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うわ嫁強い3

あまりにも予想外の知らせに、エリーゼは気が遠くなるのを感じた。


まさか結婚する相手が死ぬとは考えていなかった。

会った事もない相手の葬儀に参列しながら、エリーゼは早々に己の役目が果たせるか不安を覚える。


アシュフォード公爵家はエリーゼを客人として迎えると決めたようだった。エリーゼの扱いは留学生という事になる。結婚相手が三男に挿げ替わるだけだと思っていたエリーゼは面食らった。

アシュフォード公爵家がエリーゼを嫁に迎えたくなくなった理由が読めない。まさかテューリエルの後ろ盾が要らなくなったのではあるまいな。


「お初にお目にかかります。テューリエル第三王女、エリーゼ・デュ・ニール・テューリエルと申します。この度は……ご愁傷様です。ご子息のご冥福を心からお祈り致します」


「お気遣い痛み入ります。ヴァンハルト・ド・アシュフォードと申します。長旅でお疲れでしょうから、当家でどうぞお休み下さい。」


アシュフォード公爵は壮年ながらすらりとした長身の美丈夫で、上品な渋みのある男性だった。息子達も麗しい貴公子達であると、アレス国内では名高い。21歳の次男は年齢的にもエリーゼと釣りあっていたのに、亡くなってしまったことが残念でならないとエリーゼは扇に隠してそっと嘆息した。

三男はまだ13歳。婚姻するにはあと五年待たなければならない。五年後のエリーゼは21歳、女性としては十分に行き遅れの年齢である。それに五年もの間、ただの許嫁の関係でアシュフォード家に滞在するというのもおかしな事に思えた。


家の者を紹介するという公爵にエスコートされて、サロンに向かう。日の光を活かした明るい屋敷内の設計は、エリーゼの心を少しだけ軽くした。

サロンには一人の女性と、二人の青年、少年と少女が一人ずつ座っていた。エリーゼの入室と共に全員が立ち上がる。


「エリーゼ殿、あちらが妻のミデルです。」


公爵の声に答えるように女性が優雅に礼をした。こちらもすらりと背が高く、健康的な身体付きの美女である。

溌剌とした笑顔がエリーゼに向けられて、エリーゼはひと目で彼女が好きになった。


長男のディートリッヒも両親に似た長身の、精悍な顔立ちの美青年だった。母譲りの黒髪が引き締まった印象を与え、なるほど女王の隣に似合うだろうとエリーゼには思えた。喪服の黒も相まって、どこまでもストイックな雰囲気を持つ青年である。


次に紹介されたのは三男のフェリクスで、こちらは父譲りの金髪の、可愛らしい少年だった。

エリーゼよりもまだ背の低い彼は、見て取れるほど緊張していた。まるで弟のようだ、というのがフェリクスの第一印象で、エリーゼは彼との婚姻に恋愛的な駆け引きは必要ないだろうと判断する。


一番小さな少女は一人娘のフローレンツィアで、まだまだ無邪気な彼女はお姉さんができて嬉しいとエリーゼの顔を綻ばせる歓迎の一言をくれた。可愛らしい彼女ともうまくやっていけそうだ、とエリーゼは心底ほっとする。


だが、もう一人の青年は誰なのか。最後まで残った青年はプラチナブロンドの長髪で、物憂げな表情の麗しい美青年であった。

線の細い顔立ちはミデルに似ている気もするが、全体的にアシュフォードの面々には似ておらず、他家の人間であるという印象を受けた。


「エリーゼ様、こちらはヴァイスミュラー公爵でございます。先日叙爵されたばかりで、道中にあったエリーゼ様はその事を知らないかと思いまして、この場でご紹介させて頂きました」


ヴァイスミュラー公爵は六年前に廃嫡になった王弟の家柄の筈だ。なぜ今になってその名が出てくるのか。

内心で訝しがるエリーゼの前まで進み出て、青年は美しいプラチナブロンドをゆっくりと揺らした。


「ヴィンツェンツ・ド・ヴァイスミュラーと申します。アシュフォード公爵には縁あって養育して頂いた身となります。」


「……どういう事です」


エリーゼの喉から自分で思っていたよりも冷たい声が零れた。


感情の読めないただ苛烈な蜜色の瞳がアシュフォード公爵を射抜く。テューリエルの王族はこれだから怖い、とアシュフォード公爵は内心で舌打ちした。バラのテューリエルと評される王族たちは、華奢でたおやかな見かけにそぐわず意志と精神が強すぎる。


「ヴィンツェンツ・ド・アシュフォードはアシュフォード家の次男であり、公爵夫人の妹君のお産みになった養子だと伺っておりましたが。よもやそれを死人にしてまで私との婚姻を避けたいと仰るのですか?」


もしそうだとすれば随分と馬鹿にされたものだとエリーゼは内心で自嘲する。たじろいで答えられないアシュフォード公爵からエリーゼは視線をヴィンツェンツに移した。

彼は数瞬エリーゼを真っ直ぐに見返した後、酷く緩慢に口を開く。


「そうだ。俺はお前との婚姻を避けるためにヴィンツェンツ・ド・アシュフォードという人間を殺した。」


どうしてかそれは、酷く掠れた声だった。

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