に恵まれたらしい。ラウド伯爵は人を一方的に支配するということに対して懐疑的な、非常に珍しいタイプの貴族だった。


 ラウド伯爵邸での日々はとても平和に過ぎていき、あっという間に私は二度目の成人式に参加する日を迎えた。



「次かその次の年には私がそれを着るんだから、汚さないでね、キリヤ」

「分かってるよ、アリチェ。貸してくれてありがとう」


 白いシンプルなワンピース

お察しの通りこの後彼女は暗殺者が天職と示されて暗殺者として開花するわけだけど、召喚聖女アサシンに転職と設定がまる被りな事に気付いてボツにした。

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