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魔術師と華燭に焼ける3

 何一つものの言えなくなった英璃に、男は呆れた様子も見せず、ゆっくりと話をしてくれた。

 この世界は、英璃の世界とは異なるものだという事。

 時折別の世界から生き物が迷い込んでくることがあり、それが人であれば夜人(よるびと)と呼ばれている事。

 夜人と呼ばれる理由は、夜人がこの世界に現れる時は必ず夜であるからという事。

 夜人の元の世界とこの世界の関係上、来る事は出来ても戻る事は出来ないという事。


「一応夜人を保護している者はいる。そこへ行くなら俺は止めはしない」


 英璃はは呆然と男の語った言葉を何度も何度も頭の中で繰り返させた。

 そうでもしなければその意味を理解する事が出来なかったからだ。いや、自分に何が起こっているのか分かってはいるが、認めたくなかっただけかもしれない。


「行かないのであれば、好きにすればいい。どうして良いか判断がつかないというのであれば、このままここに住む事だ。俺は夜人に興味もあるし、生活に困っているわけでもないから、お前がここに残るのであれば歓迎しよう」


 なんと答えて良いか分からず、英璃は何度か中途半端に唇を開いては閉じ、閉じては開く。

 そうしてようやく、やっと一言絞り出す。


「あの……その、夜人を保護している方がいるところは、何処でしょうか……?」


 ここに住めば良いと言ってくれている人に、それをはっきりと聞くのは機嫌を損ねる可能性があるかも、と思いながらもそう尋ねた英璃に、男は「王都だ」と簡潔に返事をした。英璃の質問に対してどんな感情を抱いたのか、丸きり分からないような調子で。

 王都がどこにあるかも、それ以前にここが何処なのかもわからない英璃は、次の言葉に窮する。しどろもどろになりながら、質問を重ねた。


「……王都までは、ここからはどれくらい……?」

「そうだな、歩いて行くなら90日くらいだろう。この付近の村から馬車に乗るならならその半分程といったところか」


 90日、と英璃は口の中で小さく呟いた。この世界のお金も持たず、生活基盤すら持たない英璃が、90日も歩き続けてその王都に行くのは不可能に等しいことだ。

 英璃はさんざん考えて、結局保護を申し出てくれているのは目の前の男も同じだという事に気が付いた。王都に行っても誰かの庇護を受けるのには変わりがない。なら、この男の有り難い申し出を受けても良いのではないだろうか。

 歓迎すると言ってくれている分、王都の方より気が引けないというのもあって、結局英璃はおずおずと男に向かって頭を下げた。


「あの……じゃあ、お言葉に甘えてお世話になります。すみません……ご迷惑をお掛けします」


 英璃のその様子を、男は興味深そうに眺めていた。



◆◇◆◇



「エリン?」

「いえ、違います。エ、リ、です」

「……イェリか?」

「違いますってば……」

「ふむ、難しいな。まあ、お互いこれから慣れれば良いだろう。どうせ暫くは名前を呼ぶ機会も多い」


 男──ギルレインは、そう言ってほんの僅かに頬を動かした。

 話の後、一先ず風呂を借りてから、そういえばお互いの名前も知らない事に気づいた英璃は男の名前を聞き、また男に自分の名前を教えていた。

 ところが異世界人には英璃の名前の発音が慣れないらしく、なんだかおかしな風に聞こえる。男の方も同じく英璃の発音に僅かに首を傾げていたので、おそらく英璃のほうもギルレインにはおかしな風に聞こえているのだろうと英璃は察していた。


「呼びやすい風に呼ぶ事にしませんか?私もギルレインさんって、ちょっと舌を噛みそうです」

「そうか?お前がそう言うならそうするか。私はお前をイェリと呼ぶことにする」

「じゃあ私はギルさんって呼ばせて貰いますね」


 お互いを愛称で呼ぶ事が決まってから、そういえば、と英璃はふと思った。名前の発音がこれほどまでに食い違うのは何故だろう。英璃とギルレインは同じ言葉を話しているし、ギルレインの発音におかしな部分は無い。

 名前だけ発音が難しいというのも妙な話に思えて、英璃は自分よりは異世界の事に詳しそうなギルレインに尋ねた。


「ああ、その事か。良く分からないが、夜人と我々が話す言葉は全く異なるものらしい」

「そうなんですか?でも、私にはギルさんが日本語を話しているようにしか思えませんが……」

「夜人はこの世に存在するどの言葉でも理解し話す事の出来る存在だ。何か不思議な力が世界を渡るときに備わるのかもしれないな」


 なんだか国民的アニメのあのコンニャクみたいな話である。


「何だか魔法みたいですね」


 あまりに非現実的な力に思わず英璃がそういうと、


「魔法?」


 ギルレインは僅かに眉を顰め、胡乱な様子で小首を傾げた。そうして、くっと唇の端を引き攣らせるようにして、笑った。歪んだ笑みだと英璃は思った。


「夜人に備わる力が魔に属するものの訳があるか。妖魔の手に関わるものにしては純粋過ぎる」

「妖魔?え?」

「知らないなら尚更だな。妖魔は自分の存在を知らないものには手を出せない」


 何だかよく分からない、と思いながら英璃はギルレインのその言葉を聞いた。そうして、ふと頭の中に一つの仮定が浮かぶ。思い出したのは、突然のようにこの家の二階に周囲の景色が切り替わった日中の出来事だ。


「……もしかして、この世界には魔法があるんですか?」

「ああ。妖魔の法はそう呼ばれるな」

「じゃあ、……ギルさんは、魔法使い?」

「俺が?魔法使い?」


 ギルレインが驚いたように目を見開き、首を傾げる。それほど意外な事を言っただろうか、と英璃の方も首を傾げた。


 



三人称練習として書いたが、難しい。

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