馬刺し求めて異世界来たのに馬を食せば俺が死ぬ
三年前。世界的に馬が絶滅危惧種に指定され、日本も種を問わず馬に保護を掛けた。
何十年か前には毎年二万頭近くも馬の出生があったらしいが、今や馬の全国的な保有数はたったの六千匹。全体でこれだ。
当然競馬業界も潰れて、オリンピックから乗馬の種目も無くなって──俺にとって最も重要な事に、馬刺しの販売は禁止となった。
馬刺しとなって売り出される馬というと伝統的にカナダやアメリカから輸入して肥育した肥育馬だが、その輸出元の国が輸出禁止令を出しちゃったからどうしようもない。
動物愛護団体もここぞとばかりに派手に活動しだして、乗馬用や牧場、動物園なんかで飼育されていた馬が如何なる理由で死んだ場合でも食用肉に加工する事を禁止に追い込んでしまったし、肥育馬の飼育も禁止になった。
もう無理。馬刺し食べたい。
俺の一番の好物──馬刺し。牛や鶏の生肉とはやはり別物の、融点が低さから口の中で脂がとろーっと融け出してくるあの特別な感触と言ったら!
……もう生きている間には二度と食べれないだろう。主要な外国はどこも馬に保護を掛けてしまっているし、そもそも馬刺しは日本食で、馬肉の生食なんて頭のおかしい事をしてる国は21世紀も終わりそうな時代になったって日本だけだ。
「うぉおおおおお!!馬刺し!!馬刺しが食べたいよぉおおお!!」
せめて俺の子孫が馬刺しを食える可能性に繋がりますように、と馬という種の繁栄を助けるべく高額な会費をぶん取られる乗馬クラブの会員になって見たが、馬とコミュニケーションをとってみても俺の馬刺しへの欲求は萎むどころか膨らむばかり。
流石に自分が今日乗った馬を捌いて食いたいとまでは思わないが、肉付きの良い馬がいると食欲が刺激されて口の中に唾液が溜まってしまう。
俺は馬刺しに飢えているのだ。
「……あんなぁ、臣治。いくら個室にいるからって、突然乗馬クラブのど真ん中で馬のブラッシングしながら馬刺し食いたいーって叫ぶのはちょっと無いですわー。人としてどうかと思うレベル」
「もう馬刺しを断ってから三年も経った……ミサトには悪いけど俺もう限界。無理。馬刺しー……」
俺に付き合ってこんな高額な乗馬クラブに一緒に入会してくれた幼馴染の腐れ縁野郎、実智ことミサトに呆れた声で文句を言われても、この三年間ずっと我慢に我慢を重ねてきた馬刺しへの欲求を抑える事はもう無理だった。
我慢というのはその気になればいつかは手に入ると思うからこそ出来る事であって、この先一生手に入らないものを何十年もただ我慢し続けるなんて困難過ぎる。はぁ、馬刺し食いたい。
「んー、煩悩に塗れてはるなぁ。それでも佛教大学の学生か」
「大学関係無くね?近いし、お前がそこ行くって言うから俺もそこにしただけだし。俺んち曾祖母ちゃんの代からキリスト教徒だし」
俺の曾祖母ちゃんは南米から来た人だったそうな。どの国だったかは忘れた。曾祖母ちゃん自体が南米のいろんな国の血を引いていたからだ。
その曾祖母ちゃんは、昔日本に旅行に来た際馬刺しに魂まで惚れ込んでしまって、それで日本に定住する事を選んだらしい。つまり俺の馬刺し好きは遺伝って事だ。
「知っとるよ。それでお前んち親父の寺の檀家衆から抜けはったんやろうが」
「そうだった。危うく村八分にされるとこだったって大伯父が正月に酔うといつも愚痴り始めるんだよ。町内で村八分がまだ存在したとか平成って怖い時代だよなぁ」
「でも平成時代って普通に馬刺し食べられとったんやろ?」
「前言撤回、平成は最高の時代でぇす」
2016/6/11 無事目出度く馬刺しを口にする事が出来たので供養うp。




