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没ヒロインの私は男体化した悪役令嬢の攻略ルートに入ってしまったようです

 私、ユーリエル・ミルヴィスには、前世の記憶がある。

 前世の私はスマホゲームやブラウザゲームなんかを中心に作っているような、小さなゲームメーカーで働いていて、いつか自分の考えたゲームの企画を主導できる日を夢見ながら頑張っていた。

 けれど頑張りすぎたらしく、仕事に打ち込み過ぎてしまい、おそらく過労で死んでしまったらしい。

 おそらく、というのは、前世の自分がどうやって最後を迎えたのかを思い出せないので、推論だから。だけど徹夜続きでクタクタになって、職場で寝たまでは覚えてるから、間違ってはいないと思う。

 そして私は今、ユーリエル──『マリアリリー王国』のミルヴィス伯爵家令嬢である、ユーリエル・ミルヴィスとして生まれ変わっているというわけである。


 前世のことを思い出したのは最近のことだ。

 十六歳の誕生日を迎えたあたりから、徐々に思い出していった。

 多分、きっかけは誕生日の方じゃなくて、その日お父様から聞かされた話の方だったと思う。

 十七歳を迎えた私は、貴族の子女が通う王都の『ユリアローズ学園』に通わなくてはいけないらしい。十五歳から十九歳までの間にユリアローズ学園で最低二年教育を受ける事が貴族の義務になっているからだ。

 この国では伝統的に、学園内で好成績を収めたり行事に貢献した者を身分を問わず積極的に登用したり取り立てたりする事が当たり前であるため、義務という他にも行かなければ貴族として周囲に認識されなくなってしまうという事もある。

 男性ならば出仕の道を絶たれたり、親から領主を継ぐにしても他の貴族や商人との繋がりを得られなかったり。女性は、出仕の関係も一応はあるが……単純に言えば嫁ぎ先が無くなる。

 と、まあ、こういった事が伝えられた訳だけど、それを聞いた私は不思議な感覚を覚えた。

 なんと言えばいいか。聞き覚えがある、とでも言うような。


 私の父は領主であり、私は領地の屋敷でずっと暮らしてきたので、家族以外との貴族と関わりは殆ど無かった。

 その為、この国で唯一の存在である貴族の通うユリアローズ学園の事は、ただ『学園』としか知らないでいた。

 家庭教師や家族が話題に出すので学園の存在は知ってはいたけれど、何故貴族は学園に通うのか、という理由についてはいずれ必要な時に教えるからと誰も教えてはくれなかったため、それもお父様から聞いて初めて知った。

 なのに聞き覚えがあるように感じたのだ。

 それこそが、前世の記憶だった。


 前世で私が最後に開発に参加していたゲーム、『花姫と運命の恋』、略して『花恋』と呼ばれていた女性向け恋愛シミュレーション……乙女ゲーム。

 その舞台設定は、『マリアリリー王国』の王都にある貴族の為の学校、『ユリアローズ学園』。

 ゲームのモチーフに花を取り入れようと提案したのは私だ。初めて提案したアイデアがゲームの中心的な設定として使われる事になったので、よく覚えていたのだろう。

 そして私の『ユーリエル』という名前。これは、ゲームヒロインのデフォルトネーム候補の一つだ。


 『花恋』はまだまだ開発段階で、ヒロインもデザイン段階だった。

 ヒロインはプレイヤーが操作する事もあって、実は攻略対象の男の子たちよりも綿密なデザインが必要とされる。あまりにもプレイヤーからかけ離れてしまうと感情移入が出来なくなり、恋愛シュミレーションゲームとしての魅力が無くなってしまうから。

 男の子達のデザインはもう殆ど出来上がっていて、各イベント内容も具体的な案が出ていたのだけれど……。それら全てに対応出来るような女の子を、物語の中心として据えるのだ。幾つもデザイン案が出され、その結果として、三人分くらいのキャラクター像が固まりつつあった。

 敢えてキャラクターの個性を多めにした、おおらかでのんびりとした性格だけどすこしだけ内向的な『フリージア』、逆にはきはきとして行動的で好奇心が強く情が深い『レイナ』。そして、キャラクター性を極端に少なくする事で逆にプレイヤーの没入感を深めようとした『ユーリエル』。

 とはいえ、企画では『フリージア』か『レイナ』をヒロインにする方向で固まりつつあった。プレイヤーにヒロインにも愛着を持って貰いたいと企画リーダーが考えたからだ。


 その、没になりつつあったヒロインとして、私は『花恋』の世界の中にいるらしいのだ。

 記憶は『花恋』の開発から、遡るようにして前世の全てを思い出していった。


 ……というわけなのだけれど。


 企画段階であった『花恋』は、勿論デザインが固まっていない部分もたくさんあった。

 最大の例であるヒロインもそうだし、世界観に関してもまだシナリオライターさんと相談中なところが多かった。


 そのせいなのだろう。

 この世界はどうも完成品のゲームではなく、企画段階のものが混じり合ったものらしい。

 というのも、私の従姉妹に『フリージア』と『レイナ』が存在していたからだ。

 私と同い年の彼女達は既に去年からユリアローズ学園に通っている。しかも、お父様の話によれば、彼女達は既に学園の『花姫』になったという。


 『花姫』というのは、ゲームにおいてはどうやってキャラクター達の注目をヒロインに集めるか、その説得力を持たせるための設定だった。

 毎年入学式からそれほど間を置かずに行われる『花祭り』で、身分を問わず全ての女子学生の中から次の年に行われる『花祭り』の舞を行う花姫を二人選出するのだ。

 この『花姫』は学園の伝統である身分を問わず有能な者を取り立てるために存在するシステムのようなもので、学園の女の子にとっては一番の出世のチャンスとなる。花姫を立派にやりとげた女の子は、王妃の侍女というこの国の女性として最高の役職についたり、大公家や公爵家に嫁いだりする事になるのだ。


 『フリージア』は百合の花姫に、『レイナ』は薔薇の花姫に、入学してすぐの『花祭り』で二年生を押し退けて選ばれたそうだ。

 一年生が花姫に選ばれると、その次の年はよっぽどの事がない限り花姫の再選出はされない。ただし、花姫の役割は百合か薔薇かによって異なり、百合の方がより上位とされるため、花姫同士の交換は場合によっては起こる。


 ちなみに、ゲーム的にもそういう感じのシナリオが既にほぼ決まりとなっていた。

 ヒロインは入学してすぐに薔薇の花姫に選ばれ、百合の花姫となったライバルと競い、二年目に百合の花姫となる事を目指す。

 つまり、花姫というのはゲーム的にはヒロインを示すキーワードなのだ。


 ……どうやら、私は完全に没ヒロインになったらしい。花姫になる可能性が無いという事は、つまりはそういう事だった。


 本来一人の筈のヒロインが三人存在し──まあ、私はどうもヒロインと呼べるのか分からないところだけれど──ヒロインと張り合う筈のキャラクターが表舞台に出てきていないこの世界では、なにが起きるか分からない。

 その上、キャラクターの設定からすると、下手をすれば国の中枢に影響が出かねない状況だった。


 なにが出来るというわけでもないだろうけれど──

 没ヒロインと化した私ことユーリエルが、ゲームの製作者の生まれ変わりである事には、何か意味があると思う。

 とはいえ、一伯爵家の娘でしか無い私に出来ることは少ない。私が考えうる限り──一この世界の一角を作った人間の生まれ変わりとして、ヒロインであるフリージア、レイナを影からそっと見守り、見届けるのが私の役割なのかもしれないと、そう思った。

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