鎖
はじめから、独占欲の強い女だと、わかっていた。だからこそ、松永は妙子と結婚することにしたのだ。
松永は見えない目に、妙子の姿を思い描く。常に、凛と自信に満ち溢れた声。きっと、目はくりっとつり上がっていて、口元は勝ち気な笑みをたたえているのだろう。
時に、内に秘めた独占欲を解放せんとばかりに震える声。きっと、目は必死に松永の方を向いてその存在を確かめ、唇は震え、欲が満たされていることに喜びを隠しきれない表情でいるのだろう。
何一つ確かなものはなかった。松永は、声からしか、妙子の様子を知ることはできなかった。もしかしたら、妙子はとても醜い顔をしているかもしれない。顔はイボだらけで、笑うと鼻が上を向くかもしれない。
妙子が、異常なほどの独占欲を持っている限り、松永はそれでも、よかった。妙子が、松永を束縛しようとすればするほど、よかった。
妙子が、松永の存在を利用しているのと同じように、松永も妙子の存在を利用していた。
唐突に訪れた、日食をみることもできない暗闇の世界。その中で妙子の独占欲は松永にとって鎖だった。
妙子の独占欲、という確かな鎖は、松永が自分自身の存在を認識するのに不可欠だった。
松永は、それがなければ、自我を保つことなどできなかっただろう。生きてはいけなかっただろう。
盲目では、男として、金を稼ぐこともできず、家を支えることもできない。それ以前に、自分の存在すら確認できない。自分の身体はいま、どこにあるのか。話しかけてくる声は本当に存在するものなのか。
松永の致命的な欠点を妙子は許し、そんな松永を欲してくれている。