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王女のはなし

 あーあ、と思った。

 私の人生、終わってしまったわ。ミルカティータは声には出さずにそう呟く。

 齢十六、次の万聖節の夜会で貴族達にお披露目をされて、やっと社交界へと出る筈だった。ミルカティータはリデラ王国の第一王女にして唯一の嫡子、もしも無事に秋を迎えられていれば、それはそれは豪勢なお披露目式になった事だろう。


 だが、それも最早夢幻の存在となって消え失せた。


 リデラの国王が病に斃れ、この世を去ったのが三年前。王に嫡男はおらず、近年子供の出産が少なくなった王家に残されたのは王の従妹にあたる王妃オルフィリカと、嫡女であるミルカティータの二人のみ。

 国王亡き後リデラ国の実権を握ったのは、王妃オルフィリカだった。


 オルフィリカ王妃は女王を名乗り、その戴冠に反対する貴族達を次々に潰していった。そうして空いた貴族の席に、裕福な商人や地位の高い軍人を押し込み、賛同者を増やしていった。

 軍人と商人は、自分達の地位や財産を更に肥大化させる術を知っている。戦争だ。軍需産業と、功績の立てやすい戦場を彼等は手っ取り早く望んだ。


 周囲を取り巻くようになった者達の吹き込んだ甘言により、一年前、王妃は隣国ベルカへと宣戦の布告を行った。

 折しもベルカがリデラと同じ様に王位の後継者問題が立ち上がっていた時期であった。介入の理由は、オルフィリカの母の血筋にある。王妃の母方はベルカ王族の血を引いている。王妃はそれを根拠として、ベルカの女王としての権利を主張したのだ。


 そうして、今日この日。ベルカの王太子率いる軍勢によって、リデラの王都は陥落。王宮であるフェルメーユ宮殿も開城された。


 その宮殿の奥で、閉じられた一室の中で、ミルカティータは城内の騒乱の意味を正確に推測し、そして胸中で呟いたのだ。

 あーあ、私の人生、終わったってしまったわ、と。

 ミルカティータは一年前、母たる女王オルフィリカの開戦の決定に真っ先に異議を唱えた。そして流石に一人残っただけの王家の血統を絶やす訳にもいかなかったのか、ミルカティータは実の母からの命により、お披露目式までという期限付きながらも宮殿の最奥にある部屋へと囚われた。


 この一年、ミルカティータは何度も何度も母を諌める手紙を書いては渡してきた。それでも結局、こうしてこの戦争に完全に敗北するまでミルカティータは部屋から出る事が出来なかったのだから、きっとその手紙は全て無駄だったのだろう。

 せめて戦争に勝てれば彼女の人生にもまだ展望が持てた。だが現実には、今や彼女は敗戦国の王族である。この先確実に一切の自由は望めず、首が飛んでもおかしくない。


 一年も部屋に幽閉されていたため、ミルカティータの身体は随分と貧相で、草臥れてしまっている。これではベルカの王の気紛れに預かる事も出来ないだろう。彼女は力無く、椅子に座ったまま頭を窓へと凭れさせた。

 決して開かない窓の外は、今は静まり返っている。城下の民達は無事だろうか、酷い扱いをされていないかと、それだけが心配だった。母と合わせて首二つ、それで国民の命が贖えるのであれば、リデラの王族としてこれ以上に誇らしい事は無い。


 やがて窓とは逆側の、通路に面した扉の向こうから、ざわめきと共に甲冑の立てる金属音が聞こえてきた。ミルカティータはまだ、窓枠に頭を凭れさせたままだ。


 外から扉にかけられた閂が外される、重たげな音がする。扉の下部には小さな小窓があって、食事や飲み水はそこから入れられるため、今まででその扉が開かれたのは両手の指で足りる程だ。この部屋にはトイレや湯浴みのための小浴場が併設されていて、最低限の生活を送るには十分な設備が整っている。


 廊下の燭台には煌々と明かりが灯されているらしく、両開きの扉が開けられた途端、その間から挿し込んだ光が酷く眩しく感じられた。

 目を眇めたミルカティータは、緩慢に右手を少し上げる。そうして突然軽やかな所作でドレスの裾をぱっと払うと、毅然として立ち上がった。堂々と、誇り高く、凛々しく。


「其方は、ミル……」


「私はミルカティータ。リデラの王の娘、第一王女でございます」


 先頭に立つ男の声を遮って、鈴を転がすようなその声ではっきりと名乗り。

 ──そうしてミルカティータは、優雅に一礼してみせた。


「ご覧の通り、私は既に囚人の身。どうとも処遇はお好きなように、ベルカ国へとこの身をお任せ致します」 

崖っぷちの王女が元敵国の属国の女王になってギリギリする話。

上手く山場や谷間がつくれそうにないと判断してお蔵入り。

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