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うわ嫁強い1

エリーゼはとある王国の第三王女である。王である父譲りの黒髪と、側室だった母と同じ蜜色の瞳の、取り立てて目立つ美貌を持たない姫である。


「で、結婚の申し込みは突っぱねられたと」


苦笑を浮かべてそう確認した彼女に、年若い宰相が申し訳なさそうに頭を下げた。


「……姫様には、とんだご無礼を」


「構いません。宮中の噂話を鵜呑みにするような頭の軽い王子になど、妹を嫁に出すことは出来ませんからね。」


隣に座る第一王女アザリアがぴしゃりと言い切ると、宰相の男の肩がびくりと跳ねた。優雅な物腰に毅然とした物言いは、ここぞという時に他人を威圧する術なのだとエリーゼは王女として生まれついた時から知っている。


「───陛下も、話が性急過ぎますわね。エリーゼはまだ成人も迎えていないのに、隣国との縁談を二月以内に取り付けろだなんて。」


「それが、どうも……隣国の情勢が不安定になっておりまして。次代の王座を取り合って妾腹の産まれの第一王子と王妃のお子である第一王女が宮中を二分させているのです。」


この国、テューリエルの隣国アレスは有力な軍事国家であり、近隣諸国に多大な影響を与えている。対してテューリエルは軍事的には大した影響力を持たない代わりに豊富な鉱山資源に恵まれており、貿易と他国との同盟によって国際社会の中でも発言力のある国ではあった。


「権力争いを収めさせて、早々に軍事同盟を組みたいという事。そうなのね、宰相殿。」


父の意図する所を正確に汲み取ったエリーゼは嘆息する。宰相はますます恐縮して頭を下げた。


「第一王子の方は、エリーゼを側室に迎えることを拒みましたわね。……優勢だとお伺いしていましたけれど、トップがそれではたかが知れていますわ。それで、王女の方はどうですの?」


アザリアが紅茶のカップをそっと揺らした。ふわりと広がる甘い香りに、エリーゼが苛め過ぎだと視線を向けると、年の離れた腹違いの姉は凄惨なほど美しく微笑む。大輪のバラだと評されるアザリアに、エリーゼの些細な訴えは黙殺された。


「王女は頭の切れる方なのですが、ハークランドが女王の擁立を認めないと声明を上げておりますので……難しいかと。」


「馬鹿馬鹿しい。ハークランドの国債を売り払ってやりましょう。」


ハークランドはアレスの西にある国で、近年貴族層の財政危機が問題になっている。そして、テューリエルはハークランドの発行した国債の四割を持っている。その全てを売り叩くとなれば、ハークランドの国際社会での信認は落ちる事確実、財政破綻は免れない。混乱は必須だ。

人死にが出る程の経済危機がハークランドを中心に起こるかもしれないのに、それをあっさりと言い放つ姉に戦慄を覚えてエリーゼは再び嘆息した。


「例えご冗談でもおやめ下さい、お姉様」


「冗談ではありませんわ。難民の流出が始まったと報告がありましたから、この先五十年はあの国の国債は値段が下がる一方ですもの。」


労働力を失い始めた国家が財政を立て直す事は難しい。損が大きくなる前にそんな国の国債は売り払ってしまえとアザリアは笑う。


「……帝国なら買い取ってくれるでしょう。明日の議題で取り上げましょう。それで、エリーゼ様のご婚約についてですが」


「王女殿下の後見にはアシュフォード公爵がついておりましたわね。」


「はい。アシュフォード公爵家には三人のご子息がいらっしゃいまして、嫡男が王女殿下とご婚約されております。年齢的にも、十代から二十代の方々ですから、エリーゼ様とのご婚姻にも問題はないかと。」


宰相がすらすらと述べ、それにアザリアが頷く。良い、という意味のそれにエリーゼも同じく頷いてみせると、宰相の男は一礼してから足早に部屋を去った。

エリーゼとアザリアの間に数秒の沈黙が横たわる。アザリアは紅茶を品良く嚥下してから口を開いた。


「……エリーゼ、お願いがあるのですけれど。」


「はい、お姉様。」


重々しい、どこか疲れたような姉の声に、エリーゼは自然と背が伸びるのを感じた。


「私、アレスの軍部を動かしているフェンデンハルト伯との繋がりが欲しいんですの。」


───そうか。それが、ハークランドを潰したい本当の理由。姉の思惑とそれに対する決意が、彼女の宝石のような翡翠の瞳の奥に揺れているのがエリーゼには見えた。


隣国の王位継承問題は、別の意味でも他人事ではないのだ。エリーゼはごくりと唾を飲み込んだ。

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