帝国4
緋色の絨毯を敷かれた大礼拝堂の中央のあたりに婚姻の相手はぽつりと立っていた。付き添う者も無く、たった一人で頼りなさ気に。
哀れだ、とは思わなかった。相手は敗戦した国の人間だ。それも皇帝陛下のために、自らの手で下した国の。
それよりも、こんな見世物に担ぎ出された我が身の方が憐れましい。
この手で首を切り落とした王の娘を花嫁に娶る、など。幾ら重婚が許されているとはいえ、皇帝陛下は私を疎んでいらっしゃるのかとあらぬ疑念を抱きそうになる。
──女の私に、花嫁を下賜するなど。
皇帝陛下がどういう意図でこの婚礼を取り持ったのか、本当に理解出来ない。
適当に扱える存在である私を使ってカインツ王家を貶めようとでもしているのか。
新婦の父を殺した相手、有力な傍系も持たぬ没落目前の伯爵家の当主、極めつけに同性の相手に嫁がされるというのは、身の辱めには最悪な部類の筈だ。その上爵位のある私は重婚をいて、相手は一生の操を私に捧げなければならない。女の私が婿役では、永遠の白い結婚になるというのに。
けれどそう考えるには、花嫁の扱いにはどうにも首を傾げる部分がある。
時間が無かったので皇帝陛下に任せた花嫁の婚礼衣装は、デザインこそシンプルな長裾のローブだが、全体に金よりも高価なプラチナの糸で刺繍が入れられている。
今朝仕上がったばかりだという薄布のマントにもみっしりとプラチナ糸の刺繍が入っていて、とりわけ背に大きく刺されたロムルダとカインツの国章を組み合わせた紋章は、参列客に新婦の身分を知らしめているかのようだ。
王族としての身分を尊重しようとしているのか、貶めようとしているのか。解釈に苦しむ婚礼衣装である。
重たい足取りで花嫁の隣に立つと、その人はふっと視線を上げて私を見た。
その途端、胸のつかえがさっぱりととれたような気になった。
器量については全く申し分の無い美姫だ。
身長は私よりも低い。同じ歳だと聞いていたが、鏡越しに見る自分よりも随分幼くあどけない面立ちをしていて、心労で痩せでもしたのか輪郭は少しほっそりし過ぎている。
零れ落ちそうな大きな緑の瞳は潤む宝玉のようで、それを人形のように長い白金色の睫毛が縁取っていた。生花を宝石に見立てて冠のように編み込まれた髪も、睫毛と同じ美しい白金色だ。
視界に写った瞬間が余りにも頼りなく見えたのは、上から下まで真っ白だからかもしれない。これでは雪か何かの化身のようだ。
余りにも儚げで──余りにも可憐な姫である。
私はこの瞬間、皇帝陛下の望みはこの美しい姫を私との白い結婚で十全に管理する事なのだと悟った。大事にしてやってね、と言われた言葉を思い出し、噛み締める。
成熟すれば傾国の美姫にもなるだろう。それに、彼女はロムルダ王家の血も引いているのだ。使い道は幾らでもある。
納得がいってすっきりした気分で手を差し出した。何方も女だが、軍服姿の私の方がエスコートするのが自然な絵面になるだろうと考えて。
花嫁は私を見つめ、そして、一瞬のうちに微かな声で誰かの名を呼んだ。
セオドール様、と聞こえたその男の名は、祖国にでも残してきた想い人か、それとも内々だけで決まっていた婚約者だろうか。
どちらにせよ私には──そして正当な勝利でもって彼女を得たロムルダには、最早関係のない話だ。
タイトルが最大のネタバレなファンタジー恋愛(?)モノ。恋愛と三人称視点があまりに難しくて少し寝かせたい。




