帝国軍人のお嫁さん
帝国主義によって領土を広げるロムルダのザリアス伯爵家は、元は軍閥の家系ではない。
しかし、当代のザリアス伯爵が自らの私兵を率いてカインツとの戦線に立ち、見事首級を上げてカインツの王都を攻め滅ぼした今では、ザリアス家は呂国の軍閥貴族であるとして認識されていた。
終戦まで三年に渡ったカインツ戦役。参戦当初はまだ成人を迎えたばかりの13歳であったザリアス伯爵も、今や16歳となった。
ロムルダ帝国の貴族社会においては、丁度婚姻適齢期である。
「と、いう訳でね。カインツ王都の攻略の褒章に、ザリアス伯爵にはカインツの元王族を下賜する事が元老院で決定したから、よろしくね」
「……はっ?」
ザリアスのあまりに年若い今代当主テオドアは、相手がロムルダ帝王である事も忘れ、思わず礼を欠いた声を上げた。
青い宝玉を嵌め込んだような涼しげな目元は驚きに見開かれ、普段表情を崩さないザリアス伯爵の珍しい姿に同席した貴族達が生温い視線を送る。
まだ子供としか呼べないような頃から宮廷に出入りしていたこの才能ある若者は、ロムルダの元老院の面々にとっては成長を見守るべき孫のような存在であった。
「私が、ですか?カインツ国の元王族を?」
「そうだ。無論、皇族の配偶者にも別の王族が入る事になっているが──何分、数が多すぎてね」
カインツは王族の後宮制度による国内外との結束を国力の主体としていた国で、手形の如くに彼方此方に向かわされる王族の数が非常に多い。
「いつも通り、余剰分は処刑してしまう事は出来ないのですか?」
伯爵の口から温度の変わらない声で飛び出した非道な言葉に、幾人かの貴族が絶句する。まだこんなに若いというのに、どうにもこの若者の考える事は人情味が無さ過ぎていけない。貴族というのは人心の理解と掌握が必要なのだ。
尤も、この若者をこのように育てたのは元老院と、そして今の言葉を聞いても呑気な微笑みを崩しもしない壇上の皇帝であり、今更非道だ冷血だなどと言う訳にもいかないのだが。
「それがさぁ、終戦条約のカインツ側の受諾条件に王族の命の保証が組み込まれてて、これ以上減らすのは無理なんだよ。もうロムルダの王族法を参照して該当しない末端王族は切った後なんだ」
「仲裁に割り込んだヴェルデアとギルシスに、幾らか余計な条件を捩じ込まれてしまったと伺いましたが……その一つがカインツ王族の処刑の阻止ですか」
「そう。それと、今後八年におけるロムルダからの宣戦布告の禁止と、ヴェルデア・ギルシスとその属国・同盟国・植民国への不可侵だね」
ヴェルデアとギルシスはロムルダと同程度の国力を保っている国である。二方向から同時に圧力を掛けられては、戦後で国内が不安定になっているロムルダにはそれを跳ね除ける余力が無い。無論、元老院と皇帝は国内が回復し次第そのような条約など破棄するつもりでいる。
「だから、戦場から去るつもりないから結婚はしないっていう断り方はナシだよ?」
「…………。」
軽薄な皇帝の、しかし有無を言わせない言葉に、ザリアス伯爵は不機嫌そうに目を閉じた。
何だってこの私が他国の王族を婚姻相手に下賜など。そういう役目は自分よりももっと年嵩の男などにして欲しかった。
「相手はカインツの王位継承者第十五位。母親は私の末の従妹だよ。まあ、見たところ可愛い子だったし、大事にしてやってね」
「──…………承知、致しました。有り難く賜ります」
たっぷりの沈黙を経た後、地を這うような声で、ザリアス伯爵は嫌そうにそう返事をするしかなかった。




